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戻る場所は 3
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やはり何処かよそよそしく見える、背の高い木々に、静かに息を吐く。……戻らなければ。痛む身体を引き起こし、グレンは唇を噛んだ。戻って、フィンを見つけることが、どうしても、必要。
尾根を超えてやっと、見知った風景を見つける。ほっと息を吐き、道無き道を下るグレンの脳裏に浮かぶのは、町の墓地で出会った紅顔の少年のこと。
「あいつは、一体……?」
小さな呟きは、薄い靄に覆われた森の中へと消えていく。あの少年が使った『魔法』は、確かに、フィンが使った魔法だった。森の中で突進してきた猪を消し、助けた男に理由も無く殺されかけたグレンに対して使った魔法と、火刑の炎の中で、呆然とフィンを見つめることしかできなかったグレンを認めたフィンが最期に使った魔法と、そっくり同じ。もしかすると、あの少年が、フィンの生まれ変わりなのだろうか? 突拍子も無くそう考え、グレンは慌てて首を横に振った。時期が、早過ぎる。亡くなってすぐに人間に生まれ変わったとしても、まだ母親のお腹の中、だろう。夜毎の祖父の物語を思い出し、グレンはもう一度、首を横に振った。では、あの少年は何なのだろうか? 同じ一族であるはずのフィンをその母親とともに追放し、自然の力を軽視した自分達の罪を無視してフィンに理不尽な罪を着せた者達の町なのだから、フィンと同じ力を持つ少年があんな風に堂々と、あの町で生きていられるわけがない。それなのに、あの少年は。
そんなことを考えているうちに、グレンの足裏が、歩き慣れた道を察する。この道、は。グレンの足は我知らず、速まった。それでも、森から出るぎりぎりで足を止め、何処か冷めた木々の陰に隠れて様子を窺ったのは、祖父の話とこれまでの経験から。
〈……やっぱり〉
溜息が、グレンの口から吐き出される。森の向こう、晩秋の陽に照らされたなだらかな丘の麓にある細長い小屋の前で、恩知らずの男が、小さな人影を一人従えた背の高い男と談笑している。男は、おそらく、グレンの一族が少しずつ開墾して現在の姿にした、小さいが豊かな土地を奪うために、グレンを殺そうとし、フィンを贄にしたのだろう。全身を支配し始めた怒りを、グレンは何とか抑えた。今、怒っても、どうにもならない。殺されかけたのだから、男の強靱さは骨身に染みている。まだ僅かに残っている切られた左腕の痛みに、唇を噛む。今ここで、あの男に飛びかかっても、負けるだけ。それよりも、フィンがここに戻って来ていないかどうか、確かめなければ。目を閉じ、拒絶する森の空気を感じてから、グレンは再び目を見開き、いるかもしれないフィンを探した。
小屋の周辺にフィンの影が無いことを確認して、ほっと息を吐く。畑と牧草地が広がる丘の南斜面にも、フィンはいない。それでも、もう一度、フィンと暮らしていた小屋の方に目を向けてしまうのは、ふらふらしたところのあるフィンがふわりとグレンの前に現れてくれることを、期待しているから、だろうか。
そう言えば。談笑を続ける二人の男を、もう一度鋭く見つめる。男と話している、背の高い男の方にも、見覚えがある。フィンを火刑にした、町に住む長官。そして。長官の後ろで所在無げに大人達の話を聞いている子供を見て、グレンは声を上げそうになった口を自分の手で押さえた。あの、紅顔の少年は、……フィンと同じ魔法でグレンを見知らぬ土地に飛ばした、あの少年ではないか。長官のすぐ側にいるということは、おそらく彼は、長官に近しい者。少年の背を叩いて笑う長官の声から、グレンはそう、見当をつけた。彼が誰だろうと、構ってはいけない。そんな気がする。確かめるようにもう一度、ふくよかで幸福そうな少年を見つめ、グレンはそっと、見ていた全てに背を向けた。あの少年と、フィンは、何もかもが違い過ぎる。青白い顔と、触れれば折れてしまうのではないかと思えるくらいに華奢な手足を持っていたフィンと、どんな場所でも元気に飛び跳ねることのできる身体を持つ、紅顔のあの少年と、では。
もう一カ所、確かめておかなければならない場所がある。無理に気持ちを切り替えて、南斜面だけが開墾された丘をぐるりと周る道を取る。日が傾き終わる頃、ようやく辿り着いた場所は、グレンが住んでいた土地の東端、小さな崖の下に作られた、一族を葬る墓地。
〈……やはり、いない〉
小石で囲まれた四角い場所を見渡し、息を吐く。フィンは既に、優しい場所で新しい命を得ているのだろうか。それとも、追放の果てに行き倒れた母を葬ったこの場所に辿り着くことができず、あの町の辺りを彷徨っているのだろうか。とにかく、もう一度あの町に戻らなければ。そう、決心したグレンの前に、不意に小さな影が立つ。
「おまえ、は……」
