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ヴェクハール神殿付属の食堂は、病院の隣にあった。
「食い物適当に見繕ってくるから、ティアの面倒頼む」
そう言い置いて、ヴァリス、ジェイ、ハルの三人は配膳台の方へ歩いて行く。どうやらこの食堂は、配膳台に並べられた食事の中から自分で好きな物を好きなだけ取って食べる形式になっているらしい。
まだ時間が早いらしく、人の疎らな食堂に、少ししか知らない少年と二人で座っているのは、これまでずっと島の親密な人間関係の中で育ってきたセティにしてみれば何か変な感じがする。食堂のベンチの、セティの横に座ったティアは、セティが回復魔法を掛ける前よりぐったりしているように見えた。
「『呪歌』を歌った後だから、仕方無いんだ」
大丈夫と聞くセティに、ティアはだるそうに首を横に振った。どうやらティアが歌っていた『呪歌』というものは、体力を大量に消費するものらしい。そのティアを、もう一度まじまじと見つめる。少女にも見える彼の姿は、見れば見るほど、アルリネットが示したとある人の姿に似ていた。違うのは、瞳の色だけ。
「セティの首から下がっているのは、何?」
不意に、ティアが小さい声で質問する。
「これは、アルリネットの印」
少しぼうっとしていたセティは、その問いに簡潔に答えた。答えてから、はっとする。何度も確認しているが、ここは、スーヴァルドの神殿。敵対する神であるアルリネットの名前を簡単に出すなど、愚の骨頂。だがティアは、神の名など全く気にしていないようだ。
「ああ、それなら僕も持っているよ」
そう言いながらティアが服の下から取り出したのは、スーヴァルドの印である剣を象ったアミュレット。この少年も、『敵』であるスーヴァルドの信徒なんだ。セティは少し悲しくなった。なぜ、信条が違うだけで、人は憎んだり嫌悪感を持ったりするのだろう。でも。何とか気持ちを取り直す。スーヴァルドの聖堂内でも、ジェイやハルのように偏見無くセティに接してくれる人がいる。だから、大丈夫だ。
もう一度、確かめるようにティアを見つめる。こんなひ弱な少年に重大な物事を頼むのは、間違っているのかもしれない。だがきっと、何とかなる。直感に従い、セティは膝に乗っているティアの両手に自分の両手を重ねた。
「お願いがあります。島を、私の故郷を、助けて下さい」
「えっ?」
きょとんとした声が、耳を打つ。やはり、駄目だったか。落胆するセティの心に、ティアの無邪気な声が響いた。
「良いよ。僕にできることなら」
「え……」
「ちょっと待て、ティア」
落胆から欣喜へと変化するセティの心に割って入ったのは、ヴァリスの声。
「安請け合いはいけないと、あれほど言っているのに、また……」
「おいおい、ヴァリス。怒ると夕食がこぼれるぜ。もったいない」
ヴァリスの怒りの声を、ジェイの明るい声が制す。
「ティアも、ちゃんと具体的な話を聞いてから返事をする」
「はあい」
「何か教師と生徒みたいだな」
ジェイとティアのやりとりにハルが茶々を入れるのを、セティはどきどきしながら聞いていた。……この人達は、信頼できる。
「で、お嬢さん、俺たちに何の頼み?」
持って来た夕食を脇に積み上げてから、セティの向かいに座ったジェイがそう問う。ジェイの右側には、興味なさそうに金の髪を弄るハル、そして右側には仏頂面のヴァリス。そして。
「話して、セティ」
セティの横で座り直したティアが、セティに話を促す。セティは一呼吸してから、ゆっくりと話を始めた。
この冬から春にかけて、セティの住むアルトティス島ではある怪奇が起こっていた。夕方になると、外にいた年端もいかない子供達が消えてしまう、という。セティの弟も、セティが見ている目の前で、まるで風に攫われたかのように消えてしまった。島の大人達が原因を調査しているが、何も分からないまま子供達だけが消えていく。そんな時、アルリネットの神殿で祈っていたセティは、神殿の主アルリネットから助言を受けた。「大陸へ行き、ソセアルの森で銀髪紫眼の人に助けを求めなさい」、と。その助言に従い、春の初めの日に、セティは一人島を出、大陸へと降り立った。だが、春の半分を費やしても、探し人は見つからない。
「ソセアル、銀髪紫眼……、って、まさか」
「あの伝説の?」
セティの言葉に、ハルとジェイが同時に声を上げる。
「知っているの!」
「ああ」
叫び声にも似たセティの声に静かに答えたのは、ヴァリスだった。
「だが。ソセアルの民はとうの昔に滅びたという話だが」
大昔、大陸内陸部に広がるソセアルの森には、予言と治療を職能とする魔術に長けた一族が住んでいた。千年前の災厄を起こした『混沌』の神を、その命と引き替えに倒した英雄ルディテレスを祖とする彼らは、森の外の人々の頼みに応じ、一族が持つ『力』を用いて様々な手助けを行っていた。だが、閉鎖的な生活が災いしたのか子孫が絶え、今ではその血と力を受け継ぐ者は誰もいないという。
「そんな……」
「うーん、でも」
落胆するセティの隣で、あくまで無邪気なティアの声が響く。
「それってあくまで言い伝えでしょ? だったら、森のどこかにソセアルの民が生き残っている可能性だってあるんじゃないかな? 森は広いし」
「そう、だが……」
「それに、神様が信徒に実現不可能な助言をするわけないじゃない」
ティアの言葉に、はっとする。そうだ。アルリネット様が無理難題を言うわけがない。大陸での旅路の間に潰えていた希望が再び、セティの心に芽生えた。
「ねえ、みんなでセティの手伝いをしようよ!」
ティアの提案に、再びはっと胸を突かれる。
「い、良いの? ティア?」
戸惑いを、セティはそのまま言葉にした。
「うん、きっとみんなも良いって言ってくれるよ」
ティアの赤い瞳は、きらきらとセティを見、そしてテーブル向かいの三人を順々に見つめた。
「ね、ジェイ」
「そりゃあ。女の子の頼みを聞かないジェイ様ではないぜ」
ジェイは勿論、というようににっと笑う。
「ハル」
「ん、まあ、良いんじゃないの? ソセアルの民が生きていたら俺の知識が増える」
ハルは面倒そうな顔をティアに向けたが、セティには口の端を歪めた。
問題は。
「ヴァリス」
「……ああ、うん」
気乗りしないヴァリスの声が、セティの耳を打つ。だがすぐに、ヴァリスはふっと笑ってティアにこくりと頷いた。
「良いよ。……一緒に行ってやる」
「ありがとう、ヴァリス」
セティの涙腺が、緩む。
久しぶりの涙が、セティの頬を伝わった。
「食い物適当に見繕ってくるから、ティアの面倒頼む」
そう言い置いて、ヴァリス、ジェイ、ハルの三人は配膳台の方へ歩いて行く。どうやらこの食堂は、配膳台に並べられた食事の中から自分で好きな物を好きなだけ取って食べる形式になっているらしい。
まだ時間が早いらしく、人の疎らな食堂に、少ししか知らない少年と二人で座っているのは、これまでずっと島の親密な人間関係の中で育ってきたセティにしてみれば何か変な感じがする。食堂のベンチの、セティの横に座ったティアは、セティが回復魔法を掛ける前よりぐったりしているように見えた。
「『呪歌』を歌った後だから、仕方無いんだ」
大丈夫と聞くセティに、ティアはだるそうに首を横に振った。どうやらティアが歌っていた『呪歌』というものは、体力を大量に消費するものらしい。そのティアを、もう一度まじまじと見つめる。少女にも見える彼の姿は、見れば見るほど、アルリネットが示したとある人の姿に似ていた。違うのは、瞳の色だけ。
「セティの首から下がっているのは、何?」
不意に、ティアが小さい声で質問する。
「これは、アルリネットの印」
少しぼうっとしていたセティは、その問いに簡潔に答えた。答えてから、はっとする。何度も確認しているが、ここは、スーヴァルドの神殿。敵対する神であるアルリネットの名前を簡単に出すなど、愚の骨頂。だがティアは、神の名など全く気にしていないようだ。
「ああ、それなら僕も持っているよ」
そう言いながらティアが服の下から取り出したのは、スーヴァルドの印である剣を象ったアミュレット。この少年も、『敵』であるスーヴァルドの信徒なんだ。セティは少し悲しくなった。なぜ、信条が違うだけで、人は憎んだり嫌悪感を持ったりするのだろう。でも。何とか気持ちを取り直す。スーヴァルドの聖堂内でも、ジェイやハルのように偏見無くセティに接してくれる人がいる。だから、大丈夫だ。
もう一度、確かめるようにティアを見つめる。こんなひ弱な少年に重大な物事を頼むのは、間違っているのかもしれない。だがきっと、何とかなる。直感に従い、セティは膝に乗っているティアの両手に自分の両手を重ねた。
