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「また針路曲がってるぞっ!」
ジェイの声が、波間に響く。
「ちゃんと漕げよ、ハル」
「はいっ?」
名指しされたハルは、むくれた顔をジェイに向けた。
「俺はちゃんと漕いでるって!」
「力が無いから曲がるんだろうな。魔法使えよ、ハル」
ハルの台詞に、疲れた声でヴァリスが割って入る。
ヴァリスが茶々を入れるのを、初めて聞いた。三人のやりとりを聞きながらセティは微笑ましくなった。……実際は、微笑ましくなる状態ではなかったのだが。
セティ達五人は、ジェイの父親から借りた手漕ぎ二挺ボートでアルトティス島を目指していた。普通なら帆船で行く距離なのだが、漁村で空いていたのはこのボートただ一つ。仕方無く、男三人で協力して漕いで……いるはずなのだが。二挺ボートは左右の力が合ってないと前に進まない。力も能力も違う三人が、上手く力を合わせるには、多少の時間とコツ、そして謙譲の心がいる。三人に欠けているのは、おそらく、心。
「こんなことに魔法使えるかっ!」
「こんなことだとっ!」
案の定、ハルの言葉にジェイが切れる。
「ええい、もういい。変われ、ハル」
ジェイは持っていた舵を離すと、ハルと場所を替わった。
「舵は持ってるだけでいい! 動かすなよ」
「はいはい」
しかし漕ぎ手を変えても、船は真っ直ぐに進まない。舵を動かすのは、オールを動かすより難しいのだ。
「あーもう、ハル、動かすなっていっただろうが!」
「俺は動かしてない」
ジェイとハルの怒鳴り声に、セティは正直呆れた。自分は乗せてもらっているだけなのだから、文句を言える立場ではないのだが。
と。
〈あのね、セティ〉
不意に、ティアの声が響く。ティアがベルサージャにもらった腕輪が、セティの膝の上で光っていた。
〈喧嘩する前にサイモナート様に頼んだ方が早いんじゃないかな、って思ったんだけど〉
「確かにね」
セティの傍らで横になっているティアの髪を、優しく撫でる。
ふと、海を見ると、ティアの言葉を聞いていたのか、海神サイモナートがボート近くの海面に顔を出しているのが見えた。
「ふん、あんな奴」
ティアの言葉を魔力で聞いたのだろう、ハルが毒づく。おそらく、サイモナートが側にいることには気付いていない。
「ティアを苦しめた奴に頼むくらいなら、このまま舵を握っていた方が良いね」
「そうだな」
ハルの言うことには大抵反対するヴァリスも、この言葉だけには頷いた。
「転覆させても、良いか?」
少し苛つき気味のサイモナートの声が、ボート内に響く。その時になって初めてサイモナートに気付いた青年三人は一様に驚いた表情を見せた。
「ずっと、見てたのか?」
ようやく、ジェイが言葉を紡ぐ。
「ああ。いつ転覆するか楽しみにしてたんだがな」
サイモナートはあくまで涼しげにそう、答えた。
「趣味悪」
「何か言ったか、ハルとやら」
サイモナートの声に、ハルはセティの方を向いてちょっとだけ舌を出した。
ジェイの声が、波間に響く。
「ちゃんと漕げよ、ハル」
「はいっ?」
名指しされたハルは、むくれた顔をジェイに向けた。
「俺はちゃんと漕いでるって!」
「力が無いから曲がるんだろうな。魔法使えよ、ハル」
ハルの台詞に、疲れた声でヴァリスが割って入る。
ヴァリスが茶々を入れるのを、初めて聞いた。三人のやりとりを聞きながらセティは微笑ましくなった。……実際は、微笑ましくなる状態ではなかったのだが。
セティ達五人は、ジェイの父親から借りた手漕ぎ二挺ボートでアルトティス島を目指していた。普通なら帆船で行く距離なのだが、漁村で空いていたのはこのボートただ一つ。仕方無く、男三人で協力して漕いで……いるはずなのだが。二挺ボートは左右の力が合ってないと前に進まない。力も能力も違う三人が、上手く力を合わせるには、多少の時間とコツ、そして謙譲の心がいる。三人に欠けているのは、おそらく、心。
「こんなことに魔法使えるかっ!」
「こんなことだとっ!」
案の定、ハルの言葉にジェイが切れる。
「ええい、もういい。変われ、ハル」
ジェイは持っていた舵を離すと、ハルと場所を替わった。
「舵は持ってるだけでいい! 動かすなよ」
「はいはい」
しかし漕ぎ手を変えても、船は真っ直ぐに進まない。舵を動かすのは、オールを動かすより難しいのだ。
「あーもう、ハル、動かすなっていっただろうが!」
「俺は動かしてない」
ジェイとハルの怒鳴り声に、セティは正直呆れた。自分は乗せてもらっているだけなのだから、文句を言える立場ではないのだが。
と。
〈あのね、セティ〉
不意に、ティアの声が響く。ティアがベルサージャにもらった腕輪が、セティの膝の上で光っていた。
〈喧嘩する前にサイモナート様に頼んだ方が早いんじゃないかな、って思ったんだけど〉
「確かにね」
セティの傍らで横になっているティアの髪を、優しく撫でる。
ふと、海を見ると、ティアの言葉を聞いていたのか、海神サイモナートがボート近くの海面に顔を出しているのが見えた。
「ふん、あんな奴」
ティアの言葉を魔力で聞いたのだろう、ハルが毒づく。おそらく、サイモナートが側にいることには気付いていない。
「ティアを苦しめた奴に頼むくらいなら、このまま舵を握っていた方が良いね」
「そうだな」
ハルの言うことには大抵反対するヴァリスも、この言葉だけには頷いた。
「転覆させても、良いか?」
少し苛つき気味のサイモナートの声が、ボート内に響く。その時になって初めてサイモナートに気付いた青年三人は一様に驚いた表情を見せた。
「ずっと、見てたのか?」
ようやく、ジェイが言葉を紡ぐ。
「ああ。いつ転覆するか楽しみにしてたんだがな」
サイモナートはあくまで涼しげにそう、答えた。
「趣味悪」
「何か言ったか、ハルとやら」
サイモナートの声に、ハルはセティの方を向いてちょっとだけ舌を出した。
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