309 / 351
第九章 知識と勇気で
9.19 アラン教授の不在
しおりを挟む
ウォルターとノエルを連れて、暑さが和らいだ通りを歩くサシャの頬の蒼白さに息を吐く。
やはり、あの大量の洗濯物を片付けるのは、サシャにとっては毒でしかない。ノエルと、ノエルの父で白竜騎士団長であるイジドールの洗濯物だけは、やはり誰かに頼んだ方が良い。白竜騎士団の館の、大通り一本挟んで向かいにある人影のない墓地に安堵の息を吐くサシャのエプロンの胸ポケットの中で、トールは決意するように大きく頷いた。神帝ティツィアーノの命令に効果があったのだろう、墓荒らしをする者はいなくなった。暑いからだろう、白竜騎士団の館と図書館や星読みの塔を往復する普段のサシャにちょっかいをかけてくる医学生もいない。そのことについては、トールは正直ほっとしていた。南苑の神帝候補であるディーデも、このところ見かけない。サシャに対する興味を失ったのであれば、良いのだが。神帝ティツィアーノの命でサシャを守っているらしいバジャルドも、最近とんと姿を見ない。おそらく、秋津の神帝候補であったセベリノを暗殺した犯人を捜しているのだろう。
「少し、寄り道しても良いですか?」
母親の墓標にウォルターを紹介して満足しているノエルに、サシャが小さい声で断りを入れる。
「うん!」
大好きなサシャと、友達と認識しているウォルターと一緒に歩くのが楽しいのだろう、あくまで無邪気に、ノエルはサシャに頷いてみせた。
サシャの右腕を掴んではしゃぐノエルと、サシャに左腕をぎゅっと掴んで俯くウォルターと共に、帝都の真ん中にある丘の麓をぐるりと回って都の西側、小さな家が建ち並ぶ下町の方へと向かう。
アランの新しい診療所は、下町の南側にあった。
「……あれ?」
やはり暑い所為が人通りの少ない小路に佇むアラン教授の診療所の閉じた扉を叩いたサシャが、戻ってこない反応に首を傾げる。
「アラン教授、いないのかな?」
「診療所なら、当分休みだよ」
サシャの疑問に答えてくれたのは、丁度小路を通りかかった住人らしき老人。
「黒竜騎士団領で疫病が発生したとかで、手助けに行くって」
「えっ……!」
黒竜騎士団領で、疫病。初めて知る情報に、絶句する。今日サシャが洗っていた洗濯物を持って来た黒竜騎士団の見習いであるピオは、そんなこと全然言ってなかった。
[黒竜騎士団の館に行って、確かめた方が良い]
背表紙に、文字を躍らせる。
ウォルターは賢いから、今日の散歩でアラン教授の診療所までの道は覚えただろう。いつになるかが不安だが、ウォルター経由でイアンがアラン教授に会うことができさえすれば、一介の漁師の息子であるウォルターが何故『西海の神帝候補』になっているのかが分かる。ウォルターの件については、今のところそれで良い。
それよりも、心配なのは。
「もう少し、寄り道しても、大丈夫?」
太陽の傾きを確かめたサシャが、イアンにそう問う。
「もちろん!」
散歩が楽しいらしいイアンは、青ざめたサシャの言葉に大きく笑った。
やはり、あの大量の洗濯物を片付けるのは、サシャにとっては毒でしかない。ノエルと、ノエルの父で白竜騎士団長であるイジドールの洗濯物だけは、やはり誰かに頼んだ方が良い。白竜騎士団の館の、大通り一本挟んで向かいにある人影のない墓地に安堵の息を吐くサシャのエプロンの胸ポケットの中で、トールは決意するように大きく頷いた。神帝ティツィアーノの命令に効果があったのだろう、墓荒らしをする者はいなくなった。暑いからだろう、白竜騎士団の館と図書館や星読みの塔を往復する普段のサシャにちょっかいをかけてくる医学生もいない。そのことについては、トールは正直ほっとしていた。南苑の神帝候補であるディーデも、このところ見かけない。サシャに対する興味を失ったのであれば、良いのだが。神帝ティツィアーノの命でサシャを守っているらしいバジャルドも、最近とんと姿を見ない。おそらく、秋津の神帝候補であったセベリノを暗殺した犯人を捜しているのだろう。
「少し、寄り道しても良いですか?」
母親の墓標にウォルターを紹介して満足しているノエルに、サシャが小さい声で断りを入れる。
「うん!」
大好きなサシャと、友達と認識しているウォルターと一緒に歩くのが楽しいのだろう、あくまで無邪気に、ノエルはサシャに頷いてみせた。
サシャの右腕を掴んではしゃぐノエルと、サシャに左腕をぎゅっと掴んで俯くウォルターと共に、帝都の真ん中にある丘の麓をぐるりと回って都の西側、小さな家が建ち並ぶ下町の方へと向かう。
アランの新しい診療所は、下町の南側にあった。
「……あれ?」
やはり暑い所為が人通りの少ない小路に佇むアラン教授の診療所の閉じた扉を叩いたサシャが、戻ってこない反応に首を傾げる。
「アラン教授、いないのかな?」
「診療所なら、当分休みだよ」
サシャの疑問に答えてくれたのは、丁度小路を通りかかった住人らしき老人。
「黒竜騎士団領で疫病が発生したとかで、手助けに行くって」
「えっ……!」
黒竜騎士団領で、疫病。初めて知る情報に、絶句する。今日サシャが洗っていた洗濯物を持って来た黒竜騎士団の見習いであるピオは、そんなこと全然言ってなかった。
[黒竜騎士団の館に行って、確かめた方が良い]
背表紙に、文字を躍らせる。
ウォルターは賢いから、今日の散歩でアラン教授の診療所までの道は覚えただろう。いつになるかが不安だが、ウォルター経由でイアンがアラン教授に会うことができさえすれば、一介の漁師の息子であるウォルターが何故『西海の神帝候補』になっているのかが分かる。ウォルターの件については、今のところそれで良い。
それよりも、心配なのは。
「もう少し、寄り道しても、大丈夫?」
太陽の傾きを確かめたサシャが、イアンにそう問う。
「もちろん!」
散歩が楽しいらしいイアンは、青ざめたサシャの言葉に大きく笑った。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。
ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。
※短いお話です。
※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます
時岡継美
ファンタジー
初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。
侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。
しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?
他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。
誤字脱字報告ありがとうございます!
【完結】王子は聖女と結婚するらしい。私が聖女であることは一生知らないままで
雪野原よる
恋愛
「聖女と結婚するんだ」──私の婚約者だった王子は、そう言って私を追い払った。でも、その「聖女」、私のことなのだけど。
※王国は滅びます。
結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください
シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。
国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。
溺愛する女性がいるとの噂も!
それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。
それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから!
そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー
最後まで書きあがっていますので、随時更新します。
表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。
【完結】側妃は愛されるのをやめました
なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」
私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。
なのに……彼は。
「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」
私のため。
そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。
このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?
否。
そのような恥を晒す気は無い。
「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」
側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。
今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。
「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」
これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。
華々しく、私の人生を謳歌しよう。
全ては、廃妃となるために。
◇◇◇
設定はゆるめです。
読んでくださると嬉しいです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる