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第七章 東の理

7.1 ロレンシオの恫喝

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「おいおいおい、ちょっと待てっ! ホセっ!」

 突然の嗄れた大音声に、法令集を音読していたカジミールの声が掻き消される。

「起き上がれもしないサシャを本気で追い出す気かっ!」

 大怪我をしたサシャが療養している、『秋都あきと』の太守の屋敷の奥に位置する小さな部屋に爆弾のように入って来たのは、サシャを治療してくれている老齢の医学教授ユドークス。

「済まない、サシャ、カジミール」

 サシャと、サシャと一緒に勉強をしているカジミールを庇うように両腕を横に広げた医学教授ユドークスをトールが確かめる前に、護衛であるボリバルと共にサシャの部屋に入ってきた、ここ秋都の太守と学生長を兼務する秋津あきつの王太子ホセが、サシャとカジミールに向かって深く頭を下げる。

「何か、あったのか、ホセ学生長?」

 音読していた法令集をサシャが横たわっているベッドの端に落としたサシャの親友カジミールが、怒り顔のユドークスの脇からホセの方へと身体を向けた。

 何か、とんでもないことが、起こっている。色が戻らないサシャの、まだ包帯が残っている頬と、サシャの前に立つホセ学生長の青ざめた顔を、ベッド脇の腰棚の上から交互に見つめる。異世界の『本』であるトールには、サシャを物理的に守る術は無い。だからこそ、情報はしっかりと頭に入れておかなければ。これ以上、自分の力が足りないが故に悔やむことは、したくない。

 全身を耳にしたトールの耳に、普段よりも沈んだホセの声が響く。

 原因は、やはり、サシャに大怪我を負わせた張本人、秋津国を縦断する『星の河ほしのかわ』の河口に位置する『津都つと』の太守、ホセの従祖父であるロレンシオ。少し前、サシャは、秋津の西に位置する、海に浮かぶ島々からなる『西海さいかい』で魚を捕って暮らしている人々を脅かす病の原因を探ることを西海の漁師バリーから依頼され、『星の河』を遡ることで、ロレンシオが画策していた古代の金鉱を復活させる試みがその原因であることを突き止めた。八都はちと全体の治安を維持する役割を持つ黒竜こくりゅう騎士団に所属する少年ルジェクが八都の最高権力者兼黒竜騎士団長であるヴィリバルト神帝猊下にサシャが調べた事の次第を伝えてくれたおかげで、事件自体は解決の方向に向かおうとしている。だが、自身の野望――次の神帝である弟を力と金で操り、八都全体を支配する――が頓挫してしまったロレンシオは「自分が鞭打ちの刑に処した津都の罪人を秋都が匿っている」とホセに難癖を付け、豊かな港町である津都の物量に物を言わせる形で秋都を攻撃する構えをみせているらしい。

 呆れて物が言えない。それが、黙ってホセの話を最後まで聞いたトールの、正直な感想。「黒竜騎士団が放っている間者の一人だ」という言いがかりをサシャに付けたのも、鞭打ちの拷問を施したのも、帝都で親友になったブラスとバジャルド兄弟の領地にある金山から毒が流れ出す原因を作ったのも、ロレンシオ。鞭打ちの傷と鉱山の毒の所為で、サシャは、未だベッドから起き上がることさえできないでいる。それなのに。

 僅かに歪んだホセの唇に、静かに首を横に振る。

「分かりました、ホセ学生長」

 トールの予想通りの言葉を口にしたサシャは、ホセに向かって動かない頭を下げた。

「今までありがとうございました」
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