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第四章 帝都の日々
4.23 ラドヴァンとヴィリバルト
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「……ふーん」
サシャが神帝ヴィリバルトの寝所に案内した襲撃者――ラドヴァンという名前だと、ここに案内するまでの間に本人が勝手に名乗ってくれた――の、嘯くような言葉に、息が止まる。
「ちゃんと『神帝猊下』やってるんだな」
「こんな夜遅くに、皮肉を言いに来たのか?」
そのラドヴァンをしっかりと見知っているのだろう、目覚めてベッドの上に上半身を起こしたヴィリバルトは、事も無げに笑って肩を竦めた。
「『神帝猊下』になっても、古巣の黒竜騎士団に入り浸りかと思ったけどな」
黒竜騎士団の詰所に近いから、門衛は居るが潜り戸が開いている南門ではなく、夜は閉まる東門から入ろうとしたのだが。ヴィリバルトを煽るように、サシャの横のラドヴァンが言葉を紡ぐ。
「久しぶりに、チェスでもするか」
ラドヴァンの言葉に鼻を鳴らしたヴィリバルトは、ベッド側の小さな机にラドヴァンを誘った。
「良いね」
意外にざっくばらんな二人の会話に、鏡付きの燭台に火を入れたサシャのエプロンのポケットの中でほっと息を吐く。神帝を守っているはずの白竜騎士団の姿は見えないが、この雰囲気であれば、サシャがいなくても大丈夫だろう。
だが。
「サシャ」
トールと同じように思考し、踵を返しかけたサシャを、ヴィリバルトの声が止める。
「お前も、ここにいろ」
ヴィリバルトの声に足を止めたサシャの鼓動の高さに、トールの身体もいつになく強ばった。
「こいつに襲われる可能性がある」
そのサシャの緊張を解すためなのか、冗談にしか聞こえないヴィリバルトの声が、トールの耳を揺らす。
「白竜騎士団の『守人』隊は?」
ヴィリバルトの向かいに座り、机の上のチェスの駒を勝手に動かし始めたラドヴァンに、ヴィリバルトは再び大仰に肩を竦めた。
「何でお前、人望の有り無しが極端なんだよ?」
「さあな」
悟ったようなヴィリバルトの声の響きに、サシャが辺りを見回したのを感じ取る。神帝を守ることが任務の白竜騎士団がこの場所に一人もいないことに、疑問が募る。いや、サシャも一応白竜騎士団の『守人』候補だが、それにしても。
ぎくしゃくと辺りを見回すサシャに「大丈夫」だと頷く。
「夏炉の少年王が、貴族達に謀殺された」
そのトールの耳に響いた、装飾の無いラドヴァンの言葉に、一人と一冊は同時に息を止めた。
「夏炉の、末弟は?」
一方、チェスの駒を動かすヴィリバルトの声は、普段のまま。
「行方不明」
ヴィリバルトに駒を取られそうになったラドヴァンは一瞬だけ動きを止め、しかしすぐに組んでいた足を組み替えた。
「裏で狂信者達が糸を引いているというのが、従兄殿の推測」
ヴィリバルトの陣地に深く踏み込んだラドヴァンの駒が、ヴィリバルトによってあっさり倒される。
「クラウディオ、まだ行方が分かってないんだろ?」
次のラドヴァンの言葉に、トールは唸る声を辛うじて飲み込んだ。サシャが『転生者』であるという間違った判定をしたクラウディオは、サシャを『元の世界』に戻そうとして自分が『元の世界』に戻ってしまった。そのことを、どう説明すれば良い? 小さく震えたサシャに、トールは小さく首を振って見せた。説明する言葉は、まだ、見つかっていない。
その一人と一冊の方に、ヴィリバルトが視線を向ける。
「裏で狂信者達が糸を引いているのは確かだが、クラウディオは関わってないな」
全てを見通す蒼い瞳に、トールの思考は真っ白になった。
「もしかして、白竜騎士団がお前の護衛をサボっているのも、同じ理由か?」
不意に、ラドヴァンの言葉が飛躍する。
「少なくともイジドールは、自分と血が繋がっている、まだ幼い少年が神帝位に就いていた方がやりやすいと思っている」
白竜騎士団の、北向の王族出身の団長の名を出して頷いたヴィリバルトと、そのヴィリバルトに肩を竦めたラドヴァンに追いつくことができない。
「北向のリュカが神帝になる前に、秋津と夏炉の奴らがいるけどな」
「だからティツィアーノに擦り寄っている」
「秋津の神帝候補を無視して、か?」
そのトールを置いて、二人のやりとりは続いた。
「秋津の神帝候補は確かに年いってるけどさ、殺したら、あの癇癪持ちの津都の太守に何されるかくらい推測できるだろうに」
「それができないんだろう、あいつらには」
「違いない」
ヴィリバルトの言葉に大笑いしたラドヴァンの王の駒を、ヴィリバルトが女王の駒で取る。
「夏炉の情勢は、しばらくは従兄殿がみてるってさ」
「そうしてくれ」
笑ったままのラドヴァンに鼻を鳴らすと、ヴィリバルトは再び、立ち尽くしたままのサシャの方を向いた。
「ラドヴァン殿を、客間に案内しろ」
ヴィリバルトの言葉に無言で頷いたサシャを、確かめる。
「サシャも、今日はここに泊まれ。もう遅い」
「はい」
