『魔導書』に転生した俺と、君との日々。

第四章 帝都の日々

4.1 夜に目覚める

　暗闇に動く僅かな気配に目を覚ます。

　天窓から僅かに降り注ぐ星明かりの下、ベッドから上半身を起こしたサシャの小さな背が少しだけ長く伸びているのが見える。まだ、夜明けには遠いのに。サシャが使っているベッド側の腰棚に置かれた、サシャ以外には『祈祷書』として扱われている『本』に転生してしまったトールはしかし、すぐに首を横に振った。今日は、確か。

　星明かりに光った、サシャの左腕の火傷の引き攣れた跡から、無意識に目を逸らす。北辺ほくへんの修道院で扱き使われていた頃からお世話になっているアランの治療が良かったのだろう、狂信者の所為で負った火傷の跡は酷いが、サシャはすっかり元気になっている。再びサシャに目を移したトールが目にしたのは、ベッドの頭側の壁に設えられた、服を掛けておく横木から服を引き下ろすサシャの姿。トールの世界では女性が着ているような丈の長い上着と、これはトールの世界とほぼ同じ形のズボンを身に着けたサシャは、小さく微笑んでから、大きなポケットが付いたエプロンを頭から被った。

「これで良し」

　小さな声が、ひんやりとした空間に響く。

　音を立てずにベッドから下り、床に落ちていた毛布を隣のベッドで大の字に眠るルジェクの意外にしっかりとした背に掛けたサシャは、しかしすぐに振り向いて、『本』であるトールをエプロンの胸元にある大きなポケットに入れた。

「おはよう、トール」

［おはよう、サシャ］

　小さな声に呼応して、小さな文字を背表紙に並べる。

［今日も、晴れているな］

「うん」

　トールの言葉に頷いたサシャは、音を立てることなく、部屋の掛け釘に掛けてあった肩掛け鞄を外した。

「……」

　手にした、筆記具が入る大きめの鞄を肩に掛け、唇を引き結んで頷くサシャに頷きを返す。

「行こう」

　呟くように囁いてから、サシャは音を立てないように用心しながら自室の扉をそっと開けた。