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第16章 囚われた王女と失われた記憶
第192話 和解
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エリー王女がセイン王子の手を取りリビングに戻ると、落ち着かない様子のアラン、マーサの二人と目が合った。確認するように隣を見上げると、セイン王子が瞳を細めて頷く。
繋いだ手を離し、エリー王女はアランと向き合った。
「アラン、今まで心配をお掛けいたしました……。私は、国もセイン様も諦めないことに致しました」
「ああ」
ぶっきらぼうではあったが、アランは嬉しそうに小さく微笑んだ。アランの後ろに立つマーサは、ハンカチで目を押さえている。
「セイン。魔法薬が切れる前に早く陛下に会いに行った方が良い」
アランは直ぐに表情を固くし、セイン王子に声をかけた。
「あー、うん。でもこの格好で行くのは気が引けるな……。印象悪くなんない? ただでさえ悪いのに……大丈夫かな?」
セイン王子がスカートの裾を思いっきりたくし上げ、顔をしかめた。下着が見えそうで見えないくらいに足が露出する。
「は、はしたないことをするな! お前は今は女なんだからそんな――」
「俺の下着なんか見慣れてるからいいじゃん。ほら、女物じゃないよ?」
「分かったから見せなくて良い!」
赤く染めたアランは片手で顔を隠して、目を閉じた。
「あはは。そう恥ずかしがられるともっとやりたくなっちゃうんだけど」
「遊んでいる場合じゃないだろ。早く行け。侍女じゃないと陛下の部屋には入れない。陛下も分かってくださるだろう」
「うーん……まぁ、そうだよね……。じゃあ、頑張ってくる。エリー、また後でね」
不安げなエリー王女にセイン王子が笑顔を向ける。
「はい……。お父様に宜しくお伝え下さい。エリーはいつでもお父様を思っていると……」
捕らえられてから一度も会うことを許されていないエリー王女は、気持ちを込めて伝えた。
「分かった」
セイン王子はエリー王女の頬に唇を寄せてから、シトラル国王のもとへ向かった。
◇
シトラル国王の私室前にはアルバートが一人立っている。アルバートは未だに操られたままだ。
「陛下にお食事をお持ちしました」
侍女の格好をしたセイン王子がワゴンを押し、アルバートに見せる。
ワゴンの中身を確認しているアルバートの姿をセイン王子はじっと見つめた。感情もないようなその姿に、両手の拳に力がこもる。
「入っていい」
確認を済ませたアルバートは、セイン王子を部屋の中へと通した。
シトラル国王の私室はカーテンがいくつか閉じられており薄暗い。セイン王子はダイニングテーブルに食事を用意してから、シトラル国王を探した。寝室や書斎、執務室にもいない。しかし、執務室のカーテンが僅かに開いていることに気がつき、セイン王子はそのカーテンを大きく開けた。
ガラス戸を開け、バルコニーへ出ると冷たい風が肌を刺す。魔法で体温を調節し、辺りを見渡した。多くの植物が飾られ、奥には白く丸いテーブルと椅子が二脚置かれている。その一つにシトラル国王が座っていた。
何もせず、ただ空を見つめている。幾分か痩せ、顔色が悪い。大国の王だった面影はなく、そこにいるのも分からないほど存在を消していた。
セイン王子はゆっくりと近づき、テーブルを挟んだ位置から跪いた。
「ご無沙汰しております、シトラル陛下。セインです。勝手に入国して申し訳ございません」
怪訝な表情で跪く侍女を見つめるシトラル国王は、何かに気が付いた。
「ああ、魔法薬か……。面を上げ、そこに座ってはもらえないか?」
セイン王子は一礼し、目の前にある椅子に座る。疲弊しているシトラル国王の目には覇気が感じられなかった。
「ちょうどセイン王子とエリーのことを考えていた……。いや、なんでもない……。では要件を聞こうか」
「はい、ディーンとバフォールの件について陛下からご用命頂ければ弊国は力添えを致します。また、その際に対バフォールに向けて、私の記憶を戻すことをお許し願いたい」
