混沌の刻へ

風城国子智

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「結局、アルトティス行きの船は出ない、か」
 呟くジェイの声は、いくらかの苛立ちを帯びていた。
「おかしいわね」
 その声に応えたのは、セティ。
「急に巡礼も交易も止めるなんて」
「おかしくはないさ」
 そのセティの声に混じったのは、ハルの声。
「街で見ただろ。白服の奴ら」
 ハルの言葉に、その場にいた全員が頷いた。
 ヴァリス達は現在、アルトティス行きの定期船が出ている海沿いの商業都市ソーヴェの、城壁の外にいる。時刻は、まもなく夕方。本当ならば街中の宿屋で落ち着いている時間だ。だが。
「ごめんなさい」
「いいって」
 申し訳なさそうなセティに向かって、ジェイが手を振る。
「あんな奴らばっかりの街にいるくらいなら、野宿した方がマシだ」
 街中で船のことを尋ねたヴァリス達が出会ったのは、北の出身であることを示す白い修道服を身につけたスーヴァルドの神官達による理不尽な暴力。その所為で、セティを庇ったティアが大怪我をした上に、ヴァリス達は街から追い出された。そのティアは、ハルの回復魔法での治療を受けてからヴァリスの背中で安らかな寝息を立てている。
「でも結局、一番暴れてたのティアじゃないか? 短剣も抜いてたし」
「許せなかったんだろ」
 ジェイの言葉に、ヴァリスは素っ気なく言葉を返した。
「セティに、あんな侮辱の言葉を吐かれては」
 ヴァリス自身も、セティのことを「魔女だ」と罵ったことがある。その時はティアの諫言でやっと自分に非のあることが分かったが、同じ言葉を他の人が言うとその侮辱具合がよく分かる。
「しかし、どうする?」
 ハルの声に、はっと我に返る。
 白服の神官は、青色の袖無し上着の自分達ヴェクハールの神官とは違う、存在。同じ神を崇めてはいるが、北方の王国ノイトトースの厳しい自然よりも峻厳で狭い考えの持ち主達であるという噂だ。そんな彼らが大手を振って歩いている場所では、ヴァリス達に協力してくれる人を見つけることは不可能だろう。それよりは。
「ヴェクハールに戻るか?」
 ヴァリスは一番良いであろう案を、静かに呟いた。
 ソーヴェは、大河コトハの河口にある。コトハを遡るとヴェクハールだ。ヴェクハールには、聖堂に恩のある商人がたくさんいる。彼らの中から海上交易にも力を持っている者を探し出し、その船でコトハ又は大回りになるがリーニ河を下ってアルトティス島へ向かう。それが、ヴァリスが考えることができる最良の策。問題は、海上交易で力を持っている者が、いるかどうか、だろう。
 だが。ヴァリスのその言葉で、セティの顔が青ざめる。「夏が始まる日までに、戻れ」。それが、セティが受けたアルリネットの予言。今からヴェクハールまで戻っていたら、とうてい間に合わない。
「転移の魔法は、使えないぞ」
 ヴァリスの次の言葉を見抜いたように、ハルが大声を出す。
「一度行ったことのある所しか、行けないからな」
「……仕方無い、か」
 諦めたような声が、ヴァリスの横で響く。
「少し遠いが、知っているところがある。そこなら、泊めてくれるかもしれない」
 渋々といった感じで呟くと、ジェイはヴァリス達に海沿いの道を指し示した。
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