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静かなる炎
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「そりゃあ、まあ、戦費も貢納金も出せますがね、若様」
目の前に座る、真っ直ぐな瞳に、こっそりと肩を竦めて言葉を紡ぐ。
「しかしそこまでして、あの若王に肩入れすることもないのでは」
「私は、王の騎士なのです、祖父上、いえ市長殿」
だが、孫を心配するカイルの言葉は、いとも簡単に拒絶された。
溜息をこらえ、もう一度、目の前の小さな影を見つめる。年端もいかぬ、この小さな身体で、カイルの孫であるアキはこのフルギーラの地と、そこで栄えるファイラの街を上手に守っている。商業の重要性に気付いた祖父と同じように街の商人達に自由という特権を与え、芸術と文化を愛した父と同じように街の大学と学者・芸術家達に十分な庇護を与えている。フルギーラ家の父祖から続く援助と、街傍を流れるノイ川の水運、そして新しい領主となったアキが自身の知略と武術で森や街道を荒らす盗賊を殲滅してくれたおかげで、カイルが長を務めるこのファイラの街は、丘の多いこの地の特産物となっている毛織物と葡萄酒の取引で多大な財を成している。長年この街で商取引をしているのだから、そのことは、カイルは十分過ぎるほど理解している。だが、である。
先年、父である老王との共同統治に加わった若王リュカ。彼の王はこれまでの緩やかな封建制を廃し、王を絶対的な君主とする中央集権を画策している。そして、目の前にいる孫アキは、若王リュカのある意味無茶な戦略に従って、近隣の、王の命をのらりくらりと無視している小領主達を武力で攻め続けている。
貢納金で済むのであれば、小さな領土の武力を無理に割かずとも良いではないか。それが、カイルの本心。病弱な父に似たアキの身体のことも、心配。戦闘あるいは病気でアキが命を落としてしまえば、それこそあの若王は喜々として、アキの妹ティアに自分の腹心を娶らせ、この地を乗っ取るだろう。せめてアイラと同じくらい、丈夫に生まれついてくれれば良かったのに。娘のアイラに良く似た、アキの瞳の色に、カイルは自分の気持ちを隠すように唇を少しだけ、噛んだ。
おそらく、アキの一途さも、アイラに似たのだろう。諦めるように、息を吐く。カイルの長女であったアイラは、多忙を極めていたカイルと早くに亡くなったカイルの妻の代わりに家庭内を切り盛りし、妻が残したアイラの弟妹を一人前に育てた。その為に婚期は逃したが、街の大学を訪れていた前の領主に見初められ、結婚して息子と娘を産んだ。商人の娘と領主との結婚だから、もちろん、領主の親族からは反対の声が出た。商取引で様々な地を旅し、小領主の大変さを知っていたカイル自身も、街の商人に嫁ぐようアイラに言った。だがアイラは、全ての意見を押し切って、アキの父である前の領主の妻となった。
アイラはそれで、幸せだったのだろうか? 目の前の、娘と同じ瞳に、心の中で問いかける。たとえ娘とはいえ、他人は他人。他人の幸せを推し量ろうとするのは、不遜だともいえるし馬鹿げてもいる。それは、目の前の孫、フルギーラの領主アキに対しても、同じ。仕方が無い。見守るしか、ないのだろう。じっと祖父を見つめる強い光に、カイルは悲しみにも似た笑みを零した。
目の前に座る、真っ直ぐな瞳に、こっそりと肩を竦めて言葉を紡ぐ。
「しかしそこまでして、あの若王に肩入れすることもないのでは」
「私は、王の騎士なのです、祖父上、いえ市長殿」
だが、孫を心配するカイルの言葉は、いとも簡単に拒絶された。
溜息をこらえ、もう一度、目の前の小さな影を見つめる。年端もいかぬ、この小さな身体で、カイルの孫であるアキはこのフルギーラの地と、そこで栄えるファイラの街を上手に守っている。商業の重要性に気付いた祖父と同じように街の商人達に自由という特権を与え、芸術と文化を愛した父と同じように街の大学と学者・芸術家達に十分な庇護を与えている。フルギーラ家の父祖から続く援助と、街傍を流れるノイ川の水運、そして新しい領主となったアキが自身の知略と武術で森や街道を荒らす盗賊を殲滅してくれたおかげで、カイルが長を務めるこのファイラの街は、丘の多いこの地の特産物となっている毛織物と葡萄酒の取引で多大な財を成している。長年この街で商取引をしているのだから、そのことは、カイルは十分過ぎるほど理解している。だが、である。
先年、父である老王との共同統治に加わった若王リュカ。彼の王はこれまでの緩やかな封建制を廃し、王を絶対的な君主とする中央集権を画策している。そして、目の前にいる孫アキは、若王リュカのある意味無茶な戦略に従って、近隣の、王の命をのらりくらりと無視している小領主達を武力で攻め続けている。
貢納金で済むのであれば、小さな領土の武力を無理に割かずとも良いではないか。それが、カイルの本心。病弱な父に似たアキの身体のことも、心配。戦闘あるいは病気でアキが命を落としてしまえば、それこそあの若王は喜々として、アキの妹ティアに自分の腹心を娶らせ、この地を乗っ取るだろう。せめてアイラと同じくらい、丈夫に生まれついてくれれば良かったのに。娘のアイラに良く似た、アキの瞳の色に、カイルは自分の気持ちを隠すように唇を少しだけ、噛んだ。
おそらく、アキの一途さも、アイラに似たのだろう。諦めるように、息を吐く。カイルの長女であったアイラは、多忙を極めていたカイルと早くに亡くなったカイルの妻の代わりに家庭内を切り盛りし、妻が残したアイラの弟妹を一人前に育てた。その為に婚期は逃したが、街の大学を訪れていた前の領主に見初められ、結婚して息子と娘を産んだ。商人の娘と領主との結婚だから、もちろん、領主の親族からは反対の声が出た。商取引で様々な地を旅し、小領主の大変さを知っていたカイル自身も、街の商人に嫁ぐようアイラに言った。だがアイラは、全ての意見を押し切って、アキの父である前の領主の妻となった。
アイラはそれで、幸せだったのだろうか? 目の前の、娘と同じ瞳に、心の中で問いかける。たとえ娘とはいえ、他人は他人。他人の幸せを推し量ろうとするのは、不遜だともいえるし馬鹿げてもいる。それは、目の前の孫、フルギーラの領主アキに対しても、同じ。仕方が無い。見守るしか、ないのだろう。じっと祖父を見つめる強い光に、カイルは悲しみにも似た笑みを零した。
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