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勇者と魔王
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魔物が巣食っているという噂のある森の中の道を、一人の青年が、金属鎧をガチャガチャといわせながら歩いていた。
一目で『冒険者』だと分かる彼の目的は、もちろんこの森に棲む魔物を退治すること。この近くに住む村人達から、最近魔物が多く出没するようになったと退治を依頼されたのだ。魔物は手強いが、これまで数々の困難を乗り越えてきたという自信が、青年の心をしっかりと支えていた。
今回もきっと、任務を達成することができる。それに、人が困っていると聞けば助けないわけにはいかない。自分は『勇者』の称号を得ているのだから。
人の気配を感じ、青年ははたと立ち止まった。
いつの間にか、森の木々はその深さを濃くしている。
こんな森の奥に、一体誰が? そう思いながらゆっくりと目を上げると、その視界の遠くに、黒い服を着た男が見えた。眼を凝らして良く見なくても、その男が身につけている服が近隣の村人達のものとは明らかに異なっていることは直ぐに分かる。一体何故、こんなところにこんな人が? 青年が心の中で再び首を傾げた、丁度その時。
「何をしに来た?」
突然、深い声が青年の耳に入ってくる。
いつの間に動いたのだろうか、気が付くと、その黒服の男は青年のほんの鼻先に、いた。
「答えろ」
「ま、魔物を退治しに」
男の問いに、何故か正直に答えてしまう。こんな不審者なんかに答える義理はない。心の中ではそう思ったのだが、男が纏っている雰囲気が、自分の心を確かに圧迫して、いた。今まで、どんな怪物にも全く臆せずに渡り合ってきた勇者だが、この男はこれまでのどの敵とも違う。青年は確かにそう、感じた。
「そうか」
青年の答えに、男は不快そうにふんと鼻を鳴らして言葉を続ける。
「では、何故魔物が村人を襲ったか、知ってはいるまいな」
しかし、次に男の口から出た言葉に、青年は正直当惑した。
魔物が人間を襲うのに、理由などあるはずがない。そう思ったから、青年は男の問いに無言のまま首を横に振った。
「そうか」
青年の答えを聞いた男の声が、更に沈む。
次の瞬間。
「なら、これ以上行かせるわけにはいかないな」
その言葉と同時に。男はいきなり腰の剣を抜くと間髪入れず青年に襲い掛かってきた。
何が何だか分からないまま、青年も背中の剣を抜く。しかし、剣捌きは男の方が素早かった。あっという間に、青年の剣は地面に落ちる。この男、強すぎる。そう思った青年は、落ちた剣も拾わずにくるりと踵を返すと後はただ一目散にもと来た道を引き返して、行った。
「……全く」
金属鎧の後姿を呆れて見やりながら、剣を握った男の口からゆっくりと溜息が漏れた。
「人間ってのは、何でああ、身勝手なくせに臆病なんだ?」
汚れてもいない刀身を近くの葉で拭い、腰の鞘に軽く収める。その黒服の男の背後には、あちこちに怪我をした魔物の一群が、いた。
魔物が人間の目の前に姿を現したのは、元はといえばこの近くに住む村人達の所為。村人達が、魔物の居住地である森の奥の木を切ったから、驚いた魔物たちはとにかく逃げ出そうと彼らの居住地を飛び出した。ただそれだけのこと、なのに。
「ありがとうございます。魔王数」
口々にお礼の言葉を口にする魔物たちに軽く手を振る。
そして、次の瞬間。
魔王数の姿は風のように消え去って、いた。
一目で『冒険者』だと分かる彼の目的は、もちろんこの森に棲む魔物を退治すること。この近くに住む村人達から、最近魔物が多く出没するようになったと退治を依頼されたのだ。魔物は手強いが、これまで数々の困難を乗り越えてきたという自信が、青年の心をしっかりと支えていた。
今回もきっと、任務を達成することができる。それに、人が困っていると聞けば助けないわけにはいかない。自分は『勇者』の称号を得ているのだから。
人の気配を感じ、青年ははたと立ち止まった。
いつの間にか、森の木々はその深さを濃くしている。
こんな森の奥に、一体誰が? そう思いながらゆっくりと目を上げると、その視界の遠くに、黒い服を着た男が見えた。眼を凝らして良く見なくても、その男が身につけている服が近隣の村人達のものとは明らかに異なっていることは直ぐに分かる。一体何故、こんなところにこんな人が? 青年が心の中で再び首を傾げた、丁度その時。
「何をしに来た?」
突然、深い声が青年の耳に入ってくる。
いつの間に動いたのだろうか、気が付くと、その黒服の男は青年のほんの鼻先に、いた。
「答えろ」
「ま、魔物を退治しに」
男の問いに、何故か正直に答えてしまう。こんな不審者なんかに答える義理はない。心の中ではそう思ったのだが、男が纏っている雰囲気が、自分の心を確かに圧迫して、いた。今まで、どんな怪物にも全く臆せずに渡り合ってきた勇者だが、この男はこれまでのどの敵とも違う。青年は確かにそう、感じた。
「そうか」
青年の答えに、男は不快そうにふんと鼻を鳴らして言葉を続ける。
「では、何故魔物が村人を襲ったか、知ってはいるまいな」
しかし、次に男の口から出た言葉に、青年は正直当惑した。
魔物が人間を襲うのに、理由などあるはずがない。そう思ったから、青年は男の問いに無言のまま首を横に振った。
「そうか」
青年の答えを聞いた男の声が、更に沈む。
次の瞬間。
「なら、これ以上行かせるわけにはいかないな」
その言葉と同時に。男はいきなり腰の剣を抜くと間髪入れず青年に襲い掛かってきた。
何が何だか分からないまま、青年も背中の剣を抜く。しかし、剣捌きは男の方が素早かった。あっという間に、青年の剣は地面に落ちる。この男、強すぎる。そう思った青年は、落ちた剣も拾わずにくるりと踵を返すと後はただ一目散にもと来た道を引き返して、行った。
「……全く」
金属鎧の後姿を呆れて見やりながら、剣を握った男の口からゆっくりと溜息が漏れた。
「人間ってのは、何でああ、身勝手なくせに臆病なんだ?」
汚れてもいない刀身を近くの葉で拭い、腰の鞘に軽く収める。その黒服の男の背後には、あちこちに怪我をした魔物の一群が、いた。
魔物が人間の目の前に姿を現したのは、元はといえばこの近くに住む村人達の所為。村人達が、魔物の居住地である森の奥の木を切ったから、驚いた魔物たちはとにかく逃げ出そうと彼らの居住地を飛び出した。ただそれだけのこと、なのに。
「ありがとうございます。魔王数」
口々にお礼の言葉を口にする魔物たちに軽く手を振る。
そして、次の瞬間。
魔王数の姿は風のように消え去って、いた。
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