22 / 63
6-1
しおりを挟む
「また針路曲がってるぞっ!」
ジェイの声が、波間に響く。
「ちゃんと漕げよ、ハル」
「はいっ?」
名指しされたハルは、むくれた顔をジェイに向けた。
「俺はちゃんと漕いでるって!」
「力が無いから曲がるんだろうな。魔法使えよ、ハル」
ハルの台詞に、疲れた声でヴァリスが割って入る。
ヴァリスが茶々を入れるのを、初めて聞いた。三人のやりとりを聞きながらセティは微笑ましくなった。……実際は、微笑ましくなる状態ではなかったのだが。
セティ達五人は、ジェイの父親から借りた手漕ぎ二挺ボートでアルトティス島を目指していた。普通なら帆船で行く距離なのだが、漁村で空いていたのはこのボートただ一つ。仕方無く、男三人で協力して漕いで……いるはずなのだが。二挺ボートは左右の力が合ってないと前に進まない。力も能力も違う三人が、上手く力を合わせるには、多少の時間とコツ、そして謙譲の心がいる。三人に欠けているのは、おそらく、心。
「こんなことに魔法使えるかっ!」
「こんなことだとっ!」
案の定、ハルの言葉にジェイが切れる。
「ええい、もういい。変われ、ハル」
ジェイは持っていた舵を離すと、ハルと場所を替わった。
「舵は持ってるだけでいい! 動かすなよ」
「はいはい」
しかし漕ぎ手を変えても、船は真っ直ぐに進まない。舵を動かすのは、オールを動かすより難しいのだ。
「あーもう、ハル、動かすなっていっただろうが!」
「俺は動かしてない」
ジェイとハルの怒鳴り声に、セティは正直呆れた。自分は乗せてもらっているだけなのだから、文句を言える立場ではないのだが。
と。
〈あのね、セティ〉
不意に、ティアの声が響く。ティアがベルサージャにもらった腕輪が、セティの膝の上で光っていた。
〈喧嘩する前にサイモナート様に頼んだ方が早いんじゃないかな、って思ったんだけど〉
「確かにね」
セティの傍らで横になっているティアの髪を、優しく撫でる。
ふと、海を見ると、ティアの言葉を聞いていたのか、海神サイモナートがボート近くの海面に顔を出しているのが見えた。
「ふん、あんな奴」
ティアの言葉を魔力で聞いたのだろう、ハルが毒づく。おそらく、サイモナートが側にいることには気付いていない。
「ティアを苦しめた奴に頼むくらいなら、このまま舵を握っていた方が良いね」
「そうだな」
ハルの言うことには大抵反対するヴァリスも、この言葉だけには頷いた。
「転覆させても、良いか?」
少し苛つき気味のサイモナートの声が、ボート内に響く。その時になって初めてサイモナートに気付いた青年三人は一様に驚いた表情を見せた。
「ずっと、見てたのか?」
ようやく、ジェイが言葉を紡ぐ。
「ああ。いつ転覆するか楽しみにしてたんだがな」
サイモナートはあくまで涼しげにそう、答えた。
「趣味悪」
「何か言ったか、ハルとやら」
サイモナートの声に、ハルはセティの方を向いてちょっとだけ舌を出した。
ジェイの声が、波間に響く。
「ちゃんと漕げよ、ハル」
「はいっ?」
名指しされたハルは、むくれた顔をジェイに向けた。
「俺はちゃんと漕いでるって!」
「力が無いから曲がるんだろうな。魔法使えよ、ハル」
ハルの台詞に、疲れた声でヴァリスが割って入る。
ヴァリスが茶々を入れるのを、初めて聞いた。三人のやりとりを聞きながらセティは微笑ましくなった。……実際は、微笑ましくなる状態ではなかったのだが。
セティ達五人は、ジェイの父親から借りた手漕ぎ二挺ボートでアルトティス島を目指していた。普通なら帆船で行く距離なのだが、漁村で空いていたのはこのボートただ一つ。仕方無く、男三人で協力して漕いで……いるはずなのだが。二挺ボートは左右の力が合ってないと前に進まない。力も能力も違う三人が、上手く力を合わせるには、多少の時間とコツ、そして謙譲の心がいる。三人に欠けているのは、おそらく、心。
「こんなことに魔法使えるかっ!」
「こんなことだとっ!」
案の定、ハルの言葉にジェイが切れる。
「ええい、もういい。変われ、ハル」
ジェイは持っていた舵を離すと、ハルと場所を替わった。
「舵は持ってるだけでいい! 動かすなよ」
「はいはい」
しかし漕ぎ手を変えても、船は真っ直ぐに進まない。舵を動かすのは、オールを動かすより難しいのだ。
「あーもう、ハル、動かすなっていっただろうが!」
「俺は動かしてない」
ジェイとハルの怒鳴り声に、セティは正直呆れた。自分は乗せてもらっているだけなのだから、文句を言える立場ではないのだが。
と。
〈あのね、セティ〉
不意に、ティアの声が響く。ティアがベルサージャにもらった腕輪が、セティの膝の上で光っていた。
〈喧嘩する前にサイモナート様に頼んだ方が早いんじゃないかな、って思ったんだけど〉
「確かにね」
セティの傍らで横になっているティアの髪を、優しく撫でる。
ふと、海を見ると、ティアの言葉を聞いていたのか、海神サイモナートがボート近くの海面に顔を出しているのが見えた。
「ふん、あんな奴」
ティアの言葉を魔力で聞いたのだろう、ハルが毒づく。おそらく、サイモナートが側にいることには気付いていない。
「ティアを苦しめた奴に頼むくらいなら、このまま舵を握っていた方が良いね」
「そうだな」
ハルの言うことには大抵反対するヴァリスも、この言葉だけには頷いた。
「転覆させても、良いか?」
少し苛つき気味のサイモナートの声が、ボート内に響く。その時になって初めてサイモナートに気付いた青年三人は一様に驚いた表情を見せた。
「ずっと、見てたのか?」
ようやく、ジェイが言葉を紡ぐ。
「ああ。いつ転覆するか楽しみにしてたんだがな」
サイモナートはあくまで涼しげにそう、答えた。
「趣味悪」
「何か言ったか、ハルとやら」
サイモナートの声に、ハルはセティの方を向いてちょっとだけ舌を出した。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/essay.png?id=5ada788558fa89228aea)
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
いい子ちゃんなんて嫌いだわ
F.conoe
ファンタジー
異世界召喚され、聖女として厚遇されたが
聖女じゃなかったと手のひら返しをされた。
おまけだと思われていたあの子が聖女だという。いい子で優しい聖女さま。
どうしてあなたは、もっと早く名乗らなかったの。
それが優しさだと思ったの?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる