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第五章 南への追放

5.2 ラドヴァンの弁明

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 ラドヴァンが言っていた村は、西街道から少し外れた場所にあった。

「村の井戸が使えるかどうか、尋ねてくる」

 先に馬を下りたラドヴァンに続き、サシャも、村の入り口で馬を下りる。今のサシャの、名目上の身分は、春陽はるひの騎士であるラドヴァンの従者。春陽王チェスラフの従者にするために黒竜こくりゅう騎士団から預かった、という設定になっている。主な仕事は、ラドヴァンの身の回りの世話と、馬の世話。馬の扱い方は、去年、まだ白竜はくりゅう騎士団に移る話すら出ていなかった頃に、春陽出身の黒竜騎士団所属の見習いエルチェからしっかりと教わっている。唇を横に引き結んだまま、腕をしっかりと伸ばさないと届かないラドヴァンの馬の首筋にブラシを当てるサシャを見上げ、トールは大きく頷いた。この状況でも、サシャは、……頑張っている。

「広場にある公共井戸、使って良いそうだ」

 ラドヴァンの馬にサシャがブラシを当て終わる前に、ラドヴァンの声が降ってくる。手綱を引き、小さな村の真ん中にある広場へと自身の馬を連れていくラドヴァンの、どこか緩やかに見える背を、トールはサシャのエプロンの胸ポケットの中からじっと睨んだ。

 馬を引いて辿り着いた井戸から水を汲み、縦に割った丸太を削って作られた馬用の細長い水飲み桶にその水を流し込むサシャの、変わらない鼓動を確かめる。

「幾つか、説明しておかないといけないな」

 不意に、ラドヴァンの声が降ってくる。

「西街道を取った理由は、夏都かとを通りたくないから、だな」

 緊張が走ったトールの背は、しかし次のラドヴァンの言葉で一気に解けた。

「ゴタゴタ、巻き込まれたくないだろ、やっぱ」

 サシャがラドヴァンの方に身体を向けたので、トールの瞳にも、両腕を組んで唇を曲げたラドヴァンの懸念の表情が映る。ラドヴァンの言う通り、少年王が次々と暗殺され、政情が不安定になっている夏炉の中心である都は、サシャの安全のためにも避けた方が良い場所。

「あと、春都はるとも、……ちょっとまだどうなのか、と、俺は思っている」

 小さな従弟達が暗殺されそうになったのは、春陽の都でのことだから。低くなったラドヴァンの言葉に、記憶を探る。春陽の王弟二人が狂信者の魔の手から辛くも逃れたことを一人と一冊が聞いたのは、ヴィリバルト率いる黒竜騎士団の人々を北都ほくとの東の森の中にある寂れた遺跡に案内した時。

「だから、都じゃなくて、小さな従弟達を匿っている俺の砦に向かった方が安全じゃないかって思ったわけ」

 春陽の王弟暗殺未遂事件は最近のことではないが、ラドヴァンはかなり気にしているようだ。それが、ラドヴァンの顔を見直したトールの判断。

「それから、……ヴィリバルトのことな」

 頷いたトールの耳に、更なるラドヴァンの声が響く。

「あいつ、多分、まだ、フェリクスを自分の宰相にしたいと思っているんだと、思う」

 ラドヴァンの言葉に、サシャが手伝っていた頃の黒竜騎士団副団長フェリクスの仕事の速さを思い出す。フェリクスの知識と事務処理能力があれば、神帝ヴィリバルトの職務の苦労はかなり軽減されるだろう。だが、東雲しののめの小さな村に生まれて口減らしのために兵士となり、国境を守る任務に就いていた時に他の兵士達に虐められていたところを前の黒竜騎士団副団長に助けられたという経緯を持つフェリクスは、黒竜騎士団に留まることを選択した。

「だからだろうな。あいつがあんたに肩入れするの」

 ヴィリバルトは、自分が希望する宰相を諦めた。だからこそ、リュカには、リュカが思うままの宰相を付けてやりたい。理解したヴィリバルトの意志に、幻の口が渇く。サシャも、不意の感情に戸惑っているのだろう。水を飲み終えた馬が顔を上げても、微動だにしない。

「雨、降りそうだな」

 その一人と一冊の横で、空を見上げたラドヴァンが、水を飲み終えた馬の首筋を軽く叩く。

「今夜は、知り合いの修道院に泊めてもらおう」

 そう言って、何事も無かったかのように馬に乗ったラドヴァンに、一人と一冊は小さく頷いた。
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