恋するプリンセス ~恋をしてはいけないあなたに恋をしました~

田中桔梗

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第19章 悪魔との戦い

第219話 密室

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 アトラス城では、エリー王女がディーン王子と馬車に乗り込むところだった。中はディーン王子と二人きりの密室。こんなに嫌なものはない。

 ディーン王子が復興の手伝いを一緒に行いたいと言ってきたため、断る理由もなく渋々了承したのだった。

 ディーン王子の本当の目的は民衆からの支持を得ることと、エリー王女との仲を見せつけることである。また、最近はアルバートが目を光らせていたため、エリー王女に触れることが出来なかったが、馬車の中であればアルバートも手出しが出来ないという疾しい考えもあった。

「エリー、さぁ隣に座ってください。少しずつ心を通わせなくては」

 優しく微笑み、目の前のエリー王女に手をさしのべる。エリー王女はその手を見つめ躊躇していると、無理矢理手を引き隣に座らせた。

「純情な態度も良いですが、そろそろ我慢の限界ですよ。分かっているのですか? 貴女の父も民も貴女の態度でどうなるのか」

 横に座るエリー王女の頬を片手で掴み上を向かせ、睨みをきかせた。エリー王女はびくっと一瞬怯え、瞳が揺れる。

「ディーン様は……ずるい人です……」

 エリー王女が自分の立場を改めて認識したことに、ディーン王子は嬉しそうに微笑んだ。

「ええ、私はずるいのですよ。さて、時間はたっぷりあります……二人の時間を楽しみましょう」

 ディーン王子がエリー王女の髪を一束掬い上げ、その香りを楽しむかのように瞳を閉じる。その行為にエリー王女の肌はざわざわと震えた。

 掬い上げた髪を後ろに流し、ディーン王子が首筋に唇を這わす。ぎゅっと瞳を閉じ、それを受け入れた。唇には触れてこないのは幸いではあるが、首や耳にそれが触れてくること自体が気持ち悪い。泣いてしまえば嫌がっていることが分かってしまうだろう。そうなればまた怒りに触れ、何をされるか分からない。そのためエリー王女は必死で堪えた。

 ディーン王子が離れると、唇を物欲しそうに指で辿ってくる。

「さぁ、この指を咥えてください。口を開けて……」
「指を……ですか?」

 理由も分からず恐る恐る口を開けると、人差し指が口内に侵入してくる。

「いいですね。ではそのまま舌を絡めてください……そうです、いいですよ。では、吸ってみてください」

 謎の注文に疑問を感じながらも、言われたようにやってみせた。動く指がなんとも奇妙で、見上げるようにディーン王子を覗き見る。するとギラギラとした瞳がエリー王女を舐めるようにねっとりと見ていた。その瞳から逃れたくなり、咄嗟に口から指を離してしまった。怒らせてしまったかもしれないと脅えたが、ディーン王子は恍惚としたままだった。

「……とても良かったですよ。少しずつ覚えていけば良いですからね」
「はい……」

 今ので何を覚えたのかは分からなかったが、一先ずこれ以上のことは要求されなかったことに安堵した。しかし、あの脅し文句があるかぎりエリー王女に選択の余地がない。




 着いた先でエリー王女が馬車から降りてくると、アルバートが険しい表情をした。

「エリー様、大丈夫っすか? 顔色が悪いっすよ? ……もしかしてディーンに?」

 最後の問いは誰にも聞こえないように耳元で聞いた。小さく頷いたあと、大丈夫ですと微笑んで返すエリー王女が痛々しい。

 アルバートは二人きりにさせるのには不安があった。しかし同じ馬車に乗るわけにもいかず、二台の馬車で行くのもおかしい。何もないことを祈っていたが無意味だった。今更ながら二人にしてしまったことに後悔した。

 二人の関係は国民から見れば仲良く見えていただろう。実際、二人が力を合わせて国を守っている姿は評判が良かった。これから頻繁に二人で出掛けるようになれば、さらに評判も上がるだろうし、エリー王女にいかがわしいことをする機会が増えてしまう。
 それはどちらも阻止しなければならなかった。

 帰りの馬車は二人きりにならないようにしたいとアルバートが思考を巡らせていると、ディーン王子に急な用事が出来たようだ。

「すみません、エリー。帰りの馬車は他に用意させますので」
「いえ……ありがとうございます」

 そのことにエリー王女とアルバートは胸を撫で下ろした。



 ◇

 復興の手伝いを終え、用意された馬車でアトラス城に戻ったのは、空が赤く染まった頃だった。

「お疲れ、エリーちゃん」
「ありがとうございます。アルバートも今日はご苦労様でした……どうしたのですか? 顔がいつも以上に険しいです……」

 私室に戻ったエリー王女がソファーに座り、アルバートを見上げる。アルバートが少し考えたあと、口を開いた。

「あー、馬車で何されたか聞いても?」
「えっ、あ……はい……。あの……凄く気持ちの悪い雰囲気だったのですが……」

 そんな前置きの後にエリー王女が説明をする。

「はぁ!? あの野郎、マジ最悪だな! うげー! 無理無理無理無理! エリーちゃんのそんな姿、あの野郎に見せたくなかったあああ! 俺のばかああああ!! あ、この行為は、ぜってーセインに言っちゃダメだかんな! 俺も誰にも報告しねーから!」
「あ、あの……どうしてそんなに……? 指を……その……咥えただけですが……」

 確かに気持ち悪かったが、アルバートが言うほどのものなのか疑問に思った。

「いやだって、それはホレ……あ……エリーちゃんはその……レイの……」

 きょとんと首を傾げるエリー王女には聞けなかった。さすがに側近の立場でそんなことをさせたとは思えない。……多分。

「いや、えーと……。それは男にとって嬉しいことで、あの野郎を喜ばせたくないっちゅーか、想像させたくないっちゅーか……。ま、まぁ、男を喜ばすことって色々あったりするわけよ、ははは~」

 自分の口からは流石に詳しくは言えないと思ったアルバートは、苦笑いを溢しながら言葉を濁した。

「え? それは存じ上げませんでした……。知らぬこととは言え、喜ばすことをしてあげていなかったということですね……。してもらうばかりでは失礼ですもの。他にどんなことがあるのですか?」

 純粋な瞳を向けられたアルバートは、顔を赤く染める。

「そ、そういうことはマーサさんか本人から教えて貰うのがいいよ! 他の男に聞いちゃダメダメ~」
「ですが、マーサからは男性に委ねればよいと聞いておりましたので知らないのでは? 私もセイン様に喜んで頂きたいです」

 真剣な表情でそう伝えてくるエリー王女は可愛い。じゃなくて、本当に理解してこの台詞を言っているのか疑問に思うほど真っ直ぐで心配になる。

 アルバートに対して期待の眼差しを向けてくるエリー王女に「知らなかったら調べてくれるっしょ」と適当なことを言って誤魔化した。(結局後でマーサから質問を受けることにはなったが)

「ぬあ! それより! これ以上エリーちゃんに触れさせるわけにはいかねーから、最終手段ちゅーやつを発動しよーと思う」

 こんな話をしている場合じゃないことに気が付き、アルバートは本題に入ることにした。

「最終手段……ですか?」
「おう」

 アルバートは神妙な面持ちに変え、頷いた。




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