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第四章 帝都の日々
4.10 白竜騎士団の館へ
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「全く」
雨が止んだ夕刻の街を南から北へ歩く間もずっと、ルジェクは文句を吐き続けていた。
「なんで、バルト団長もフェリクスさんも、サシャを白竜騎士団にやろうとするんだ?」
フェリクスの話では、帝都と神帝を守る白竜騎士団と、神帝の命で八都にまたがる問題を調整する黒竜騎士団との間では、これまでに何度か人事交流を行っているらしい。
「とにかく、バルトの命ですから」
フェリクスのその一言で、サシャは、叔父ユーグ手作りの行李を背負い、石畳を蹴っている。
サシャは、突然の異動をどう思っているのだろうか? エプロンの胸ポケットから、サシャを見上げる。黄昏の光で影になったサシャの頬は普段以上に蒼白く見えるが、それ以上のことは分からない。サシャが納得しているのなら、トールに異存は無い。だが、納得していなくても、『絶対に間違っている』という言葉でなければ、黒竜騎士団で散々お世話になっているフェリクスやヴィリバルトの言葉に従うのが、サシャ。
「しかもエゴンまで『白竜騎士団に行け』ってさぁ」
サシャに並んだルジェクの背には、エゴンの、年季の入った行李。フェリクス経由でヴィリバルトが頼んだ荷物だから、ルジェクの文句はこれくらいで済んでいるのだろう。
エゴンの白竜騎士団への異動は、現在の情勢を考えれば妥当だ。頬を膨らませて歩くルジェクに口の端を上げる。間もなく『神帝』となるであろうヴィリバルトを護衛するためには、神帝を守る白竜騎士団への所属が必要不可欠。……では、サシャを白竜騎士団に異動させる理由は? やはり、サシャを宰相にしたがっている北向の神帝候補リュカのためだろうか? それとも、他に? ヴィリバルトの思考を図りかね、トールはサシャのエプロンの胸ポケットで小さく唸った。
「もうそろそろ見えてきても良い頃、だけど」
口から息を吐いたルジェクが、大仰に辺りを見回す。
帝都の南東部にある城壁に沿って作られている黒竜騎士団の詰所とは対称的に、白竜騎士団の詰所は、帝都の北東部にある。ヴィリバルトに連れられて帝都を観光した時に一度だけ近くを通ったことがあるが、黒竜騎士団の詰所よりも敷地が広く、正門も立派だったことを覚えている。
「あ、あっ、た……?」
トールの記憶よりも小さな門が、視界の隅に入る。
「あれは!」
おそらく通用門だろう。トールがそう理解するより早く、サシャの横にいたはずのルジェクが、通用門の前で睨み合いをしていた大柄な影と白いマントを着けた複数の影の間に割って入った。
「ルジェクさん! エゴンさん!」
大柄な影がエゴンであることに気付いたサシャも、石畳を蹴る。
「貴様らっ!」
銀糸で刺繍されたドラゴンが白いマントの上で光っているから、あの影達は十中八九、白竜騎士団所属の騎士達。トールがそう判断する前に、大柄なエゴンを庇うように立ったルジェクは、剣の柄に手を掛けた白マント達を低い声で睨んだ。
「仲間になる奴に手を掛けるのかっ!」
「仲間?」
小柄なルジェクに、白マントの一人が追い払うように手をひらひらさせる。
「黒竜の奴らに『仲間』だなんて言われたくないね」
「おいっ!」
「ルジェク!」
どこから取り出したのか、一瞬で両手に短刀を装備したルジェクの左腕を、サシャが強く掴む。非は白マント達にあるが、それでも、ここで厄介事を起こしたら更に厄介なことになる。一瞬のサシャの判断に、トールは大きく頷いた。
「何をしている」
幸いなことに、低い声が、一触即発の空気を止める。
「エゴンと、……サシャだな」
通用門に現れた、立派な白鎧を身に着けた人物を見た白マント達は、サシャ達に聞こえるくらい大きな舌打ちと共に白竜騎士団の詰所の中に消え去っていった。
「神帝猊下からの推薦状は届いている」
セルジュに似た、しかし白鎧の立派さが似合っていないように見える人物が、サシャとエゴンを睨むように見る。
「白竜騎士団の『守人』候補として、鍛錬に励むよう」
その言葉を残し、白鎧の人物も通用門の向こうへと消え去った。
「白竜の、イジドール騎士団長」
囁くようなルジェクの声に、我に返る。
「北向の王族、らしいけど、先の老王陛下やサシャ神帝猊下とは性格が真反対っていう噂」
とりあえず、頑張れよ。知らぬ間に短刀を収めたルジェクの、何も持っていない手が、サシャの肩を軽く叩いた。
〈……大丈夫、だろうか?〉
