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第九章 知識と勇気で
9.5 リュカとの約束
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「サシャ!」
静まった聖堂に飛び込んできた丸い塊に、はっと身構える。
「だめだよっ!」
サシャをぎゅっと抱き締めたリュカの、胸の熱さに、サシャのエプロンの胸ポケットの中にいたトールは思わず呻き声を上げた。
「やっぱり、ぼくが行く! ぼくが神帝候補だから!」
「ヒルベルト」
呆れを含んだ老王の声に、サシャとリュカの隙間から聖堂の入り口を見る。
「申し訳ありません」
息を切らせ、聖堂の入り口で立ち止まる肩幅の広い影、北向の星読み博士でリュカの父でもあるヒルベルトは、撚れた上着を直すことなく老王に向かって頭を下げた。
「押さえては、いたのですが、……振り切られました」
ヒルベルトの弁明に、老王の口の端が僅かに下がる。
「リュカ」
老王の口から更なる言葉が出る前に、サシャの手が、リュカの濃い金色の髪を優しく撫でた。
「僕は、リュカに死んでほしくないの」
「ぼくだって、サシャが死ぬのは」
サシャの言葉に、リュカが大きく首を横に振る。
そのリュカに、サシャは小さく首を横に振った。
「僕の方が年上で、身を守る術も少しは知っている、から」
「帝都のカジミールに手紙を書こう」
サシャの言葉を聞いたセルジュが、大きく頷く。
「え……」
「事情を知れば、巻き込まれたくなる奴だよ、カジミールは」
戸惑った顔でセルジュを見上げたサシャに、セルジュは小さく口の端を上げた。北向で法学教授マクシムの世話をエルネストから押しつけられたカジミールは、帝都に戻るマクシム教授の内弟子として帝都に赴くことができ、帝都で法学を学ぶ学生になっている。秋津で、カジミールは、西海の沿岸で蔓延する病の原因を探っていたサシャをずいぶん助けてくれた。カジミールが帝都でもサシャを助けてくれるのであれば、サシャの生存率は上がる。
「大丈夫」
再びサシャを抱き締めようとしたリュカの腕を、サシャが優しく制する。
「約束したよね。僕は、リュカの宰相になるって」
「うん」
あくまで優しげなサシャの紅い瞳の中にある決意を読み取ったのだろう、リュカは不意に、サシャの両の手をぎゅっと握った。
「絶対、戻ってきて。ぼくの宰相になって」
リュカの必死の言葉が、トールの心を揺らす。
「それまで、死んじゃだめだよ」
「約束する」
リュカのためにも、サシャを守らないと。トールがそう決意する前に、サシャは、リュカに向かって大きく頷いていた。
静まった聖堂に飛び込んできた丸い塊に、はっと身構える。
「だめだよっ!」
サシャをぎゅっと抱き締めたリュカの、胸の熱さに、サシャのエプロンの胸ポケットの中にいたトールは思わず呻き声を上げた。
「やっぱり、ぼくが行く! ぼくが神帝候補だから!」
「ヒルベルト」
呆れを含んだ老王の声に、サシャとリュカの隙間から聖堂の入り口を見る。
「申し訳ありません」
息を切らせ、聖堂の入り口で立ち止まる肩幅の広い影、北向の星読み博士でリュカの父でもあるヒルベルトは、撚れた上着を直すことなく老王に向かって頭を下げた。
「押さえては、いたのですが、……振り切られました」
ヒルベルトの弁明に、老王の口の端が僅かに下がる。
「リュカ」
老王の口から更なる言葉が出る前に、サシャの手が、リュカの濃い金色の髪を優しく撫でた。
「僕は、リュカに死んでほしくないの」
「ぼくだって、サシャが死ぬのは」
サシャの言葉に、リュカが大きく首を横に振る。
そのリュカに、サシャは小さく首を横に振った。
「僕の方が年上で、身を守る術も少しは知っている、から」
「帝都のカジミールに手紙を書こう」
サシャの言葉を聞いたセルジュが、大きく頷く。
「え……」
「事情を知れば、巻き込まれたくなる奴だよ、カジミールは」
戸惑った顔でセルジュを見上げたサシャに、セルジュは小さく口の端を上げた。北向で法学教授マクシムの世話をエルネストから押しつけられたカジミールは、帝都に戻るマクシム教授の内弟子として帝都に赴くことができ、帝都で法学を学ぶ学生になっている。秋津で、カジミールは、西海の沿岸で蔓延する病の原因を探っていたサシャをずいぶん助けてくれた。カジミールが帝都でもサシャを助けてくれるのであれば、サシャの生存率は上がる。
「大丈夫」
再びサシャを抱き締めようとしたリュカの腕を、サシャが優しく制する。
「約束したよね。僕は、リュカの宰相になるって」
「うん」
あくまで優しげなサシャの紅い瞳の中にある決意を読み取ったのだろう、リュカは不意に、サシャの両の手をぎゅっと握った。
「絶対、戻ってきて。ぼくの宰相になって」
リュカの必死の言葉が、トールの心を揺らす。
「それまで、死んじゃだめだよ」
「約束する」
リュカのためにも、サシャを守らないと。トールがそう決意する前に、サシャは、リュカに向かって大きく頷いていた。
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