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赴く理由を 2

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 がっしりとした長官の背を見上げながら、乗っている馬を何とか操る。身体が異なれば疲労も異なるんだな。馬に揺られても全く疲れをみせない借り物の身体と、森の中を歩く度にグレンに置いて行かれそうになっていたかつての自分とを重ね合わせ、フィンは大きく息を吐いた。そして。森を抜けて辿り着いた場所に、思わず息を止める。この、場所は。確かめるように、フィンはゆっくりと辺りを見回した。小さな丸い丘も、今は裸の畑も、目の前の小屋も、見覚えがある。グレンとフィンが暮らしていた、場所。僅かに眩暈を覚え、フィンは降りた馬の側で立ち尽くした。
 そのフィンの横に、小さな白い固まりがやってくる。春に、難産の羊からフィンが取り上げた、子羊。ダンという少年の身体の中にいるフィンの魂に気付いているのか、子羊はフィンの足にすり寄ると、餌をねだるようにその円らな瞳をフィンの方へ向けた。
「動物に好かれてますね、坊ちゃん」
 戸惑いが胸から離れないフィンの耳に、長官とは違う男の声が響く。あの夜グレンを襲った男の声だ。その声にフィンが感じたのは、怒りよりも、心配。そう言えば、グレンは? 子羊の頭を撫でながら、再びそっと、辺りを見回す。今は、ここには、見当たらない。でももしこの場所に、現れてしまったら? 不安を覚え、フィンはもう一度、確かめるように小屋の周りを見回した。幾日か前の夜、眠れぬままに長官の屋敷を抜け出したフィンは、町の西側に位置するまだ新しい墓地で、グレンの姿を見ている。そのグレンもすぐに消えてしまったから、おそらくフィンの惑いが見せた幻、なのだろう。そう思っていても、やはり。漠たる不安が、胸を蝕む。既に焼かれてしまったフィンを、グレンが探しているとしたら、……ここにも来るかもしれない。居ても立ってもいられず、フィンは静かに、長官と男が談笑する小屋の前を離れた。グレンがいるとすれば何処だろう? もう一度、丘の上から背後の小屋まで、ぐるりと見回す。多分、……墓地、だ。フィンの前で談笑する長官や男、そしてフィンが焼かれる様を冷笑で見ていたあの町の住人と同じ姿をした人々に虐げられ、フィンとともに森の中に逃げ、そして力尽きた母も葬られている、この丘を開拓したグレンの一族が眠るという東端の小さな区間に、フィンは急いだ。
 そのフィンの、不安通り。墓地に佇むグレンの、小柄だが頑丈な影に、再び唇を噛み締める。フィンは、グレンが知っているフィンは、もう何処にもいない。そしてこの場所は、フィンとグレンが暮らしていた楽土は、……奪われてしまった。ここにいては、グレンの命が危ない。グレンには、生きていて欲しい。だから。
「どうして、ここにいるの、グレン」
 叫んで、グレンの暗色の瞳を睨む。
 次の瞬間、グレンの姿は、傾きかけた日差しに溶けるように、消えた。
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