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Amethyst 4
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静かな寝息が、耳を打つ。
ヴィクターのベッドに寝かされた、マリーの安らかな息が、ヴィクターの心を優しく撫でた。
「おそらく、過度の緊張で気を失ったのでしょう」
ヴィクターの叫びで執事が呼んだ村の医者は、そう、言っていた。毒を飲んだ気配は、無いと。そう。『アメシスト』を飲んだのに、マリーは死ななかった。『試練』を超えたのだ。
「旦那様」
何時に無く憔悴しきったヘンリーが、二つの包みを持って現れる。
「マリーの部屋から、これが」
包みの一つ、細長い形の物を、まずヘンリーはヴィクターに手渡した。
包みの中身は見なくても分かる。トレヴァーがマリーに押し付けた、毒の入った小瓶だろう。ご丁寧に、包みにタグがついている。
「これは毒です。トレヴァー様から手渡されました」
日付と共にそう書かれた、美しい文字に、目を細める。マリーは、ヴィクターを裏切ったわけではなかったのだ。トレヴァーがマリー以外の人間にヴィクター暗殺を示唆することを危惧し、首を横に振りながらもトレヴァーに同意した振りをして、毒が他の人の手に渡らないよう、必死で小瓶を握っていたのだ。疑って悪かった。心の中で、ヴィクターはマリーに謝った。
そして。
「こちらを」
ヘンリーがヴィクターに手渡した、もう一つの包みは、小さな紙製の箱。その箱の中には、ヴィクターの思い出を刺激する物が入っていた。
「これは」
「申し訳ありません」
驚愕するヴィクターの耳に、ヘンリーの沈んだ声が響く。
箱の中に入っていたのは、ヴィクターが昔、あの浅黒い肌の少女に手渡した、母の形見のロケット。屋敷の玄関前に捨てられていた赤ん坊が持っていた物を、ヴィクターより先に赤ん坊を見つけたヘンリーが拾い、隠したものだという。
そう、すると。更なる驚愕が、ヴィクターを襲う。マリーは、俺の、娘なのか?
「本当に、申し訳ないことをしました」
再びヴィクターに向かって頭を下げるヘンリーの声が、ヴィクターの思考を裏付ける。
「そうか」
ヴィクターはヘンリーに、その一言しか言えなかった。
次の朝。
「おはよう、マリー」
メイド服のまま、おずおずと朝食後のお茶を運んで来たマリーに、ヴィクターは優しく声を掛けた。
「今日、トレヴァーが来たよ」
トレヴァーという名前に、びくっと身を震わせるマリー。その反応を面白がりながらも、ヴィクターは優しく更に付け加えた。
「もう来ないがね」
朝早く屋敷に現れたトレヴァーを、ヴィクターはヘンリーに言いつけて朝食の席に誘った。そして出す料理全てに『アメシスト』を入れるよう、ヘンリーに指示した。もちろんトレヴァーは何も考えずに朝食を食べ、『試練』を乗り越えることは無かった。
自業自得だ。トレヴァーの死に顔を思い出し、顔を顰める。
あいつのことはとっとと忘れて、今はマリーのことに集中しよう。自分の嫁探しは終わりだ。『試練』を乗り越えることができる誠実な男を、マリーの為に見つけよう。
まだおどおどと自分を見つめるマリーに、ヴィクターは、今度は父親のように優しく笑いかけた。
ヴィクターのベッドに寝かされた、マリーの安らかな息が、ヴィクターの心を優しく撫でた。
「おそらく、過度の緊張で気を失ったのでしょう」
ヴィクターの叫びで執事が呼んだ村の医者は、そう、言っていた。毒を飲んだ気配は、無いと。そう。『アメシスト』を飲んだのに、マリーは死ななかった。『試練』を超えたのだ。
「旦那様」
何時に無く憔悴しきったヘンリーが、二つの包みを持って現れる。
「マリーの部屋から、これが」
包みの一つ、細長い形の物を、まずヘンリーはヴィクターに手渡した。
包みの中身は見なくても分かる。トレヴァーがマリーに押し付けた、毒の入った小瓶だろう。ご丁寧に、包みにタグがついている。
「これは毒です。トレヴァー様から手渡されました」
日付と共にそう書かれた、美しい文字に、目を細める。マリーは、ヴィクターを裏切ったわけではなかったのだ。トレヴァーがマリー以外の人間にヴィクター暗殺を示唆することを危惧し、首を横に振りながらもトレヴァーに同意した振りをして、毒が他の人の手に渡らないよう、必死で小瓶を握っていたのだ。疑って悪かった。心の中で、ヴィクターはマリーに謝った。
そして。
「こちらを」
ヘンリーがヴィクターに手渡した、もう一つの包みは、小さな紙製の箱。その箱の中には、ヴィクターの思い出を刺激する物が入っていた。
「これは」
「申し訳ありません」
驚愕するヴィクターの耳に、ヘンリーの沈んだ声が響く。
箱の中に入っていたのは、ヴィクターが昔、あの浅黒い肌の少女に手渡した、母の形見のロケット。屋敷の玄関前に捨てられていた赤ん坊が持っていた物を、ヴィクターより先に赤ん坊を見つけたヘンリーが拾い、隠したものだという。
そう、すると。更なる驚愕が、ヴィクターを襲う。マリーは、俺の、娘なのか?
「本当に、申し訳ないことをしました」
再びヴィクターに向かって頭を下げるヘンリーの声が、ヴィクターの思考を裏付ける。
「そうか」
ヴィクターはヘンリーに、その一言しか言えなかった。
次の朝。
「おはよう、マリー」
メイド服のまま、おずおずと朝食後のお茶を運んで来たマリーに、ヴィクターは優しく声を掛けた。
「今日、トレヴァーが来たよ」
トレヴァーという名前に、びくっと身を震わせるマリー。その反応を面白がりながらも、ヴィクターは優しく更に付け加えた。
「もう来ないがね」
朝早く屋敷に現れたトレヴァーを、ヴィクターはヘンリーに言いつけて朝食の席に誘った。そして出す料理全てに『アメシスト』を入れるよう、ヘンリーに指示した。もちろんトレヴァーは何も考えずに朝食を食べ、『試練』を乗り越えることは無かった。
自業自得だ。トレヴァーの死に顔を思い出し、顔を顰める。
あいつのことはとっとと忘れて、今はマリーのことに集中しよう。自分の嫁探しは終わりだ。『試練』を乗り越えることができる誠実な男を、マリーの為に見つけよう。
まだおどおどと自分を見つめるマリーに、ヴィクターは、今度は父親のように優しく笑いかけた。
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