上 下
142 / 351
第四章 帝都の日々

4.28 白竜騎士団前の衝突

しおりを挟む
 何度も後ろを振り返りながら歩くサシャの、鼓動の速さに、唇を噛み締めて首を横に振る。

「大丈夫ですか、サシャ?」

 普段は何でもない石畳の隙間に足を取られて揺れるサシャの腕を何度も優しく掴んでサシャを支えるフェリクスに何度も首を横に振ったサシャの血の気の無い頬に、トールの胸は痛みで溢れかえっていた。

 夕刻の通りに、人は疎ら。段々と暗くなっていく道のりは、普段以上に長く思えてしまう。サシャの後ろを進む、エルチェとピオが運ぶ担架に乗せられたブラスの遺体に、すれ違う人影が驚きの表情を見せる。その人影達の、好奇を含む視線にも、息が苦しくなる。トールの背表紙に落ちた、サシャの涙に、トールは再び首を横に振った。

「これはこれは、フェリクス殿」

 ようやく、帝都ていとの北東側にある白竜はくりゅう騎士団の詰所の前へと辿り着く。

「何か?」

「実は……」

「そいつがやったんだろ!」

 正面玄関から出てきた白竜騎士団長イジドールに説明を始めたフェリクスの声は、しかしイジドールの後ろから響いた罵声に掻き消された。

「そいつ、狂信者と繋がってるって噂だぜ!」

「郊外へ出掛けてる理由も、古代の神殿と、生け贄用の犠牲者を探してるからって、聞いたことがあるんだ」

「火炙りにされかけて助かったのも、狂信者の気まぐれってことらしい」

 フェリクスが背後に隠したサシャを指差して罵る声に、震えが走る。どの声も、事実とは異なる。しかしそれを証明するための根拠を示すことはできない。根拠の無い侮蔑は、相手にしないのが一番。サシャを侮辱する、銀色の竜が刺繍された白いマントを羽織る青年達と、根拠無く年下の相手を罵る部下に何も言わない白竜騎士団長をトールが睨む前に、その場に固まってしまったサシャの手をフェリクスが優しく掴んだ。

「帰りましょう、サシャ」

 踵を返したフェリクスが、エルチェとピオに、ブラスの遺体を白竜騎士団の詰所の中に運ぶよう、小さな声で指示を出す。

「ブラスっ!」

 不意に響いた、ブラスの兄バジャルドの声に、動き始めたサシャの全身は再び固まった。

「ブラスっ!」

 エルチェとピオが運びかけた担架に、バジャルドが飛びつく。大柄なバジャルドの影に二人が見えなくなった次の瞬間、突然の閃光が、トールの目を射た。

 次にトールが目にしたのは、バジャルドの喉元に剣の切っ先を突きつけているフェリクスの、いつにない鋭さ。

「サシャ!」

 一瞬遅れて、担架を取り落としたエルチェとピオがサシャとバジャルドの間に割って入る。

「怪我は?」

 エルチェの声に、サシャの鼓動を確かめる。

 辺りを見回すと、尻餅をついたサシャの左脇ギリギリに、バジャルドがいつも剣帯で吊していた剣が、抜き身の状態で石畳に刺さっているのが、見えた。

「根拠の無い噂で弱き者を罵るとは」

 バジャルドに切っ先を突きつけたままのフェリクスが、静かに、瞳だけで辺りを見回す。

「白竜騎士団も地に堕ちましたね」

 誰も動かないことを確かめ、目を伏せて剣を鞘に収めたフェリクスは、あくまで、冷静さを保っていた。

「遺体を乱暴に扱ってしまって申し訳ありません」

 全身が固まったままのバジャルドに、フェリクスが深く頭を下げる。

「戻りましょう、サシャ」

 そしてくるりと踵を返したフェリクスは、何とか立ち上がったサシャを支えて帰るようにとピオとエルチェに指示を出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

最低最悪の悪役令息に転生しましたが、神スキル構成を引き当てたので思うままに突き進みます! 〜何やら転生者の勇者から強いヘイトを買っている模様

コレゼン
ファンタジー
「おいおい、嘘だろ」  ある日、目が覚めて鏡を見ると俺はゲーム「ブレイス・オブ・ワールド」の公爵家三男の悪役令息グレイスに転生していた。  幸いにも「ブレイス・オブ・ワールド」は転生前にやりこんだゲームだった。  早速、どんなスキルを授かったのかとステータスを確認してみると―― 「超低確率の神スキル構成、コピースキルとスキル融合の組み合わせを神引きしてるじゃん!!」  やったね! この神スキル構成なら処刑エンドを回避して、かなり有利にゲーム世界を進めることができるはず。  一方で、別の転生者の勇者であり、元エリートで地方自治体の首長でもあったアルフレッドは、 「なんでモブキャラの悪役令息があんなに強力なスキルを複数持ってるんだ! しかも俺が目指してる国王エンドを邪魔するような行動ばかり取りやがって!!」  悪役令息のグレイスに対して日々不満を高まらせていた。  なんか俺、勇者のアルフレッドからものすごいヘイト買ってる?  でもまあ、勇者が最強なのは検証が進む前の攻略情報だから大丈夫っしょ。  というわけで、ゲーム知識と神スキル構成で思うままにこのゲーム世界を突き進んでいきます!

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

愛人がいらっしゃるようですし、私は故郷へ帰ります。

hana
恋愛
結婚三年目。 庭の木の下では、旦那と愛人が逢瀬を繰り広げていた。 私は二階の窓からそれを眺め、愛が冷めていくのを感じていた……

美少女に転生して料理して生きてくことになりました。

ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。 飲めないお酒を飲んでぶったおれた。 気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。 その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった

称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~

しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」 病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?! 女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。 そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!? そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?! しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。 異世界転生の王道を行く最強無双劇!!! ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!! 小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!

処理中です...