恋するプリンセス ~恋をしてはいけないあなたに恋をしました~

田中桔梗

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第18章 脅かす者

第216話 悪夢

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「――ん……。――さん……。兄さん!」



 セインの声にリアムは勢いよく起き上がった。汗をかき、心臓は頭に響くほど音を立てている。
 辺りを見渡せば、いつもの自分の部屋でいつものように寝ていた。

「大丈夫? 随分とうなされていたみたいだけど……悪い夢だったんでしょ?」 
「夢……」

 確かに何かを見ていたような気がしていたが、リアムははっきりとは覚えていなかった。

「大丈夫?」
「……いや、大丈夫だ……セイン……」

 そうは言ったものの妙に頭が重い。気遣わしげに見つめるセインの腕を軽く叩き、ゆっくりとベッドから起き上がる。全てのカーテンが開いていたため、室内には明るい日差しが差込んでいた。それは眩しいくらいで、少し不思議な感覚を覚えた。

「あ、そうだ! 母さんがまたあの山に行こうって言ってたよ? 今日は公務がないんでしょ? だから俺、起こしに来たんだ」

 リアムが、窓から見える空をぼんやりと眺めていると、セインは楽しそうにそう話し掛けてきた。

「母さん……って?」
「ははは。まだ寝ぼけているの?」
「……お前は何を言っているんだ? 母さんはもう亡くなっているだろ?」

 そう聞くとセインは目を見開いた。

「……本当に大丈夫? そんな酷い夢を見ていたの? 母さんはずっと生きているよ。兄さん、ちゃんと起きて~」

 そう言いながらセインは笑う。

「生きている? 七年前、ダルスがセインをクーデターの首謀者だと勘違いしたとき、母さんが身代わりとなって自殺を図ったはずだが……」
「んー、そんな悪い夢を見ていたの? 実際には、俺が連れて行かれそうになったとき、兄さんが現れてダルスを討ったでしょ? だから母さんは生きてるよ? 思い出した?」

 リアムは頭を抱える。
 そうだったか……? そうだったような気もするし、違うような気もする。

「いや……そのうち思い出すだろう」

 一時的なものかもしれないし、メーヴェル以外の記憶はあったためリアムは気にすることをやめた。



 城の前に停められた馬車の前でセインと二人で待つ。本当に母親が生きているのか半信半疑だったリアムは落ち着かないでいた。

「おはよう、リアム。聞いたわよ、私が死んだ夢を見たんですって?」

 そこへ階段を下りてくるメーヴェルが現れた。セインに似た顔で笑うメーヴェルにリアムの心が懐かしさで震える。

「……すみません」
「ふふふ、おかしい。安心して。お母さんはちゃんとここにいるわ」
「兄さんが寝ぼけるなんて珍しいよね。じゃあ、出発しようか」
「そうね。さ、馬車に乗りましょう!」



 移動中、馬車の中ではメーヴェルとセインが楽しそうに話をしている。窓から見える景色は平和そのもので、こんな世界を望んでいたのだと改めて実感した。自分が求めていたものがにはある。

 ここに……?

 また少し引っかかりを感じた。今朝から何かがおかしい。悪夢を見ていたせいだろうか。リアムは違和感を感じつつもその意味を見つけることは出来なかった――――。



 ◇

 地面に転がるリアムは意識を失っているようだった。それを上から見下ろすバフォールは満足そうな笑みを浮かべていた。

「お前の望んでいた"今"を存分に楽しむがいい……そして、あとでたっぷりと面白い現実を見せてあげよう……くっくっくっ。さて、下準備でもしようか……悪夢はこれからだ」

 バフォールは意識を集中させ、周りの様子を探り、その場でしばらく動かなかった。 



 ◇

「兄さん、起きて! 着いたよ」

 馬車の中で眠っていたリアムは、セインに揺さぶられ起こされた。思った以上に着くのが早いような気がする。ローンズ城から五日ほどかかる場所なはずなのに、いつの間にか着いていたようだ。移動の五日間の記憶はない。記憶が抜け落ちているようだった。

 着いた場所はローンズ王国とアトラス王国の国境に近い山の中。ローンズ王国の領土であり、紅葉の季節になるといつも訪れている場所だった。馬車から降りると、リアムは景色を眺める。

 つい最近も来たような気がするが……。

「リアム、どうしたの? 顔色が悪いわ」

 メーヴェルが心配そうに顔を覗き込んでくる。リアムはメーヴェルを見る度に何故か懐かしさを感じていた。

「いえ、大丈夫です。心配いりません」

 心配をかけさせたくないため、笑顔を作るリアム。

「……辛かったら言うのよ? リアムはすぐ無理をするから。母さんは、何でも分かるのよ。あなたは自分のことなんかちっとも考えないんだから! 少しは自分を大事にしてね?」

 自分のために叱ってくれるメーヴェルに、リアムは笑う。

「何度も言わなくても分かっていますよ。母さんとセインさえ笑っていてくれれば、俺は幸せなんですから」
「もう! どっちが親か分からないわね」

 いつもと同じように応えたが、メーヴェルは昔のように悲しそうに笑うのではなく、とても嬉しそうに笑った。それを見た瞬間、胸に何がつまった。



 こんな風に幸せにしてあげたかった。



 現実と心がちぐはぐで、よくわからず一つ涙が溢れた。

「え? ど、どうしたの? 具合、そんなに悪かった?」

 メーヴェルの慌てる姿がセインとそっくりで、リアムは涙を無造作にぬぐいながら笑う。

「本当に大丈夫です。ほら、セインが待ってますよ」

 リアムが指を指した方向を見るとセインが屋敷の入口で手を振っている。二人は手を振り返し、メーヴェルが手を振りながらリアムに微笑んだ。

「ここは母さんの故郷に似ているから凄く懐かしい感じがするの。いつもあなたたちとここに来れて嬉しい」

 山の奥の小さな村で育ったメーヴェル。彼女が王妃らしくないのはそのせいだった。そして彼女が産まれた村は、父ダルスがリアムに命令して滅ぼさせたのだった。ダルスはリアムの忠義を試すためだけに多くの命を奪わせた。メーヴェルの家族は、リアムにとっても大切な人々である。祖父母、叔父叔母、従兄弟……。リアムが先頭に立って行ったことはメーヴェルは知らない。

「今度はここに孫と来たいわ~。いい加減良い歳なんだから早く結婚しなさいよ?」

 メーヴェルの言葉にはっと我に返る。

「……そうですね……そのうち」

 自分の罪を隠し、メーヴェルに苦笑いで応えると「ほんとにちゃんと考えなさいね!」と返ってきた。そんな普通の家族のようなやり取りが心地よく、いつまでも続けば良いのにとリアムは思う。

 仲良く会話をしながらセインの側まで辿りついた時だった。突然目の前が闇に包まれ、自分だけに起きたことなのか分からず目元を抑えた。

「きゃーーーーーーー!!」

 突如聞こえるメーヴェルの悲鳴。

「兄さん、母さんが! わぁ~~~っ!」
「セイン、どうした!? 母さん!!」

 リアムは炎の魔法を剣に込め、松明のようにそれを使って辺りを見渡す。先ほどいた屋敷の前にいるようだったが、視界が悪くて二人が見つからない。

 心臓が嫌な音を立てて鳴り響く。

 いったい何が? 何処にいる?
 早く助けなくては!



『その先いるダルスを支持する残党が二人を連れ去った……』



 突然聞こえた声と共に、視界が開けた――――。





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