恋するプリンセス ~恋をしてはいけないあなたに恋をしました~

田中桔梗

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第18章 脅かす者

第213話 犠牲

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 バフォールの右腕にニーキュが収まっているため、左手で二人をいたぶるように魔法を放つ。その攻撃でアリスとサンは、ニーキュの目の前でじわりじわりと傷付いていった。

 何度も立ち向かうアリスとサン。二人が傷つく度に、ニーキュの心も傷ついていく。

「や、やめて……」

 ニーキュが重ねていた震える手をバフォールの胸元に移動させ、ぐっと引っ張る。闇色の真っ黒な瞳がニーキュを見た。

「ん? ああそうか、戦いは嫌いだったな。では、お前のために直ぐに終らせてあげよう――」
「きゃあああっ!」

 アリスの悲鳴に驚き、ニーキュが振り返ると、バフォールから放たれた赤黒い無数の槍がアリスの体に刺さっていた。そのままゆっくりと横に倒れ、重たい音を響かせる。

「っ!?」

 ニーキュがアリスの方へ向かおうとするが、バフォールの手によって身動きが取れない。アリスの体からゆっくりと流れてくる真っ赤な血を見つめ、ニーキュの視界がぼやける。

「嫌だ…… は、離して……」
「くっくっく……。さて、次はお前の兄だな」

 バフォールから離れようと必死に暴れていたが、その言葉に視線を上げた。

「兄……?」
「なんだ、知らないのか? 血の匂いが全く同じ……ということは、両親が同じだということだ。だから必死にお前を助けようと――」
「黙れ……余計なことを言うな……」

 サンはボロボロの体でやっと立っている状態。片手で体を押さえながら、バフォールを睨み言葉を遮った。

 デール王国では三人の魔力を持つ男性を監禁し、多くの女性と関係を持たせた。そして、魔力を持つ子供を量産させることに成功したのだ。

 それが、魔力戦闘部隊の子供たちである。

 三分の一の確立で同じ父親だという可能性はあるが、母親までも同じということは極めて低かった。また、子供を産めば良いという考えから両親が誰かなどは情報として残してはいなかった。もちろんデール王国側でも知らない。

 しかし、サンはニーキュと兄弟であることを知っていた――――。



 母親は囚われた男性の一人と結婚しており、子供が一人いた。それがサンである。慎ましく田舎で暮らしていた三人だったが、ある日、魔力を持つ父親とサンはデール王国に捕まり、幽閉されたのだ。サンはまだ五歳だった。
 子供の腰には「R」という焼き印がしてあり、子供の頃から「家族の証」であると聞かされていた。父親も母親にもそれは付いている。そしてある日、サンはNo.29に同じ焼き印を見つけたのだった。

 この時、サンは母親が生きていることを知り、いつか囚われた父親を救い出し、弟と共に母親の元に帰ろうと決めた。サンは周りを欺くため、誰よりも従順でいた。また、安全を考え、ニーキュに真実を伝えるつもりはまだなかったのだ。




「くっくっくっ。動揺しているのか」

 バフォールはまた面白いオモチャを見つけたかのようにニヤニヤと何かを思案している。

 緩んだ手を感じ取り、ニーキュは少し離れたアリスの所へと駆け出した。サンのことも気になるが、今はアリスの方が大事だった。たとえ利用しようと思われていたとしても、優しくしてもらえたことは嬉しかった。笑顔を見せてくれるアリスが大好きだった。

「そうか……それなら一緒にいかせてあげよう」

 バフォールは遠ざかるニーキュの背中に笑顔で手をかざす。先程と同じように赤黒い無数の槍が飛び出した――――。



 ニーキュの背中に衝撃と重みを感じる。それと同時に前に倒れ込んだニーキュは、アリスに覆い被さるように重なった。何が起きたかわからず、薄く目を開ける。体が痛い。それに、全身が重く、起き上がることができなかった。

「ああ、お前はなんと罪深い! 二人はお前のために犠牲になったのだ! お前のことを大切に思っていたというのに酷い人間だ」

 背後からバフォールの悲痛の声が聞こえた。その言葉にニーキュは、驚いた。嫌な予感を感じながら慌てて右を向くと銀色の髪がニーキュの顔にかかった。

「サン? ど、どうして……」

 力を込めて体を脇にそらし起き上がる。サンの体からも大量の血が流れ出ていた。真赤に染まる自分の手。アリスやサンの血でどんどん服が滲みてくる。

「あああ……ぼ、ぼくのせいだ……ぼくが……ぼくが……っ」

 倒れた二人を目の前に大粒の涙が次々と溢れ出る。

「そうだ、お前のせいだ。二人はもうまもなく死ぬ……」

 背後から冷たい言葉が返ってくる。しかし、ニーキュは聞き逃さなかった。


 『もうまもなく死ぬ』ということは、今はまだ二人は生きている!


 その時だった。眩しい光が辺りを包む。眩しくて目を閉じると誰かが自分の体を抱えた。


「嫌だ、離れたくない……」
「大丈夫、助けに来た。遅くなってすまない」

 聞き覚えのない声だった。しかし敵ではない気がする。

「ま、待って! 二人、生きてる! 二人も連れて行って! 二人を助けて!!」

 ニーキュは初めて大きな声を出した。

 必死だった。
 自分が何とかしなければいけないと思った。
 助けたい!

 助けたいんだ――!
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