混沌の刻へ

風城国子智

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 地下道を少し行くと、壁の色が変わる。
「ここからが、神殿です」
 グリザリスの声が、壁に反射してもわっと響いた。
 彼によると、島の家々は全て、地下道で神殿と繋がっているらしい。敵対者が島を襲うといった有事の際の用心でしょう。グリザリスはそう言って、ヴァリス達に更に奥へ来るよう促した。
「他の人達も探してるはずです」
「しかし、どうやって探すんだ? 俺たちは神殿内を知らないぜ」
 ハルの質問に、グリザリスは頷いて答えた。
「私が主道を道案内します。皆さんは隙間や側道を探して下さい」
 神殿の入り口に置いてあった蝋燭立てを、グリザリスが一人一人に手渡す。その蝋燭立てには、太く長い蝋燭が挿してあった。
 グリザリス、ヴァリス、ジェイ、ハルの順に、神殿内を歩く。主道は明るかったが、そこから伸びる側道は暗く、そして隙間を含めたら幾つもある。それを一つ一つ蝋燭を手に覗き、子供を探すのだから、結構骨の折れる仕事だった。
 どれくらい、進んだだろう。
「……おや?」
 ふと、後ろを見る。ジェイは居たが、ハルの姿が見あたらない。
「どこかに、置いて来たか?」
 蝋燭を翳して、ジェイも来た道を見つめる。まあ、あのハルのことだから、迷子になっても自分で何とかするさ。そう言いながら、ジェイはヴァリスの方へ一歩踏み出した。
「……あれ?」
 動揺したジェイが、ヴァリスの方を見る。ヴァリスとジェイの距離は、ほんの二、三歩。だが、ジェイが何歩歩こうが止まっているヴァリスに追いつくことができない。何があった? 小首を傾げつつ、ヴァリスはジェイの方へ一歩踏み出した。次の瞬間。ジェイの姿が、斜めになって遠ざかる。気がつくと、ヴァリスは暗闇の中に一人立っていた。周りは、暗い色を見せる石の壁。ここまで道案内してくれたグリザリスも、いない。
「ジェイ! グリザリス!」
 ありったけの声で、叫ぶ。
「済まない」
 微かなグリザリスの声が、ヴァリスの耳を打った。
「でも、ミーアの、頼みだから」
 ミーア、の? 不吉な予想が、ヴァリスの全身を凍らせる。まさか、グリザリスは、ヴァリス達をティアから遠ざける為に神殿を案内したのではないだろうか。
「くそっ!」
 騙された。苦い思いが、胸に広がる。だがすぐに、ヴァリスは手近な壁を剣の柄で叩いた。ティアを助ける為には、この壁を壊し、自力で脱出する他無い。だが、壁も中々頑丈なようだ。叩いても叩いても壊れる気配すら見せない。それでも、ヴァリスは一生懸命壁を叩き続けた。
「力技か。芸のない」
 不意に、嘲るような声が、ヴァリスの耳を打つ。
「うるさいっ! 誰だっ!」
 苛立ちそのままに、ヴァリスは声のした方に向かって剣を振った。その剣の先が、光る。みるみるうちに、その光は人間の女の形を取った。
「あ……」
 突然目の前に現れた女を、剣を構えたまままじまじと見つめる。銀色の髪に、紫水晶の瞳。そして男性とも女性ともつかない顔立ち。ティアに、そっくりだ。ヴァリスはそう、感じた。
「我が名はアルリネット」
 剣を構えたままのヴァリスに、女はにっと笑う。
「世界の母であり、ルディテレスの母である存在」
 ルディテレスの母なら、ソセアルの、ティアの直接の先祖だ。似ていることに納得する。
 そんなヴァリスを、アルリネットはまじまじと見つめた。
「うん、まあ、ギリギリ合格点だな」
 そして、ある意味失礼な言葉を、ヴァリスに向かって吐く。アルリネットのその台詞に一度は怒りを覚えたヴァリスだが、アルリネットの次の言葉にはっとして剣を下ろした。
「ティアリルを、守るには」
 そうかもしれない。こんな単純な罠に騙されてしまうような自分は、まだまだ未熟だ。
「反省は、できるのか。……なら、問題はない」
 俯いたヴァリスに、アルリネットはそう、声を掛けた。
「ティアリルには、見所がある。守ってやってくれ。……世界を、混沌へと戻さない為に」
 それだけいうと、アルリネットはふっと、ヴァリスの前から姿を消した。

 気がつくと、ヴァリスは幅の広い道の真ん中に立っていた。
 暗いが、壁の感じからすると、まだ神殿内にいるらしい。
 どちらから来たか分からないが、とりあえず、この道を行けば外に出られるだろう。そう確信したヴァリスは、小さくなった蝋燭を手に走り出した。
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