「お願いがあります。島を、私の故郷を、助けて下さい」
「えっ?」
きょとんとした声が、耳を打つ。やはり、駄目だったか。落胆するセティの心に、ティアの無邪気な声が響いた。
「良いよ。僕にできることなら」
「え……」
「ちょっと待て、ティア」
落胆から欣喜へと変化するセティの心に割って入ったのは、ヴァリスの声。
「安請け合いはいけないと、あれほど言っているのに、また……」
「おいおい、ヴァリス。怒ると夕食がこぼれるぜ。もったいない」
ヴァリスの怒りの声を、ジェイの明るい声が制す。
「ティアも、ちゃんと具体的な話を聞いてから返事をする」
「はあい」
「何か教師と生徒みたいだな」
ジェイとティアのやりとりにハルが茶々を入れるのを、セティはどきどきしながら聞いていた。……この人達は、信頼できる。
「で、お嬢さん、俺たちに何の頼み?」
持って来た夕食を脇に積み上げてから、セティの向かいに座ったジェイがそう問う。ジェイの右側には、興味なさそうに金の髪を弄るハル、そして右側には仏頂面のヴァリス。そして。
「話して、セティ」
セティの横で座り直したティアが、セティに話を促す。セティは一呼吸してから、ゆっくりと話を始めた。
この冬から春にかけて、セティの住むアルトティス島ではある怪奇が起こっていた。夕方になると、外にいた年端もいかない子供達が消えてしまう、という。セティの弟も、セティが見ている目の前で、まるで風に攫われたかのように消えてしまった。島の大人達が原因を調査しているが、何も分からないまま子供達だけが消えていく。そんな時、アルリネットの神殿で祈っていたセティは、神殿の主アルリネットから助言を受けた。「大陸へ行き、ソセアルの森で銀髪紫眼の人に助けを求めなさい」、と。その助言に従い、春の初めの日に、セティは一人島を出、大陸へと降り立った。だが、春の半分を費やしても、探し人は見つからない。
「ソセアル、銀髪紫眼……、って、まさか」
「あの伝説の?」
セティの言葉に、ハルとジェイが同時に声を上げる。
「知っているの!」
「ああ」
叫び声にも似たセティの声に静かに答えたのは、ヴァリスだった。
「だが。ソセアルの民はとうの昔に滅びたという話だが」
大昔、大陸内陸部に広がるソセアルの森には、予言と治療を職能とする魔術に長けた一族が住んでいた。千年前の災厄を起こした『混沌』の神を、その命と引き替えに倒した英雄ルディテレスを祖とする彼らは、森の外の人々の頼みに応じ、一族が持つ『力』を用いて様々な手助けを行っていた。だが、閉鎖的な生活が災いしたのか子孫が絶え、今ではその血と力を受け継ぐ者は誰もいないという。
「そんな……」
「うーん、でも」
落胆するセティの隣で、あくまで無邪気なティアの声が響く。
「それってあくまで言い伝えでしょ? だったら、森のどこかにソセアルの民が生き残っている可能性だってあるんじゃないかな? 森は広いし」
「そう、だが……」
「それに、神様が信徒に実現不可能な助言をするわけないじゃない」
ティアの言葉に、はっとする。そうだ。アルリネット様が無理難題を言うわけがない。大陸での旅路の間に潰えていた希望が再び、セティの心に芽生えた。
「ねえ、みんなでセティの手伝いをしようよ!」
ティアの提案に、再びはっと胸を突かれる。
「い、良いの? ティア?」
戸惑いを、セティはそのまま言葉にした。
「うん、きっとみんなも良いって言ってくれるよ」
ティアの赤い瞳は、きらきらとセティを見、そしてテーブル向かいの三人を順々に見つめた。
「ね、ジェイ」
「そりゃあ。女の子の頼みを聞かないジェイ様ではないぜ」
ジェイは勿論、というようににっと笑う。
「ハル」
「ん、まあ、良いんじゃないの? ソセアルの民が生きていたら俺の知識が増える」
ハルは面倒そうな顔をティアに向けたが、セティには口の端を歪めた。
問題は。
「ヴァリス」
「……ああ、うん」
気乗りしないヴァリスの声が、セティの耳を打つ。だがすぐに、ヴァリスはふっと笑ってティアにこくりと頷いた。
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