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「これは……」
すっかり変わってしまった光景に、驚く。
カートリア同盟とノイトトース王国の国境であるルージャ河、その河の南側にあった、大地の肥沃さを示す麦畑が全て消えてしまっている。
「ノイトトース王国がやったのか?」
ハルの問いに、ベルサージャが首を縦に振る。
「ああ」
刈り取りを控えた麦畑は、視界を遮る。だから戦端を開くより先に全て燃やしてしまったらしい。農家の無念はどれほどのものだろう。ヴァリスは難しい顔で唸った。
そして。
センテの町は、全て燃えてしまった大地の中に、奇跡のように残っていた。
「あそこに、アレイサートがいる」
街の真ん中にある教会の横の建物を指差して、ベルサージャが言う。
「行っておやり」
ヴァリスはベルサージャにこくりと頷くと、建物の玄関を守る騎士達の方へと向かった。
アレイサートが自分に告白したいこととは何だろう? 不安が、疼く。幸い、玄関にいた騎士はヴァリスの知り合いだったので、ヴァリスはすぐにアレイサートの病室へ行くことができた。
個室のベッドに横たわる師匠の顔に、一瞬、戦く。土気色の顔、落ち窪んだ眼。死期にある者特有の雰囲気が、アレイサートを包んでいた。
「師匠」
悲しみで、胸が詰まる。それでも何とか、ヴァリスはベッドの傍らに跪き、アレイサートの耳に囁いた。
「ヴァリス、来たか」
枯れた声が、耳を打つ。その声も、いつものアレイサートの声とは全く違っていた。
「しばらく、二人だけにして欲しい」
アレイサートの言葉に、付き添っていた騎士達が皆、部屋から出る。二人きりになった部屋に、奇妙な緊張感が漂うのが、ヴァリスには重く感じられた。
と。
「心して、聞いて欲しい」
聞き取れないほどの細い声が、ヴァリスの耳を凍らせる。次に聞こえてきた言葉に、ヴァリスは耳を疑った。
「ティアは、……ティアリルは、私の息子だ」
「え……」
ぽかんと、口を開く。師匠は、アレイサートは、何を言っているのだろう。
「信じられないかもしれないが、事実だ。私は、神官騎士としての戒律を、破った」
続いている言葉が、全く耳に入らない。
「……だが」
動揺するヴァリスの傍らで、アレイサートは大きく喘いでから。吐くように一息で、言った。
「私は、セターニアを心から愛していた。だから、後悔はしていない」
アレイサートの告白がヴァリスの心に引き起こしたのは、嫌悪と切なさ。謹厳なアレイサートが禁を犯していたことが衝撃だったし、その相手がセターニアだったことにも衝撃を受けていた。
だが。
「ティアを、頼む」
セターニアと同じ願いに、こくりと頷く。
アレイサートのことは尊敬しているし、ヴァリスをここまで育ててくれた恩人でもある。恩人の頼みを聞くのが、騎士の務め。
その晩、アレイサートはその生涯を閉じた。
そして翌朝、アレイサートの亡骸はセンテの教会墓地に埋められた。
アレイサートが禁を犯したことはヴァリスの胸に仕舞ってある。だからアレイサートは、教義と騎士道に殉じた立派な戦士としてセンテの教会で崇められることになるだろう。それだけが、ヴァリスの今の慰めだった。
すっかり変わってしまった光景に、驚く。
カートリア同盟とノイトトース王国の国境であるルージャ河、その河の南側にあった、大地の肥沃さを示す麦畑が全て消えてしまっている。
「ノイトトース王国がやったのか?」
ハルの問いに、ベルサージャが首を縦に振る。
「ああ」
刈り取りを控えた麦畑は、視界を遮る。だから戦端を開くより先に全て燃やしてしまったらしい。農家の無念はどれほどのものだろう。ヴァリスは難しい顔で唸った。
そして。
センテの町は、全て燃えてしまった大地の中に、奇跡のように残っていた。
「あそこに、アレイサートがいる」
街の真ん中にある教会の横の建物を指差して、ベルサージャが言う。
「行っておやり」
ヴァリスはベルサージャにこくりと頷くと、建物の玄関を守る騎士達の方へと向かった。
アレイサートが自分に告白したいこととは何だろう? 不安が、疼く。幸い、玄関にいた騎士はヴァリスの知り合いだったので、ヴァリスはすぐにアレイサートの病室へ行くことができた。
個室のベッドに横たわる師匠の顔に、一瞬、戦く。土気色の顔、落ち窪んだ眼。死期にある者特有の雰囲気が、アレイサートを包んでいた。
「師匠」
悲しみで、胸が詰まる。それでも何とか、ヴァリスはベッドの傍らに跪き、アレイサートの耳に囁いた。
「ヴァリス、来たか」
枯れた声が、耳を打つ。その声も、いつものアレイサートの声とは全く違っていた。
「しばらく、二人だけにして欲しい」
アレイサートの言葉に、付き添っていた騎士達が皆、部屋から出る。二人きりになった部屋に、奇妙な緊張感が漂うのが、ヴァリスには重く感じられた。
と。
「心して、聞いて欲しい」
聞き取れないほどの細い声が、ヴァリスの耳を凍らせる。次に聞こえてきた言葉に、ヴァリスは耳を疑った。
「ティアは、……ティアリルは、私の息子だ」
「え……」
ぽかんと、口を開く。師匠は、アレイサートは、何を言っているのだろう。
「信じられないかもしれないが、事実だ。私は、神官騎士としての戒律を、破った」
続いている言葉が、全く耳に入らない。
「……だが」
動揺するヴァリスの傍らで、アレイサートは大きく喘いでから。吐くように一息で、言った。
「私は、セターニアを心から愛していた。だから、後悔はしていない」
アレイサートの告白がヴァリスの心に引き起こしたのは、嫌悪と切なさ。謹厳なアレイサートが禁を犯していたことが衝撃だったし、その相手がセターニアだったことにも衝撃を受けていた。
だが。
「ティアを、頼む」
セターニアと同じ願いに、こくりと頷く。
アレイサートのことは尊敬しているし、ヴァリスをここまで育ててくれた恩人でもある。恩人の頼みを聞くのが、騎士の務め。
その晩、アレイサートはその生涯を閉じた。
そして翌朝、アレイサートの亡骸はセンテの教会墓地に埋められた。
アレイサートが禁を犯したことはヴァリスの胸に仕舞ってある。だからアレイサートは、教義と騎士道に殉じた立派な戦士としてセンテの教会で崇められることになるだろう。それだけが、ヴァリスの今の慰めだった。
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