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『妹』が兄を蔑ろにする件について 4

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 その次の、日曜日。
 駅前で待ち合わせたあきらの親友、美奈は、晶よりもかなり小柄な、しかし普通の女の子だった。
「あの。……映画、誘っていただいて、ありがとうございます」
「いえいえ」
 幸いなことに、駅前の店でバイトをしている腐れ縁友人が、映画の割引チケットを融通してくれた。だから、財布の痛みは、少しだけ。だが。……何故か、少しだけ、心が疼いている気がする。
 おもむろに、目の前の少女を、初めて見るように見つめる。お嬢様女学校に通っている学生らしく、大人しげで、可愛げで、……守ってあげたいと、思う。だが。何故か、晶の真っ直ぐな視線が、脳裏から離れてくれない。いやいや、ここで何故、晶のことが気になる? 首を横に振ることで、おさむは心の疼きを何とか追い払った。
 気持ちを切り替え、これまた同じ友人から割引券をいただいた、友人がバイトをしているファストフード店へと、美奈を誘う。
 と。
〈まさか……!〉
 不穏な気配を感じ、横を向く。
「……晶っ!」
 おそらく、大切な友人が、日頃からキモいと思っている自身の兄とデートすることに不安を感じてこっそりと追跡していたのであろう、晶の長い影が、幾人かの軟派な影に囲まれている。それを認めるや否や、理は晶を庇うように軟派な影達の間に素早く割って入った。
 武術道場で鍛えられた晶の蹴りが軟派男の一人の股間に入るのを見る前に、晶の腕を掴みかけた軟派男の腹に膝を入れる。理も、中学校に入るまでは、晶が通う武術道場で鍛えていた。深い森で迷子になり、狼に襲われかけた『弟』を、大人の助けがなければ救うことができなかった自分は、前世の話。軟派男達が怯んだ隙に、理は晶の手を取って猛然と石畳を蹴った。だが。
「美奈、忘れてるっ!」
「……あ」
 理を引き留める晶の腕の強さに、一緒にいたはずの小柄な少女を思い出す。晶の腕を掴んだまま、反対の手で、軟派男に捕まりそうになった小柄な少女の腕を掴むと、理は再び石畳を蹴り、自慢の俊足でその場を離れた。

「……全く」
 社宅の古い壁に、呆れた声が反射する。
「なんで彼女より妹優先するかなぁ」
 いやまだあの少女の『彼氏』になったわけではない、し。的外れの反論を、唾と共に飲み込む。結局、デートは失敗に終わった。それで良いのだろう。納得している自分に、理は正直ほっとしていた。晶が無事なら、それで良い。
「このまま、妹優先してばっかりだと、結婚できないよ。どーすんの?」
 責め続ける晶の声に、微笑む。今は、……晶と、前世で守りたかった『弟』と、一緒にいたい。理の願いは、それ一つ。
「まあ良いわ」
 反応が乏しい理に呆れたのか、夕刻の光に映る晶の影が肩を竦める。
「美奈を蔑ろにした罰。今日は理がカレー作って」
 そういえば、両親も、理にはよく分からなかったあの評判の恋愛映画を休日出勤の後で見に行くと今朝聞いたような気がする。
「分かった」
 カレーなら、作れないこともない。無意識に口の端を上げながら、理は冷蔵庫を漁り、まだ半分残っていた甘口のカレールーを手に取った。
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