「記憶を?」
「はい。記憶を消したことによって本来持っている力を全て発揮することが出来ません。バフォールの強大な力に立ち向かうためにもお願いいたします。それと、陛下に報告しなければならないことがございます」
「申してみよ」
「エリー様が弊国に訪れた際、偶然、学校でお会い致しました。ギルがエリー様を知っておりましたので、城に招いたのです。私の心はエリー様を見た瞬間から大きく揺れました」
セイン王子は自分の胸元を掴んだ。
「愛していると心が叫んでいるのです。そして、記憶の一部が蘇りました。エリー様を愛していたときの記憶です」
「……それほどエリーを愛してくれていたということか……。ありがとう。そして、すまなかった」
シトラル国王が頭を下げるとセイン王子は驚いた。
「陛下! 頭をお上げください!」
それでもシトラル国王は頭を上げようとしなかった。
「セイン王子が今までどれだけ我が国に貢献してきたかも知っている。また、エリーが誘拐された後の行動もアランより聞いた。私は……愛する者を失う悲しみや辛さはよく知っているのだ。にも関わらず二人を無理やり引き離したのだ。また、ローンズまでも良く思わず、リアム陛下にも冷たい態度を取ってしまった。その結果がこれなのだ」
「陛下、違います。私の行いは立場上、決して許されるものではございませんでした。それに陛下は、私の命が危ぶまれたためローンズへと返還して下さっただけです。どちらにせよ、あの状態ではエリー様とは結ばれることはありませんでした」
――――感謝しております。
その言葉にシトラル国王は強く胸に衝撃を受けた。ゆっくりと顔を上げ、セイン王子を見る。そこには女性の姿ではあるものの、凛々しく優しさの中に強さが見えた。
これがエリーが惚れた男なのか。
「セイン王子、ではディーンとバフォールの討伐を要請を願おう。また、記憶を取り戻すことを許可する」
「ありがとうございます」
セイン王子は頭を下げた。
「それともう一つ……いや、それはこの件が片付いてから言うとしよう」
シトラル国王が何を言おうとしていたのか分からなかったが、とりあえず許可を得ることができたことに安堵した。
繋いだ手を離し、エリー王女はアランと向き合った。
「アラン、今まで心配をお掛けいたしました……。私は、国もセイン様も諦めないことに致しました」
「ああ」
ぶっきらぼうではあったが、アランは嬉しそうに小さく微笑んだ。アランの後ろに立つマーサは、ハンカチで目を押さえている。
「セイン。魔法薬が切れる前に早く陛下に会いに行った方が良い」
アランは直ぐに表情を固くし、セイン王子に声をかけた。
「あー、うん。でもこの格好で行くのは気が引けるな……。印象悪くなんない? ただでさえ悪いのに……大丈夫かな?」
セイン王子がスカートの裾を思いっきりたくし上げ、顔をしかめた。下着が見えそうで見えないくらいに足が露出する。
「は、はしたないことをするな! お前は今は女なんだからそんな――」
「俺の下着なんか見慣れてるからいいじゃん。ほら、女物じゃないよ?」
「分かったから見せなくて良い!」
赤く染めたアランは片手で顔を隠して、目を閉じた。
「あはは。そう恥ずかしがられるともっとやりたくなっちゃうんだけど」
「遊んでいる場合じゃないだろ。早く行け。侍女じゃないと陛下の部屋には入れない。陛下も分かってくださるだろう」
「うーん……まぁ、そうだよね……。じゃあ、頑張ってくる。エリー、また後でね」
不安げなエリー王女にセイン王子が笑顔を向ける。
「はい……。お父様に宜しくお伝え下さい。エリーはいつでもお父様を思っていると……」
捕らえられてから一度も会うことを許されていないエリー王女は、気持ちを込めて伝えた。
「分かった」
セイン王子はエリー王女の頬に唇を寄せてから、シトラル国王のもとへ向かった。
◇
シトラル国王の私室前にはアルバートが一人立っている。アルバートは未だに操られたままだ。
「陛下にお食事をお持ちしました」
