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第六章 西からの風
6.17 イアンとルーファスとの再会
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「親父」
傾きかけた小さな家の、テーブルと椅子だけの簡素な部屋にサシャとウォルターを招き入れたイアンが、裏庭へ続く扉とは反対の扉を開ける。
「何だ?」
飲み食いの喧噪と共に聞こえてきた安心感のある声に、イアンは黙したまま扉を更に大きく開いた。
「サシャ……?」
次の瞬間、頭に大きめのバンダナを巻いた大柄な影が、サシャを抱き竦める。
「元気だったか!」
「あ、はい」
再び、様々な食べ物の匂いが染み付いたエプロンで目隠しをされてしまったトールの耳に、サシャの戸惑いつつも微笑む声が響いた。
「色々、事情があるようだな」
腕から放したサシャと、素早くサシャの背後に身を隠したウォルターを見下ろしたルーファスが微笑んで肩を竦める。ルーファスの後ろの喧噪は、止みそうにない。
「後で、聞かせてくれ」
その言葉を残し、ルーファスは喧噪の方へと戻っていった。
「あの兄ちゃん、この店のこと分かるかな?」
その喧噪の空間から食べ物が乗った皿を複数、簡素な部屋の方へと運んできたイアンが、裏庭の方を見て小さく口の端を上げる。
「まあ、表側の店は分からなくても、一度来ている裏庭は分かるか」
帝都の大学街における大国間の諍いが激しくなりすぎ、帝都に暮らす小国出身者は肩身の狭い思いをするようになった。小国である西海出身のルーファスはこの状態の帝都に見切りをつけ、文官長になった弟がいるこの西都で酒場を開いた。ウォルターのために小皿に食べ物を取り分けるイアンのあっさりとした説明に、胸が冷たくなる。
「最近、魚が捕れなくなっている所為かな、帝都仕込みの親父の肉料理、結構人気なんだぜ」
それでも明るいイアンの声に俯いたサシャに、トールは小さく頷いていた。
「サシャは、どうして西都に?」
そのトールの耳に、サシャを気遣うイアンの声が響く。
「春都に行ったんじゃないのか?」
「う、ん」
信じてもらえないかもしれないけど。サシャの前置きが、簡素な部屋に小さく響く。その声のまま、サシャはイアンに、これまでのことを掻い摘まんで話した。メイネ教授の下で古代の神殿を調べていて、気が付くと西海の無人島に居たこと。ウォルターとオーガスト、そして二人の保護者であるグレンに助けてもらったこと。帝都でもルーファスとイアンに少しだけ話した、サシャが持つ『祈祷書』に執着するジルドが、この西都までサシャを追ってきていることも。
「うーん」
サシャの説明を遮ることなく全て聞いたイアンが、口にした肉団子を飲み込んで唸る。
「その、ジルドって奴のことが『一番の問題』だな」
そう。トールの心配事は、やはり、ジルドのこと。次にサシャを見つけたジルドが何をするか、予想がつかない。それが、……怖い。
「まあ、しばらくはここに隠れていろよ」
悪い方へと進むトールの思考を、イアンの声が止める。
「親父は何も言わないと思う。むしろ歓迎」
「う、うん」
ありがとう。サシャの瞳から零れた涙を、トールは見逃さなかった。
「あの兄ちゃんは、後で探しに行くか」
そのサシャに口の端を上げたイアンが、肉団子を頬張る無口なウォルターの方に視線を移す。
「あの。……郊外の、漁師の村にも、伝言、お願い」
サシャも、ウォルターの方を見やり、そしてイアンに頭を下げた。
「まかせとけって」
夕方までは親父の手伝いをしないといけないけど。そう言いながら立ち上がったイアンが、「大丈夫」と言わんばかりに大きく笑う。
「サシャは、ここで休んでろ」
