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第三章 森と砦と

3.11 故郷とは異なる森で①

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 洞窟を出た先にあった森は、これまでにトールがこの世界で見た『森』とは明らかに異なっていた。

 ある程度遠くまで見渡すことができる密度で生えている木々は、サシャが暮らしていた北辺ほくへんの森の木々のように冷たくすっきりとも、北都ほくとの東や南側の湖の向こうに広がっていた帝華ていかの森の木々のようにどっしりともしていない。木々の間に見え隠れする岩も、北都や帝華の森にあるものより色が薄い気がする。乾いた薄茶色の細い幹と同じ色の枝、そしてその枝の先で揺れる、やはり乾いた感じがする薄緑色の葉に、トールは思わず首を傾げた。ここは、一体?

「……寒い」

 思案するトールをぎゅっと抱き締めたサシャの呟きに、はっとして辺りを見直す。木々に付いている葉は確かに緑だが、丸裸の木々の方が多い。下草も、ほぼ黄色。これは、……秋の、光景? 目を瞬かせながら、トールはあの暗闇にいた日々を計算し直した。あのバルト騎士団長の言葉が正しければ、サシャがバルトに出会ったのは夏至祭げしのまつりから二、三日経った頃。トールがどのくらい気を失っていたのかは分からないが、夏が秋に変わるまであの暗闇にいたとは考えられない。だが。

「……」

 サシャのお腹が鳴る音に、思考を止める。

 とにかく、どこか人が住んでいるところを探そう。そこで、現在地点と季節を尋ねれば、疑問は氷解する。袖を足に巻いてしまった所為で裸になってしまった両腕を擦って温めるサシャに、トールは大きく頷いた。

「森の外へ出てみよう」

 紫色に変わりかけた唇を横に引き伸ばしたサシャが、細い両腕でトールをぎゅっと抱き締める。枯れた草を踏みしだくサシャの、僅かに揺れる足下に、トールは何度もサシャを見上げ、用心するように辺りを見回した。

[サシャ]

 遠くに見えた濃い色に、背表紙に大文字を踊らせる。何だろう? 木々の間に揺れる大きめの影を、トールはしっかりと観察した。……人、ではない。

「……馬?」

 トールと同じタイミングで、サシャが僅かに首を傾げる。

「馬、だけ?」

[みたいだな]

 人の影が無いことを確認すると、一人と一冊はゆっくりと、馬のように見える影の方へと歩を進めた。

「……馬、だね」

 木々の間で草を食む大型の動物を、サシャとともに確認する。

 誰かの乗馬なのだろう、馬の背には鞍が置かれ、その後ろには水筒と弓矢、そしてパンパンに膨らんだ布鞄が引っかかっている。布鞄の中に食料が入っていると良いのだが。再び鳴ったサシャのお腹に、トールは首を横に振った。あの、避難所にしていた古代の遺跡でも、狂信者達が残していった食料を食べるのを、サシャはずいぶん躊躇っていた。

[あのマント、借りたらどうかな?]

 馬の鞍に引っかかっていた、赤色にも青色にも見える大きめの布を見て、サシャにそう提案する。

[食べ物じゃないから、減らないし]

「う、うん」

 トールの提案に躊躇いがちに頷くと、サシャは横からそっと馬に近づいた。

「あの、ごめんなさい」

 サシャは自分に害を及ぼさないと判断したのだろう、首を動かしてサシャを見た馬は、すぐに草を食べる動作に戻る。その馬を驚かさないようにそっと、サシャは馬の鞍からマントだけを引き下ろした。

「……暖かい」

 借りたマントは、サシャの背丈ではギリギリ裾を地面に引きずらない大きさ。そのマントを身に着けたサシャの、胸を撫で下ろした鼓動を確かめる。

「馬、持ち主探した方が良いよね」

 マントの隙間から尋ねるサシャに、トールは小さく頷いた。

 サシャが慎重に手綱を引くと、草を食むのを止めた馬が顔を上げる。

 馬が歩く方向へ付いていくように、一人と一冊は森の中を進んだ。もちろん、用心は怠らない。揺れるマントの隙間から、トールはしっかりと森を観察した。幸い、と言って良いのだろうか、人影は、見当たらない。

 どのくらい、森の中を進んだだろうか?
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