もう一つのヴィリバルトの言葉に、今度は声を出したサシャの、僅かな震えを、トールは自分のことのように感じ取っていた。
サシャが神帝ヴィリバルトの寝所に案内した襲撃者――ラドヴァンという名前だと、ここに案内するまでの間に本人が勝手に名乗ってくれた――の、嘯くような言葉に、息が止まる。
「ちゃんと『神帝猊下』やってるんだな」
「こんな夜遅くに、皮肉を言いに来たのか?」
そのラドヴァンをしっかりと見知っているのだろう、目覚めてベッドの上に上半身を起こしたヴィリバルトは、事も無げに笑って肩を竦めた。
「『神帝猊下』になっても、古巣の黒竜騎士団に入り浸りかと思ったけどな」
黒竜騎士団の詰所に近いから、門衛は居るが潜り戸が開いている南門ではなく、夜は閉まる東門から入ろうとしたのだが。ヴィリバルトを煽るように、サシャの横のラドヴァンが言葉を紡ぐ。
「久しぶりに、チェスでもするか」
ラドヴァンの言葉に鼻を鳴らしたヴィリバルトは、ベッド側の小さな机にラドヴァンを誘った。
「良いね」
意外にざっくばらんな二人の会話に、鏡付きの燭台に火を入れたサシャのエプロンのポケットの中でほっと息を吐く。神帝を守っているはずの白竜騎士団の姿は見えないが、この雰囲気であれば、サシャがいなくても大丈夫だろう。
だが。
「サシャ」
トールと同じように思考し、踵を返しかけたサシャを、ヴィリバルトの声が止める。
「お前も、ここにいろ」
ヴィリバルトの声に足を止めたサシャの鼓動の高さに、トールの身体もいつになく強ばった。
「こいつに襲われる可能性がある」
そのサシャの緊張を解すためなのか、冗談にしか聞こえないヴィリバルトの声が、トールの耳を揺らす。
「白竜騎士団の『守人』隊は?」
ヴィリバルトの向かいに座り、机の上のチェスの駒を勝手に動かし始めたラドヴァンに、ヴィリバルトは再び大仰に肩を竦めた。
「何でお前、人望の有り無しが極端なんだよ?」
「さあな」
悟ったようなヴィリバルトの声の響きに、サシャが辺りを見回したのを感じ取る。神帝を守ることが任務の白竜騎士団がこの場所に一人もいないことに、疑問が募る。いや、サシャも一応白竜騎士団の『守人』候補だが、それにしても。
ぎくしゃくと辺りを見回すサシャに「大丈夫」だと頷く。
「夏炉の少年王が、貴族達に謀殺された」
そのトールの耳に響いた、装飾の無いラドヴァンの言葉に、一人と一冊は同時に息を止めた。
「夏炉の、末弟は?」
一方、チェスの駒を動かすヴィリバルトの声は、普段のまま。
「行方不明」
ヴィリバルトに駒を取られそうになったラドヴァンは一瞬だけ動きを止め、しかしすぐに組んでいた足を組み替えた。
「裏で狂信者達が糸を引いているというのが、従兄殿の推測」
ヴィリバルトの陣地に深く踏み込んだラドヴァンの駒が、ヴィリバルトによってあっさり倒される。
「クラウディオ、まだ行方が分かってないんだろ?」
次のラドヴァンの言葉に、トールは唸る声を辛うじて飲み込んだ。サシャが『転生者』であるという間違った判定をしたクラウディオは、サシャを『元の世界』に戻そうとして自分が『元の世界』に戻ってしまった。そのことを、どう説明すれば良い? 小さく震えたサシャに、トールは小さく首を振って見せた。説明する言葉は、まだ、見つかっていない。
その一人と一冊の方に、ヴィリバルトが視線を向ける。
「裏で狂信者達が糸を引いているのは確かだが、クラウディオは関わってないな」
全てを見通す蒼い瞳に、トールの思考は真っ白になった。
「もしかして、白竜騎士団がお前の護衛をサボっているのも、同じ理由か?」
不意に、ラドヴァンの言葉が飛躍する。
「少なくともイジドールは、自分と血が繋がっている、まだ幼い少年が神帝位に就いていた方がやりやすいと思っている」
白竜騎士団の、北向の王族出身の団長の名を出して頷いたヴィリバルトと、そのヴィリバルトに肩を竦めたラドヴァンに追いつくことができない。
「北向のリュカが神帝になる前に、秋津と夏炉の奴らがいるけどな」
「だからティツィアーノに擦り寄っている」
「秋津の神帝候補を無視して、か?」
そのトールを置いて、二人のやりとりは続いた。
「秋津の神帝候補は確かに年いってるけどさ、殺したら、あの癇癪持ちの津都の太守に何されるかくらい推測できるだろうに」
「それができないんだろう、あいつらには」
「違いない」
ヴィリバルトの言葉に大笑いしたラドヴァンの王の駒を、ヴィリバルトが女王の駒で取る。
「夏炉の情勢は、しばらくは従兄殿がみてるってさ」
「そうしてくれ」
笑ったままのラドヴァンに鼻を鳴らすと、ヴィリバルトは再び、立ち尽くしたままのサシャの方を向いた。
「ラドヴァン殿を、客間に案内しろ」
ヴィリバルトの言葉に無言で頷いたサシャを、確かめる。
「サシャも、今日はここに泊まれ。もう遅い」
「はい」
もう一つのヴィリバルトの言葉に、今度は声を出したサシャの、僅かな震えを、トールは自分のことのように感じ取っていた。
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