氷心、揺れて

風城国子智

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月影に約する

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 目の前に、憧れの人が、いる。
 その事実だけで、アキの胸は、大きく震えた。

 月明かりに照らされた、精悍な横顔を、静かに見つめる。
 声を掛けるべきか、否か。しかし唇すら、動かない。冷え冷えとした石畳の歩廊に、アキはただ立ち尽くすことしか、できなかった。
「ここは、静かだな」
 そのアキの耳に、僅かに傲慢を帯びた声が静かに響く。
「王都は、深夜でも喧噪が響くというのに」
 その声に、アキは静かに頭を下げた。
 アキの目の前にいる、肩幅の広い若者は、アキの主君。微力ながらアキが差配しているこの小さな土地を含む王国全体を、父である老王と共に支配する、『若王』リュカと呼ばれる人物。
 昼間、アキの領地に隣接する王領の森で狩りをしていた若王リュカは、森を根城にしていたらしい不埒な盗賊団に襲われた。不意を突かれ、それでも何とか隣接するアキの領地まで退却した若王とその部下達を助け、森の盗賊達を打ち破ったのは、アキが率いる小さな騎士団。
「盗賊の件、申し訳ありません」
 再び、歩廊の盾壁に穿たれた狭間から月を見上げた若王リュカに、深く頭を下げる。アキの領地と王領とに跨がる、統治権利が錯綜している森の中とはいえ、盗賊団をあそこまで蔓延らせてしまったのは、アキの責任。まだ幼い頃、今は亡き父と共に王都で目にして以来敬愛する主君に、小さいながらも怪我を負わせてしまったことも。
「いや」
 そのアキのすぐ近くで、若王リュカの声が響く。顔を上げると、すぐ目の前に、リュカの顔が、あった。
「あれだけ多くの賊を完全に討ち果たしてしまうとは。城も領地も、小さいながらも良く手入れされている」
 息が止まりそうなことを言われ、頬の紅潮を感じながら何とか首を横に振る。森が騒がしいことに気付いたのは、街道を荒らしていたところを下して仲間にした元盗賊ユエとその部下達のおかげ。多勢の盗賊達を討ち果たすことができたのは、ユエ達と、幼い頃からアキと共に武術を習っている従者頭、シンのおかげ。ユエのもう一人の従者で、頭の良いエリオと、父の部下であった守り役サクの心尽くしがあってこそ、丘の上に建てられた小さく見窄らしい城でも主君であるリュカを存分にもてなすことができた。アキ一人の力では無い。そのことを若王に伝えようとしたアキは、しかしリュカの次の言葉に再び俯いた。
「『王の騎士』としては、当然のことかもしれぬが」
「あ……」
 昨年、父が亡くなってすぐ、アキは『フルギーラ』と呼ばれるこの地の領主の地位を継いだ。だが、騎士になるには年齢が足りなかったが故に、領主の地位に付属する騎士叙任を受けることはできなかった。父や祖父、この地を代々、王の代理として差配してきた父祖のように、王に忠誠を誓う騎士になりたい。それが、アキの希望。だがそうなるには、まだ、遠い。
「跪け、アキ」
 不意に、若王リュカが腰に吊した剣の柄に手を掛ける。鞘から抜かれた鋭利な切っ先を、リュカはアキの鼻先に示した。
「ここでおまえを騎士に叙す」
「え……」
 リュカの言葉に戸惑いつつも、それでも冷たい石床に膝をつく。項垂れたアキの右肩に置かれた刀身の、冷たさとは違う感覚に、アキの全身は震えた。
「フルギーラ家当主アキ。そなたを王の騎士に叙す」
 リュカの声が、荘厳に響く。
「王の騎士として、王に忠誠を誓い、王の為に戦え」
「はい」
 頷いて、顔を上げる。月明かりに光る、若王リュカの黄金の髪に、アキはもう一度しっかりと、頷いた。
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