恋するプリンセス ~恋をしてはいけないあなたに恋をしました~

田中桔梗

文字の大きさ
上 下
196 / 235
第16章 囚われた王女と失われた記憶

第196話 レイの失われた記憶2

しおりを挟む
 自分は一体何者であるのか。
 思い出そうにも知らないことを思い出そうとするように、何も出てこない……。
 この世界では自分自身ですら全く頼りにはならなかった。

 だから……。

「アラン。どこか行くの?」

 身支度を始めたアランを見て、夏だというのに急に寒気を感じた。一昨日の夜に出会い、昨日はずっと色々なことを教えてくれた。今は、アランと親父さんだけが頼りであり、心の支えだった。

「訓練所だ。文字読めるみたいだし、一人で本でも読んで待っていてくれてもいいが……一緒に来るか? 」
「行くっ!」

 知らない土地で生きる術も分からない俺は、一人になるのが怖い。だから、アランの側を離れたくなかった。きっと不安な表情が出てたのかもしれない。アランは俺の頭をくしゃりと撫でた。



 アトラス城の裏門から入るアランは、この国の騎士らしい。城内にある訓練所は、大きな四角い建物の中にあった。石で出来ているからか、中はひんやりとして涼しい。ここなら暑さで倒れることはないかもしれない。

 きょろきょろと中の様子を見ていると、大きな男の人とぶつかった。

「あっ、すみません」
「おう。気をつけろよ」

 顔を上げると目付きの鋭い男が睨んでいる。

「ああ、アルバート。ビルボートは来てるか?」
「さっき着替えてたからそろそろ来ると思うぜ。そいつ、新入りか?」
「いや、ただの見学だ」
「ふ~ん」

 アランと親しげに話しているアルバートと呼ばれる人は、俺の顔をジロジロと見てきた。凄く居心地が悪い上に、めちゃくちゃ怖い……。あまり関わりたくないな……。

「名前、何?」
「えっ……。あー……レイ……ラッシュウォールです……」

 この名前を本当に名乗ってもいいものなのだろうか。馴染まない名前を口にする。

「ラッシュウォール? ああ? アランとこの親戚か?」
「弟だ。仲良くしてやってくれ」
「はぁ? どういうことだよ? おい、アラン!」

 アランは目的の人物を見つけたらしく、アルバートさんの問いには答えずスタスタと歩き出した。俺も慌てて後に続く。

「ビルボート。今日からレイを見学させてもらってもいいか?」
「レイ? ああ、セロードから話は聞いてるぞ。そっか、君が……。初めまして、俺はこの騎士団の副隊長を務めるビルボートだ。よろしく」

 細い目をさらに細めて手を差し出してきた。アルバートさんとは違って優しそうだ。ほっと胸を撫でおろして握手を交わす。

「よ、よろしくお願いいたします」

 だけど握りしめた瞬間、ビルボートさんの眉間に皺が寄った。俺の手を引っ張り手のひらを見つめたり、肩や腕を強く触ってくる。

「あ、あの……」
「君、剣が使えるね?」
「え? ……ごめんなさい、わからないです……」
「君の右手は剣ダコが出来ているし、体もしっかり鍛えている。おい、アル!!」

 さっきのアルバートさんを呼ぶ。

「なんすか~?」

 だるそうにやってくるその姿はやっぱり怖い。

「ちょっくら、この子の相手をしてやってくれ。強さを見てみようと思ってな」

 ビルボートさんが嬉しそうに話すと「ふーん」と言いながら睨んでくる。

「え、でも俺……戦ったことがないので……」

 無理矢理ビルボートさんから木剣を持たされ、おどおどしながらアランを見る。

「気楽にやれ。アルバート、手加減してやってくれ」
「はいはーい、レイっつったっけ? よろしく~」

 握手を求められ、慌て手を差し出すとアルバートはガシッと掴み、大きく手を振った。

「緊張しなくていいからな~」

 そう言って笑った顔は温かい。悪い人じゃないのかも……?



 いざ戦ってみると、意外と自分の体はよく動いた。アルバートさんの剣筋も良く見える。ビルボートさんが言うように、俺は剣を握ったことがあるみたいだ。俺は一体何者なんだろう……。

「ほら、考え事してっと、怪我すっぞ!!」
「わっ!!」

 素早く鋭い剣が俺の剣を弾き、その勢いで体のバランスが崩れた。そこへアルバートさんの剣が横から襲ってくる。ヤバい、打たれる!!!