侍女の格好をしたセイン王子がワゴンを押し、アルバートに見せる。
ワゴンの中身を確認しているアルバートの姿をセイン王子はじっと見つめた。感情もないようなその姿に、両手の拳に力がこもる。
「入っていい」
確認を済ませたアルバートは、セイン王子を部屋の中へと通した。
シトラル国王の私室はカーテンがいくつか閉じられており薄暗い。セイン王子はダイニングテーブルに食事を用意してから、シトラル国王を探した。寝室や書斎、執務室にもいない。しかし、執務室のカーテンが僅かに開いていることに気がつき、セイン王子はそのカーテンを大きく開けた。
ガラス戸を開け、バルコニーへ出ると冷たい風が肌を刺す。魔法で体温を調節し、辺りを見渡した。多くの植物が飾られ、奥には白く丸いテーブルと椅子が二脚置かれている。その一つにシトラル国王が座っていた。
何もせず、ただ空を見つめている。幾分か痩せ、顔色が悪い。大国の王だった面影はなく、そこにいるのも分からないほど存在を消していた。
セイン王子はゆっくりと近づき、テーブルを挟んだ位置から跪いた。
「ご無沙汰しております、シトラル陛下。セインです。勝手に入国して申し訳ございません」
怪訝な表情で跪く侍女を見つめるシトラル国王は、何かに気が付いた。
「ああ、魔法薬か……。面を上げ、そこに座ってはもらえないか?」
セイン王子は一礼し、目の前にある椅子に座る。疲弊しているシトラル国王の目には覇気が感じられなかった。
「ちょうどセイン王子とエリーのことを考えていた……。いや、なんでもない……。では要件を聞こうか」
「はい、ディーンとバフォールの件について陛下からご用命頂ければ弊国は力添えを致します。また、その際に対バフォールに向けて、私の記憶を戻すことをお許し願いたい」
「記憶を?」
「はい。記憶を消したことによって本来持っている力を全て発揮することが出来ません。バフォールの強大な力に立ち向かうためにもお願いいたします。それと、陛下に報告しなければならないことがございます」
「申してみよ」
「エリー様が弊国に訪れた際、偶然、学校でお会い致しました。ギルがエリー様を知っておりましたので、城に招いたのです。私の心はエリー様を見た瞬間から大きく揺れました」
セイン王子は自分の胸元を掴んだ。
「愛していると心が叫んでいるのです。そして、記憶の一部が蘇りました。エリー様を愛していたときの記憶です」
「……それほどエリーを愛してくれていたということか……。ありがとう。そして、すまなかった」
シトラル国王が頭を下げるとセイン王子は驚いた。
「陛下! 頭をお上げください!」
それでもシトラル国王は頭を上げようとしなかった。
「セイン王子が今までどれだけ我が国に貢献してきたかも知っている。また、エリーが誘拐された後の行動もアランより聞いた。私は……愛する者を失う悲しみや辛さはよく知っているのだ。にも関わらず二人を無理やり引き離したのだ。また、ローンズまでも良く思わず、リアム陛下にも冷たい態度を取ってしまった。その結果がこれなのだ」
「陛下、違います。私の行いは立場上、決して許されるものではございませんでした。それに陛下は、私の命が危ぶまれたためローンズへと返還して下さっただけです。どちらにせよ、あの状態ではエリー様とは結ばれることはありませんでした」
――――感謝しております。
その言葉にシトラル国王は強く胸に衝撃を受けた。ゆっくりと顔を上げ、セイン王子を見る。そこには女性の姿ではあるものの、凛々しく優しさの中に強さが見えた。
これがエリーが惚れた男なのか。
「セイン王子、ではディーンとバフォールの討伐を要請を願おう。また、記憶を取り戻すことを許可する」
「ありがとうございます」
セイン王子は頭を下げた。
「それともう一つ……いや、それはこの件が片付いてから言うとしよう」
シトラル国王が何を言おうとしていたのか分からなかったが、とりあえず許可を得ることができたことに安堵した。
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