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……寒い。
身体全体から熱が逃げてしまっている。
その熱を少しでも取り戻す為に身体を丸めようとしているのだが、身体が全く言うことを聞いてくれない。
見上げても、出迎えるのは暗闇のみ。途切れ途切れの思考が、固く冷たい床に仰向けに横たわったままのティアの頭の中で蠢く。ここは一体、どこなのだろうか? セティやジェイと一緒に居た、アルリネット神の神殿があるアルトティス島でないことだけは、分かる。あの島には、この場所のような冷え切った空気は存在していなかった。そうだ。確か、島が何者かに襲われて、セティやジェイと一緒にアルリネット神殿に逃げたのだ。そして、セティに手を引かれて地中の階段を下りた。そこまでは覚えている。セティが何かに気付いて引き返そうとした時、誰かに後頭部を殴られたような衝撃を感じて、それから……。
〈セティ、ジェイ?〉
暗闇に向かって、空虚に叫ぶ。声が出ないのに慣れてしまい、口の動かし方すら忘れてしまっている。そのことが、ティアの心を悲しくさせた。
この場所に、セティもジェイも居ないことは、分かる。二人は、どうなってしまったのだろう? まさか……。最悪の推測が、ティアの心を襲う。
〈セティ! ジェイ! ハル! ……ヴァリス!〉
流れた涙が、耳と髪の間で凍る。
寒さよりも痛みを、そして痛みよりも自分の無力さを、ティアは強く感じていた。
強い金属音に、ぼやけていた意識が少しだけはっきりする。
「まあ、なんて扱い!」
そのティアの耳に響いたのは、非難の響きを持つ、女性の明るい声、だった。
「毛布を持って来て良かったですね、リサ様」
先程の声よりも落ち着いた感じの声と共に、ティアの身体全体に毛布が巻かれる。次に感じたのは、人が必ず持っている温かさ。
ティアを横抱きにした腕の確かさは、ヴァリスに似ている。だが、微かに漂ってくる香りは、ヴァリスのそれではない。女の人の、ものだ。
「全く、何考えているのかしら、ハーサは」
抱え上げられた所為で、先程より近くから声が聞こえてくる。
「何も考えていないか、『儀式』が嫌なのか、どちらかでしょうね」
「そのようね」
クスリと笑う声が、ティアの心に心地良く響いた。
この人は、誰だろう? リサ様と、呼ばれているから、きっと身分の高い女性に違いない。この人からも、花のような匂いがする。その、少し氷のような匂いは、どこかで嗅いだことがある匂いに似ていた。
「とにかく、ここじゃ寒すぎるわ。私の部屋に移すわよ」
「それが、宜しいかと」
声の温かさと、触れている人肌の温かさが、眠気を誘う。
いつの間にか、ティアの意識は闇の中に溶けて、いた。
身体全体から熱が逃げてしまっている。
その熱を少しでも取り戻す為に身体を丸めようとしているのだが、身体が全く言うことを聞いてくれない。
見上げても、出迎えるのは暗闇のみ。途切れ途切れの思考が、固く冷たい床に仰向けに横たわったままのティアの頭の中で蠢く。ここは一体、どこなのだろうか? セティやジェイと一緒に居た、アルリネット神の神殿があるアルトティス島でないことだけは、分かる。あの島には、この場所のような冷え切った空気は存在していなかった。そうだ。確か、島が何者かに襲われて、セティやジェイと一緒にアルリネット神殿に逃げたのだ。そして、セティに手を引かれて地中の階段を下りた。そこまでは覚えている。セティが何かに気付いて引き返そうとした時、誰かに後頭部を殴られたような衝撃を感じて、それから……。
〈セティ、ジェイ?〉
暗闇に向かって、空虚に叫ぶ。声が出ないのに慣れてしまい、口の動かし方すら忘れてしまっている。そのことが、ティアの心を悲しくさせた。
この場所に、セティもジェイも居ないことは、分かる。二人は、どうなってしまったのだろう? まさか……。最悪の推測が、ティアの心を襲う。
〈セティ! ジェイ! ハル! ……ヴァリス!〉
流れた涙が、耳と髪の間で凍る。
寒さよりも痛みを、そして痛みよりも自分の無力さを、ティアは強く感じていた。
強い金属音に、ぼやけていた意識が少しだけはっきりする。
「まあ、なんて扱い!」
そのティアの耳に響いたのは、非難の響きを持つ、女性の明るい声、だった。
「毛布を持って来て良かったですね、リサ様」
先程の声よりも落ち着いた感じの声と共に、ティアの身体全体に毛布が巻かれる。次に感じたのは、人が必ず持っている温かさ。
ティアを横抱きにした腕の確かさは、ヴァリスに似ている。だが、微かに漂ってくる香りは、ヴァリスのそれではない。女の人の、ものだ。
「全く、何考えているのかしら、ハーサは」
抱え上げられた所為で、先程より近くから声が聞こえてくる。
「何も考えていないか、『儀式』が嫌なのか、どちらかでしょうね」
「そのようね」
クスリと笑う声が、ティアの心に心地良く響いた。
この人は、誰だろう? リサ様と、呼ばれているから、きっと身分の高い女性に違いない。この人からも、花のような匂いがする。その、少し氷のような匂いは、どこかで嗅いだことがある匂いに似ていた。
「とにかく、ここじゃ寒すぎるわ。私の部屋に移すわよ」
「それが、宜しいかと」
声の温かさと、触れている人肌の温かさが、眠気を誘う。
いつの間にか、ティアの意識は闇の中に溶けて、いた。
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