グレンが驚きの声を上げる前に、その小さな影、長官の後ろにいた紅顔の少年が整った眉を顰める。次の瞬間、グレンの視界は、天を貫く木々と、その木々の間から僅かに見える冷たい星々とに覆われていた。
尾根を超えてやっと、見知った風景を見つける。ほっと息を吐き、道無き道を下るグレンの脳裏に浮かぶのは、町の墓地で出会った紅顔の少年のこと。
「あいつは、一体……?」
小さな呟きは、薄い靄に覆われた森の中へと消えていく。あの少年が使った『魔法』は、確かに、フィンが使った魔法だった。森の中で突進してきた猪を消し、助けた男に理由も無く殺されかけたグレンに対して使った魔法と、火刑の炎の中で、呆然とフィンを見つめることしかできなかったグレンを認めたフィンが最期に使った魔法と、そっくり同じ。もしかすると、あの少年が、フィンの生まれ変わりなのだろうか? 突拍子も無くそう考え、グレンは慌てて首を横に振った。時期が、早過ぎる。亡くなってすぐに人間に生まれ変わったとしても、まだ母親のお腹の中、だろう。夜毎の祖父の物語を思い出し、グレンはもう一度、首を横に振った。では、あの少年は何なのだろうか? 同じ一族であるはずのフィンをその母親とともに追放し、自然の力を軽視した自分達の罪を無視してフィンに理不尽な罪を着せた者達の町なのだから、フィンと同じ力を持つ少年があんな風に堂々と、あの町で生きていられるわけがない。それなのに、あの少年は。
そんなことを考えているうちに、グレンの足裏が、歩き慣れた道を察する。この道、は。グレンの足は我知らず、速まった。それでも、森から出るぎりぎりで足を止め、何処か冷めた木々の陰に隠れて様子を窺ったのは、祖父の話とこれまでの経験から。
〈……やっぱり〉
溜息が、グレンの口から吐き出される。森の向こう、晩秋の陽に照らされたなだらかな丘の麓にある細長い小屋の前で、恩知らずの男が、小さな人影を一人従えた背の高い男と談笑している。男は、おそらく、グレンの一族が少しずつ開墾して現在の姿にした、小さいが豊かな土地を奪うために、グレンを殺そうとし、フィンを贄にしたのだろう。全身を支配し始めた怒りを、グレンは何とか抑えた。今、怒っても、どうにもならない。殺されかけたのだから、男の強靱さは骨身に染みている。まだ僅かに残っている切られた左腕の痛みに、唇を噛む。今ここで、あの男に飛びかかっても、負けるだけ。それよりも、フィンがここに戻って来ていないかどうか、確かめなければ。目を閉じ、拒絶する森の空気を感じてから、グレンは再び目を見開き、いるかもしれないフィンを探した。
小屋の周辺にフィンの影が無いことを確認して、ほっと息を吐く。畑と牧草地が広がる丘の南斜面にも、フィンはいない。それでも、もう一度、フィンと暮らしていた小屋の方に目を向けてしまうのは、ふらふらしたところのあるフィンがふわりとグレンの前に現れてくれることを、期待しているから、だろうか。
そう言えば。談笑を続ける二人の男を、もう一度鋭く見つめる。男と話している、背の高い男の方にも、見覚えがある。フィンを火刑にした、町に住む長官。そして。長官の後ろで所在無げに大人達の話を聞いている子供を見て、グレンは声を上げそうになった口を自分の手で押さえた。あの、紅顔の少年は、……フィンと同じ魔法でグレンを見知らぬ土地に飛ばした、あの少年ではないか。長官のすぐ側にいるということは、おそらく彼は、長官に近しい者。少年の背を叩いて笑う長官の声から、グレンはそう、見当をつけた。彼が誰だろうと、構ってはいけない。そんな気がする。確かめるようにもう一度、ふくよかで幸福そうな少年を見つめ、グレンはそっと、見ていた全てに背を向けた。あの少年と、フィンは、何もかもが違い過ぎる。青白い顔と、触れれば折れてしまうのではないかと思えるくらいに華奢な手足を持っていたフィンと、どんな場所でも元気に飛び跳ねることのできる身体を持つ、紅顔のあの少年と、では。
もう一カ所、確かめておかなければならない場所がある。無理に気持ちを切り替えて、南斜面だけが開墾された丘をぐるりと周る道を取る。日が傾き終わる頃、ようやく辿り着いた場所は、グレンが住んでいた土地の東端、小さな崖の下に作られた、一族を葬る墓地。
〈……やはり、いない〉
小石で囲まれた四角い場所を見渡し、息を吐く。フィンは既に、優しい場所で新しい命を得ているのだろうか。それとも、追放の果てに行き倒れた母を葬ったこの場所に辿り着くことができず、あの町の辺りを彷徨っているのだろうか。とにかく、もう一度あの町に戻らなければ。そう、決心したグレンの前に、不意に小さな影が立つ。
「おまえ、は……」
グレンが驚きの声を上げる前に、その小さな影、長官の後ろにいた紅顔の少年が整った眉を顰める。次の瞬間、グレンの視界は、天を貫く木々と、その木々の間から僅かに見える冷たい星々とに覆われていた。
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