最期の伝言

壱婁

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ひとやすみ

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1人目から幾日か経った昼過ぎ俺はスマホを眺めながら別れの為に連絡を取る事に悩んでいた。決めたはずの心が彼女の伝えた時にしていた必死に寄せ集めて作られた表情が脳裏にこびりついて黒く粘こく纏わりつく鉛の様に絡めとられて次への行動が移せない。今更だが命というものは非常に重たい。わかってた。あの時だって感じてたじゃないか。だけど、俺の命は俺の中でどこか軽いものだったんだろう。あの子が一番大好きで尊くって何物にも代えがたい者だったから無意識に天秤にかけては錯覚していたんだろう。俺は馬鹿なんだろうな。
気分を変える為院内にある喫茶店に向かう。まだ入院してから1度も入ったことが無く検査の時に見かける程度の印象しかないが、隣の部屋に居る住人からは高評価を受けているので間違いないだろう。曰く、紅茶の淹れ方が上手い。珈琲は300円という値段なりで苦いだけだが紅茶は値段以上だ。あそこで頼んでいいのは美味しくない普通の珈琲よりも旨い紅茶と付け合せのチーズケーキだけだ。
「いらっしゃいませ~1名様ですか?」
「あ、はい」
奥の席に案内されると、隣の部屋に住まう縦長でほっそりとしていつも点滴を連れ歩いている青年内野さんがチーズケーキを頬張っていた。
「やあ、初来店おめでとう。すいませーん、ホットミルクティーとチーズケーキくださいな」
「まだ食べるんですか?」
「いや、君の分だよ」
「え、まだ俺頼んでないんですけど」
「食べるでしょ」
「食べますけど」
勝手に人の注文をしてみたりと相変わらずのマイペースぶりである。だが、看護師達の噂では余命なんてとっくに過ぎているらしい。だが、衰弱したり話せなくなってきている様子もなければナースコールが使われた形跡さえない。こんなにも普通に生きている人が余命を受けているんだろうと疑問が浮かぶが当人にも聞けない。
「相変わらず青白い顔だね。足の痙攣も起こしているじゃないか」
「いつもの事ですよ」
「甘い物を取らないとね。疲れ切った頭を癒してあげないと」
「ありがとうございます」
カップに3つの角砂糖と市販のコンデンスミルクを溶かし混ぜている時間が楽しい。紅茶の透き通った色とミルクのどろりとした白濁色が混ざり合うのは見ていて気分が安らぐ。皆でドーナツ屋さんに行った時も一人でずっと混ぜ続けてた覚えがある。その時はユーがニコニコとずっと俺の前に座っていてひとしきり混ぜ飽きて顔を上げた時に楽しかったと声をかけてくれた。いつだって俺を待っていてくれたユーが今傍に居ない。ユーが居たらといつも考えてしまう。寂しい寂しいと泣いてばかりの幼児の様に。
「まーた考え事かい。あまりそっちに気を持っていくと一気に引っ張られちゃうよ」
「……そうですね」
「今を生きないで死んだら後悔するんだからね」
その後に内野さんが言葉を続けたみたいだが聞き取れず、散歩行っておいでと喫茶店からも追い出されてしまい聞けずじまいだ。
散歩するといっても基本この病棟は外出を固く禁じている。いくら表面的に病状が軽く見えても重症の可能性があり素人目には判断がつきにくく他の患者に危害が加えられるのを未然に防ぐ為だ。病状が進むにつれ気性が荒くなったり、他人に否定的になったりする人もいる。俺は幸いな事にその傾向はない。今はただユーに会いたいだけだ。ここ数年はゆるゆると消えていく時間をのんびり眺めているだけだから彼女にキレられたことがあるが、梃子でも動かない俺に最後は呆れ返り諦めた。生きてくれと言われても水を失った人間は生きてはいけない。その状態が俺だっただけだ。誰も悪くない。悪いとすれば生きれなかった俺である。

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