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第六章 西からの風
6.38 家令と技師と文官
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「今日は、屋敷に泊まってくれ」
墓地で出会い、ブラスが眠る場所を教えてくれた細身の影、領主であるバジャルドの代理としてこの山間の村を差配する家令の息子クレトの柔らかい声に、サシャのエプロンの胸ポケットの中で頭を下げる。
「ブラス様のご友人なら、父も無碍に追い出しはしないだろう」
「ありがとうございます」
泣きすぎて我を忘れているサシャの代わりにクレトに頭を下げたカジミールにも、トールはしっかりと頭を下げた。
クレトの案内で、墓地から村の中心へと移動する。カジミールに支えられて歩くサシャは、その間ずっと泣きじゃくっていた。
「もうすぐ、着く」
そのサシャを気遣うクレトの声に、顔を上げる。
視界に映ったのは、周りにある木造の家々よりも立派な、漆喰で白くなっている大きめの建物。そして。
「父上?」
山間の村を差配する領主の屋敷だというその白っぽい建物の前で議論している三つの影に、クレトが立ち止まる。
「アニセトとミゲルと、何を話しているのだろう?」
独り言のようなクレトの言葉に、トールは改めて屋敷の前の三人を見据えた。三人の中で一番年寄りに見える、バジャルドが従えていた年寄りの従者に似たところがある影が、クレトの父、バジャルドに代わりこの地を差配する家令だろう。後の二人は。雰囲気がどことなくジルドに似ているような気がする細身の影と、二人を見て唇を横に引き結んでいる小柄な影に、トールは全身を強ばらせた。
「クレト」
サシャ達に気付いた老人の影が、クレトの方を向く。
「その者達は」
「ブラス様の、ご友人だそうです」
警戒に満ちた老人の言葉に身構えたトールの横で、あくまで柔らかなクレトの声が響いた。
老人の声でサシャ達の方を向いた細身の影が、口の端を上げる。この、人は。ジルドと同じ顔をした細身の影に、トールの全身は再び警戒の方向に動いた。
「とにかく私は、別の鉱山を探してみます」
そのトールの耳に、怒りを含んだ声が響く。
「生贄なんて、古い時代の因習で、再び金が出てくるようになるわけがない」
その言葉を残して去って行く小柄な影を見送った細身の影も、老人に一礼して夕日の向こうへと去る。
「掃除が済んでいる客間に、客人達を案内しなさい、クレト」
警戒を崩さないトールの耳に響いた、枯れた老人の声に、トールははっとしてサシャの鼓動を確かめた。とにかく、サシャを休ませることが、先だ。
「あの人達は? クレトの父上と話していた」
屋敷の端にある小さな部屋に案内してくれたクレトに、泣き疲れてぐったりとしてしまったサシャをベッドに寝かせたカジミールが疑問符を出す。
「ああ」
細身の方が、津都から派遣されてきている文官ミゲル。小柄な方もやはり、津都から派遣されてきている技師アニセト。アニセトもミゲルも、ロレンシオの命で、古代に開発されたが枯渇してしまった金鉱山を復活させるためにこの村に派遣されているはずなのだが、顔を合わせる度に喧嘩ばかりしている。軽い調子でカジミールに答えるクレトの言葉を、トールはしっかりと脳裏に叩き込んだ。一人と一冊がこの村を訪れた目的の一つは、西海と秋津に広がる異変の原因を調べるため。そのことを、……忘れるわけにはいかない。泣き疲れて眠ってしまったサシャの、血の気の無い頬を確かめ、トールは大きく頷いた。
墓地で出会い、ブラスが眠る場所を教えてくれた細身の影、領主であるバジャルドの代理としてこの山間の村を差配する家令の息子クレトの柔らかい声に、サシャのエプロンの胸ポケットの中で頭を下げる。
「ブラス様のご友人なら、父も無碍に追い出しはしないだろう」
「ありがとうございます」
泣きすぎて我を忘れているサシャの代わりにクレトに頭を下げたカジミールにも、トールはしっかりと頭を下げた。
クレトの案内で、墓地から村の中心へと移動する。カジミールに支えられて歩くサシャは、その間ずっと泣きじゃくっていた。
「もうすぐ、着く」
そのサシャを気遣うクレトの声に、顔を上げる。
視界に映ったのは、周りにある木造の家々よりも立派な、漆喰で白くなっている大きめの建物。そして。
「父上?」
山間の村を差配する領主の屋敷だというその白っぽい建物の前で議論している三つの影に、クレトが立ち止まる。
「アニセトとミゲルと、何を話しているのだろう?」
独り言のようなクレトの言葉に、トールは改めて屋敷の前の三人を見据えた。三人の中で一番年寄りに見える、バジャルドが従えていた年寄りの従者に似たところがある影が、クレトの父、バジャルドに代わりこの地を差配する家令だろう。後の二人は。雰囲気がどことなくジルドに似ているような気がする細身の影と、二人を見て唇を横に引き結んでいる小柄な影に、トールは全身を強ばらせた。
「クレト」
サシャ達に気付いた老人の影が、クレトの方を向く。
「その者達は」
「ブラス様の、ご友人だそうです」
警戒に満ちた老人の言葉に身構えたトールの横で、あくまで柔らかなクレトの声が響いた。
老人の声でサシャ達の方を向いた細身の影が、口の端を上げる。この、人は。ジルドと同じ顔をした細身の影に、トールの全身は再び警戒の方向に動いた。
「とにかく私は、別の鉱山を探してみます」
そのトールの耳に、怒りを含んだ声が響く。
「生贄なんて、古い時代の因習で、再び金が出てくるようになるわけがない」
その言葉を残して去って行く小柄な影を見送った細身の影も、老人に一礼して夕日の向こうへと去る。
「掃除が済んでいる客間に、客人達を案内しなさい、クレト」
警戒を崩さないトールの耳に響いた、枯れた老人の声に、トールははっとしてサシャの鼓動を確かめた。とにかく、サシャを休ませることが、先だ。
「あの人達は? クレトの父上と話していた」
屋敷の端にある小さな部屋に案内してくれたクレトに、泣き疲れてぐったりとしてしまったサシャをベッドに寝かせたカジミールが疑問符を出す。
「ああ」
細身の方が、津都から派遣されてきている文官ミゲル。小柄な方もやはり、津都から派遣されてきている技師アニセト。アニセトもミゲルも、ロレンシオの命で、古代に開発されたが枯渇してしまった金鉱山を復活させるためにこの村に派遣されているはずなのだが、顔を合わせる度に喧嘩ばかりしている。軽い調子でカジミールに答えるクレトの言葉を、トールはしっかりと脳裏に叩き込んだ。一人と一冊がこの村を訪れた目的の一つは、西海と秋津に広がる異変の原因を調べるため。そのことを、……忘れるわけにはいかない。泣き疲れて眠ってしまったサシャの、血の気の無い頬を確かめ、トールは大きく頷いた。
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