そう言って、喧噪が止まない表の店に向かったイアンの、小さいながらも頼りがいのある背中に、トールは大きく頭を下げた。
傾きかけた小さな家の、テーブルと椅子だけの簡素な部屋にサシャとウォルターを招き入れたイアンが、裏庭へ続く扉とは反対の扉を開ける。
「何だ?」
飲み食いの喧噪と共に聞こえてきた安心感のある声に、イアンは黙したまま扉を更に大きく開いた。
「サシャ……?」
次の瞬間、頭に大きめのバンダナを巻いた大柄な影が、サシャを抱き竦める。
「元気だったか!」
「あ、はい」
再び、様々な食べ物の匂いが染み付いたエプロンで目隠しをされてしまったトールの耳に、サシャの戸惑いつつも微笑む声が響いた。
「色々、事情があるようだな」
腕から放したサシャと、素早くサシャの背後に身を隠したウォルターを見下ろしたルーファスが微笑んで肩を竦める。ルーファスの後ろの喧噪は、止みそうにない。
「後で、聞かせてくれ」
その言葉を残し、ルーファスは喧噪の方へと戻っていった。
「あの兄ちゃん、この店のこと分かるかな?」
その喧噪の空間から食べ物が乗った皿を複数、簡素な部屋の方へと運んできたイアンが、裏庭の方を見て小さく口の端を上げる。
「まあ、表側の店は分からなくても、一度来ている裏庭は分かるか」
帝都の大学街における大国間の諍いが激しくなりすぎ、帝都に暮らす小国出身者は肩身の狭い思いをするようになった。小国である西海出身のルーファスはこの状態の帝都に見切りをつけ、文官長になった弟がいるこの西都で酒場を開いた。ウォルターのために小皿に食べ物を取り分けるイアンのあっさりとした説明に、胸が冷たくなる。
「最近、魚が捕れなくなっている所為かな、帝都仕込みの親父の肉料理、結構人気なんだぜ」
それでも明るいイアンの声に俯いたサシャに、トールは小さく頷いていた。
「サシャは、どうして西都に?」
そのトールの耳に、サシャを気遣うイアンの声が響く。
「春都に行ったんじゃないのか?」
「う、ん」
信じてもらえないかもしれないけど。サシャの前置きが、簡素な部屋に小さく響く。その声のまま、サシャはイアンに、これまでのことを掻い摘まんで話した。メイネ教授の下で古代の神殿を調べていて、気が付くと西海の無人島に居たこと。ウォルターとオーガスト、そして二人の保護者であるグレンに助けてもらったこと。帝都でもルーファスとイアンに少しだけ話した、サシャが持つ『祈祷書』に執着するジルドが、この西都までサシャを追ってきていることも。
「うーん」
サシャの説明を遮ることなく全て聞いたイアンが、口にした肉団子を飲み込んで唸る。
「その、ジルドって奴のことが『一番の問題』だな」
そう。トールの心配事は、やはり、ジルドのこと。次にサシャを見つけたジルドが何をするか、予想がつかない。それが、……怖い。
「まあ、しばらくはここに隠れていろよ」
悪い方へと進むトールの思考を、イアンの声が止める。
「親父は何も言わないと思う。むしろ歓迎」
「う、うん」
ありがとう。サシャの瞳から零れた涙を、トールは見逃さなかった。
「あの兄ちゃんは、後で探しに行くか」
そのサシャに口の端を上げたイアンが、肉団子を頬張る無口なウォルターの方に視線を移す。
「あの。……郊外の、漁師の村にも、伝言、お願い」
サシャも、ウォルターの方を見やり、そしてイアンに頭を下げた。
「まかせとけって」
夕方までは親父の手伝いをしないといけないけど。そう言いながら立ち上がったイアンが、「大丈夫」と言わんばかりに大きく笑う。
「サシャは、ここで休んでろ」
そう言って、喧噪が止まない表の店に向かったイアンの、小さいながらも頼りがいのある背中に、トールは大きく頭を下げた。
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