何もしていないのに、呼吸が速くなる。
ルジェクから自分の行李を受け取ったエゴンの背に付いていく形で、一人と一冊は白竜騎士団の通用門をくぐった。
雨が止んだ夕刻の街を南から北へ歩く間もずっと、ルジェクは文句を吐き続けていた。
「なんで、バルト団長もフェリクスさんも、サシャを白竜騎士団にやろうとするんだ?」
フェリクスの話では、帝都と神帝を守る白竜騎士団と、神帝の命で八都にまたがる問題を調整する黒竜騎士団との間では、これまでに何度か人事交流を行っているらしい。
「とにかく、バルトの命ですから」
フェリクスのその一言で、サシャは、叔父ユーグ手作りの行李を背負い、石畳を蹴っている。
サシャは、突然の異動をどう思っているのだろうか? エプロンの胸ポケットから、サシャを見上げる。黄昏の光で影になったサシャの頬は普段以上に蒼白く見えるが、それ以上のことは分からない。サシャが納得しているのなら、トールに異存は無い。だが、納得していなくても、『絶対に間違っている』という言葉でなければ、黒竜騎士団で散々お世話になっているフェリクスやヴィリバルトの言葉に従うのが、サシャ。
「しかもエゴンまで『白竜騎士団に行け』ってさぁ」
サシャに並んだルジェクの背には、エゴンの、年季の入った行李。フェリクス経由でヴィリバルトが頼んだ荷物だから、ルジェクの文句はこれくらいで済んでいるのだろう。
エゴンの白竜騎士団への異動は、現在の情勢を考えれば妥当だ。頬を膨らませて歩くルジェクに口の端を上げる。間もなく『神帝』となるであろうヴィリバルトを護衛するためには、神帝を守る白竜騎士団への所属が必要不可欠。……では、サシャを白竜騎士団に異動させる理由は? やはり、サシャを宰相にしたがっている北向の神帝候補リュカのためだろうか? それとも、他に? ヴィリバルトの思考を図りかね、トールはサシャのエプロンの胸ポケットで小さく唸った。
「もうそろそろ見えてきても良い頃、だけど」
口から息を吐いたルジェクが、大仰に辺りを見回す。
帝都の南東部にある城壁に沿って作られている黒竜騎士団の詰所とは対称的に、白竜騎士団の詰所は、帝都の北東部にある。ヴィリバルトに連れられて帝都を観光した時に一度だけ近くを通ったことがあるが、黒竜騎士団の詰所よりも敷地が広く、正門も立派だったことを覚えている。
「あ、あっ、た……?」
トールの記憶よりも小さな門が、視界の隅に入る。
「あれは!」
おそらく通用門だろう。トールがそう理解するより早く、サシャの横にいたはずのルジェクが、通用門の前で睨み合いをしていた大柄な影と白いマントを着けた複数の影の間に割って入った。
「ルジェクさん! エゴンさん!」
大柄な影がエゴンであることに気付いたサシャも、石畳を蹴る。
「貴様らっ!」
銀糸で刺繍されたドラゴンが白いマントの上で光っているから、あの影達は十中八九、白竜騎士団所属の騎士達。トールがそう判断する前に、大柄なエゴンを庇うように立ったルジェクは、剣の柄に手を掛けた白マント達を低い声で睨んだ。
「仲間になる奴に手を掛けるのかっ!」
「仲間?」
小柄なルジェクに、白マントの一人が追い払うように手をひらひらさせる。
「黒竜の奴らに『仲間』だなんて言われたくないね」
「おいっ!」
「ルジェク!」
どこから取り出したのか、一瞬で両手に短刀を装備したルジェクの左腕を、サシャが強く掴む。非は白マント達にあるが、それでも、ここで厄介事を起こしたら更に厄介なことになる。一瞬のサシャの判断に、トールは大きく頷いた。
「何をしている」
幸いなことに、低い声が、一触即発の空気を止める。
「エゴンと、……サシャだな」
通用門に現れた、立派な白鎧を身に着けた人物を見た白マント達は、サシャ達に聞こえるくらい大きな舌打ちと共に白竜騎士団の詰所の中に消え去っていった。
「神帝猊下からの推薦状は届いている」
セルジュに似た、しかし白鎧の立派さが似合っていないように見える人物が、サシャとエゴンを睨むように見る。
「白竜騎士団の『守人』候補として、鍛錬に励むよう」
その言葉を残し、白鎧の人物も通用門の向こうへと消え去った。
「白竜の、イジドール騎士団長」
囁くようなルジェクの声に、我に返る。
「北向の王族、らしいけど、先の老王陛下やサシャ神帝猊下とは性格が真反対っていう噂」
とりあえず、頑張れよ。知らぬ間に短刀を収めたルジェクの、何も持っていない手が、サシャの肩を軽く叩いた。
〈……大丈夫、だろうか?〉
何もしていないのに、呼吸が速くなる。
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