上 下
351 / 351
第九章 知識と勇気で

9.61 Epilog そして、次の冒険へ②

しおりを挟む
 再び脳内に映る、拡張後の帝都ていとを別角度から描いた銅版画に、再び微笑む。この銅版画も、先の銅版画も、ウォルターが作成したもの。偽りの神帝じんてい候補の地位を返上した後、イアンと共に西海さいかいに戻ったウォルターは、リュカの治世の初期に起きた西海の海底火山の噴火であの南の島の故郷を無くしてしまった。帝都からの救援物質と共に西海に赴いたサシャは帰る場所を無くしたウォルターを帝都に連れて帰り、帝都の北郊外の谷間に大がかりな製紙・印刷工房を開いたカレヴァの許に預けた。カレヴァから紙漉きと印刷術、そして銅版画を教わったウォルターは、カレヴァの引退後にその工房を引き継ぎ、多くの書物を作成した。その半分くらいがサシャからの依頼であることは、今ではトールだけが知っていること。カレヴァとウォルターの工房で作成した書物やサシャが手に入れた八都中の書物を保管し、教育用に公開するためにサシャが作ったのが、現在トールがいる図書館。

 歴史の本で過去を懐かしむのも楽しいけど、新しい本も読みたい。市立図書館の新刊コーナーで本を吟味していた転生前のワクワクが、不意に蘇る。遺言で、サシャは、トールが毎日違う本を読めるよう、特別な奨学金を定めた。その奨学金を得た学生の義務はただ一つ、この世界の人々には『祈祷書』であると認識されているトールを毎日違う棚に移動させること。

 サシャと出会ってから何年経っただろうか? 幻の指を折って数えてみる。六十年、いや七十年くらいか。百年は経っていないはず。サシャが亡くなってから十数年、最近は奨学生の規律も乱れているようで、何日も放って置かれることもある。動けない身体だから贅沢は言えないが、それにしても、……退屈だ。

北辺ほくへんは、どうなっているだろうか?〉

 不意の思考に、微笑む。サシャと出会った頃の北辺は、冬の灰色に染まっていた。サシャの叔父ユーグを看取るために戻った北辺は、緑が浅かった。リュカの宰相として、サシャは何度か北辺には足を運んだが、タイミングが悪かった所為か、夏と秋の北辺はまだ見ていない。

[見に、行きたいな]

 出てきてしまった声に、慌てて辺りを見回す。大丈夫。トールの声は、誰にも聞こえていない。

「……」

 不意の視線に、心臓が飛び上がる。

 青灰色の大きな瞳にトールが息を飲む前に、出会った頃のサシャよりも蒼白い腕が、トールを本棚から引き抜いた。

[あ、の]

「あ、やっぱり、……喋ってる」

 トールの表紙を小さく撫でた細い影が、殆ど聞き取れない声を発する。

「僕みたいな子がいたら、助けてあげてね」

 脳裏に響いた、晩年のサシャとの約束に、トールの背は一瞬で伸びた。……この子が、俺の、新しいパートナー。

[俺の言葉、分かるのか?]

 サシャに出会った時と同じ言葉を、ウォルターと同じ色の長い髪を後ろで一つに括った少年に発する。

「うん」

 サシャとは異なる、少し幼い感じがする声に、トールは大きく微笑んだ。

[俺は、トール]

 サシャの遺言状に書いてある「『祈祷書』を持ち出す方法」を教える前に、まずは、自己紹介。

[おまえ、は?]

「あ、あの、僕、は……」
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

異世界で魔法が使えるなんて幻想だった!〜街を追われたので馬車を改造して車中泊します!〜え、魔力持ってるじゃんて?違います、電力です!

あるちゃいる
ファンタジー
 山菜を採りに山へ入ると運悪く猪に遭遇し、慌てて逃げると崖から落ちて意識を失った。  気が付いたら山だった場所は平坦な森で、落ちたはずの崖も無かった。  不思議に思ったが、理由はすぐに判明した。  どうやら農作業中の外国人に助けられたようだ。  その外国人は背中に背負子と鍬を背負っていたからきっと近所の農家の人なのだろう。意外と流暢な日本語を話す。が、言葉の意味はあまり理解してないらしく、『県道は何処か?』と聞いても首を傾げていた。  『道は何処にありますか?』と言ったら、漸く理解したのか案内してくれるというので着いていく。  が、行けども行けどもどんどん森は深くなり、不審に思い始めた頃に少し開けた場所に出た。  そこは農具でも置いてる場所なのかボロ小屋が数軒建っていて、外国人さんが大声で叫ぶと、人が十数人ゾロゾロと小屋から出てきて、俺の周りを囲む。  そして何故か縄で手足を縛られて大八車に転がされ……。   ⚠️超絶不定期更新⚠️

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【完結】白い結婚で生まれた私は王族にはなりません〜光の精霊王と予言の王女〜

白崎りか
ファンタジー
「悪女オリヴィア! 白い結婚を神官が証明した。婚姻は無効だ! 私は愛するフローラを王妃にする!」  即位したばかりの国王が、宣言した。  真実の愛で結ばれた王とその恋人は、永遠の愛を誓いあう。  だが、そこには大きな秘密があった。  王に命じられた神官は、白い結婚を偽証していた。  この時、悪女オリヴィアは娘を身ごもっていたのだ。  そして、光の精霊王の契約者となる予言の王女を産むことになる。 第一部 貴族学園編  私の名前はレティシア。 政略結婚した王と元王妃の間にできた娘なのだけど、私の存在は、生まれる前に消された。  だから、いとこの双子の姉ってことになってる。  この世界の貴族は、5歳になったら貴族学園に通わないといけない。私と弟は、そこで、契約獣を得るためのハードな訓練をしている。  私の異母弟にも会った。彼は私に、「目玉をよこせ」なんて言う、わがままな王子だった。 第二部 魔法学校編  失ってしまったかけがえのない人。  復讐のために精霊王と契約する。  魔法学校で再会した貴族学園時代の同級生。  毒薬を送った犯人を捜すために、パーティに出席する。  修行を続け、勇者の遺産を手にいれる。 前半は、ほのぼのゆっくり進みます。 後半は、どろどろさくさくです。 小説家になろう様にも投稿してます。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

わがまま姉のせいで8歳で大聖女になってしまいました

ぺきぺき
ファンタジー
ルロワ公爵家の三女として生まれたクリスローズは聖女の素質を持ち、6歳で教会で聖女の修行を始めた。幼いながらも修行に励み、周りに応援されながら頑張っていたある日突然、大聖女をしていた10歳上の姉が『妊娠したから大聖女をやめて結婚するわ』と宣言した。 大聖女資格があったのは、その時まだ8歳だったクリスローズだけで…。 ー--- 全5章、最終話まで執筆済み。 第1章 6歳の聖女 第2章 8歳の大聖女 第3章 12歳の公爵令嬢 第4章 15歳の辺境聖女 第5章 17歳の愛し子 権力のあるわがまま女に振り回されながらも健気にがんばる女の子の話を書いた…はず。 おまけの後日談投稿します(6/26)。 番外編投稿します(12/30-1/1)。 作者の別作品『人たらしヒロインは無自覚で魔法学園を改革しています』の隣の国の昔のお話です。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます

時岡継美
ファンタジー
 初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。  侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。  しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?  他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。  誤字脱字報告ありがとうございます!

処理中です...