 咄嗟に目をつぶり手を前に掲げ、身を守った。と、思う。でもそうじゃなかった。来るはずの剣は襲ってはこなく、その代わりに眩い光と床に何かが落ちた衝撃音、そして膝を地につけたアルバートさんが驚いた顔をしてこっちを見ていた。

「はっ? お前、それ……」
「え……」

 辺りを見渡すと、ここにいた大勢の騎士の人たちも驚いた顔をして見ている。何かまずいことをした? 確かに体から何か出た気はするけど……。

「すげーーー!!! 魔法じゃん!!! 剣筋もめっちゃいいし、こいつぜってー、国の役に立つよ!!! おい、アラン!! なんでもっと早く連れてこなかったんだよ!!! おい、レイ!! もちろん騎士になるよな? 大丈夫、俺が色々と教えてやるからよ!!」

 アルバートさんの声で訓練場内はわぁっと声が上がった。よくわからないけど、みんなが凄い凄いって褒めてくれるのが嬉しかった。嬉しかったんだ……。



 きっとみんなの役に立てば親父さんやアランに恩返しができる。そう思って、俺は騎士になることに決めた。



 能力が認められ、数ヵ月後にはアランと同じ騎士となり、同じ部隊に配属された。名もない自分が認められたのだと凄くワクワクした瞬間だった。親父さんもアランも表情では分かりにくかったけど、とても喜んでいたように思う。

 騎士団の人達はみんな優しくしてくれ、仲間として、家族として受け入れてくれた。本当に居心地の良い場所だった。

「お、レイ。今日からK地区配属だったっけ?」

 寄宿舎から出ようとしたところで、アル先輩に呼び止められた。

「うん。俺もアル先輩みたいに功績上げてきますね」
「おぅ、しっかり頑張れよ! あ、なんかあったらアランじゃなくて俺に言えよ? 特に女関係な。あいつに聞いてもどーせわかんねーから」

 後半部分はコソコソと耳打ちされた。

「あはははは! うん、そうだね! アル先輩に聞きます」
「おい、行くぞ!」



 アランが寄宿舎の入り口まで迎えに来てくれていた。

「あ! ごめん、今行く! じゃ、アル先輩。休みの日になったらまた何処か連れていって下さいね!」

 大きく手を振る俺に「おうよ!」と応え、笑顔で見送ってくれた。



 未だに記憶は戻ってはいないけど、居場所を見つけたんだ。
 とても居心地のいい場所。
 記憶なんてなくてもいい。
 ただ、ずっとここにいたい。


 この場所を守りたい……。




しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

今宵、薔薇の園で

天海月
恋愛
早世した母の代わりに妹たちの世話に励み、婚期を逃しかけていた伯爵家の長女・シャーロットは、これが最後のチャンスだと思い、唐突に持ち込まれた気の進まない婚約話を承諾する。 しかし、一か月も経たないうちに、その話は先方からの一方的な申し出によって破談になってしまう。 彼女は藁にもすがる思いで、幼馴染の公爵アルバート・グレアムに相談を持ち掛けるが、新たな婚約者候補として紹介されたのは彼の弟のキースだった。 キースは長年、シャーロットに思いを寄せていたが、遠慮して距離を縮めることが出来ないでいた。 そんな弟を見かねた兄が一計を図ったのだった。 彼女はキースのことを弟のようにしか思っていなかったが、次第に彼の情熱に絆されていく・・・。

密室に二人閉じ込められたら?

水瀬かずか
恋愛
気がつけば会社の倉庫に閉じ込められていました。明日会社に人 が来るまで凍える倉庫で一晩過ごすしかない。一緒にいるのは営業 のエースといわれている強面の先輩。怯える私に「こっちへ来い」 と先輩が声をかけてきて……?

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

それぞれのその後

京佳
恋愛
婚約者の裏切りから始まるそれぞれのその後のお話し。 ざまぁ ゆるゆる設定

悪妃になんて、ならなきゃよかった

よつば猫
恋愛
表紙のめちゃくちゃ素敵なイラストは、二ノ前ト月先生からいただきました✨🙏✨ 恋人と引き裂かれたため、悪妃になって離婚を狙っていたヴィオラだったが、王太子の溺愛で徐々に……

甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・

希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!? 『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』 小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。 ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。 しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。 彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!? 過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。 *導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。 <表紙イラスト> 男女:わかめサロンパス様 背景:アート宇都宮様

処理中です...