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第16章 囚われた王女と失われた記憶
第189話 契
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一週間前、透明の箱に入れられたエリー王女とアランは、壁をすり抜け真っ直ぐ謁見の間にたどり着いた。眼下に映るのは、セロードの手によって這いつくばるシトラル国王と、無表情で立ち尽くすヒースクリフとアルバート。そして玉座に座るディーン王子だ。
聞いていたこととは言え、突きつけられた現実に暗然として言葉を失った。
ゆっくりと階下に降ろされたエリー王女は、触れていた透明の壁が失くなったことが分かるとシトラル国王の下に駆け寄った。
「お父様!」
「エリー!」
「お父様……お父様の心はここにありますか?」
「ああ……今は正気だ……。しかし……」
僅かに顔を上げたシトラル国王の表情は疲弊しているようにも見える。
「セロード! 本当に心を取られてしまったのですか? セロード、お願い! 陛下を離して下さい!」
押さえつけているセロードの手を掴み、エリー王女は顔を上げて懇願した。しかし視線は遠く、耳に入っていないように見える。エリー王女はこみ上げる涙を堪え、階段上にいるディーン王子に視線を移した。
「ディーン様。これは一体どういうことでしょう? このようなことをしてどうするおつもりでしょうか」
震える足を抑えながら立ち上がると、エリー王女はディーン王子を睨む。それとは対称的にディーン王子は微笑みを浮かべていた。
「感動の再会はもうよろしいのですか?」
「ディーン王子!! 悪魔に手を染めて、ただで済むとお思いか!!」
アランがエリー王女の隣で剣を構え、叫ぶ。
「さあ、どうでしょうか。何事もやってみないと分からないものですから。大丈夫ですよ。私はあなた方を傷付けたいわけではありません。ただ、この国と……エリー王女を頂きたいだけです。さぁ、こちらへ」
玉座に座るディーン王子はエリー王女に向かって手を差し伸べた。
エリー王女はびくりと震え、両手を胸の前で握りしめる。
「こ、この国も私も、ディーン様のものにはなりません!」
「くっくっく。気高く美しいですね。本当に……。なら、これでどうでしょう。ソルブ、セロード」
ディーン王子が名前を呼ぶとソルブと呼ばれたバフォールがアランの背後に周り、細く鋭い爪を首に突き立てる。セロードはシトラル国王の首に短剣を添えた。
「お父様っ!! アラン……!!」
「私の合図でここは真っ赤な血で染まってしまうでしょうね。さぁ、エリー王女。こちらへ」
もう一度手を差し伸べるディーン王子を見上げ、エリー王女は厚く重い空気を飲み込む。
「……わ、わかりました」
「エリー!!」
「エリー様っ!!」
シトラル国王とアランが同時に呼び止めると、エリー王女は固く目をつぶった。
「……大丈夫です。お父様……アラン」
拳にぐっと力を入れ、鉛のような足を一歩ずつ前に押し出し、ゆっくりと階段を上っていく。
アランはそんなエリー王女を固唾を呑んで見守るしかなかった。何も出来ない弱い自分に腹が立ち、右手に掴んだ剣が震える。
「悔しいか、人間。私の腕の中でただ震えているだけで、お前は何も出来ない。無力だな」
耳元で囁く悪魔の声に何も言い返すことが出来なかった。倒すことも逃げることも出来ない。何が側近だろうかとアランはエリー王女の背中を見つめながら自分を責めていた。
玉座に座るディーン王子はというと、真っ直ぐ自分を見つめながら階段を登ってくるエリー王女を見て高揚感を得ていた。まもなく美しく気高い王女が自分の腕に収まるのだと思うと、どくどくと血が滾ってくる。最後の段を登りきったエリー王女に、逸る気持ちを抑えられず右手で引き寄せた。
「あっ……」
膝の上に座らせると、エリー王女の瞳が不安げに揺れる。
「美しい……。あなたは私の妻となるのです。そうすれば、この国も、ここにいる誰もが傷付くことはありません。全てはあなた次第」
左指の背で頬を優しく撫で上げると、ビクリとエリー王女の体が跳ねた。良い反応を見せるエリー王女にディーン王子は舌なめずりする。
「私……次第……」
「ええ、そうですよ」
思案するようにエリー王女はじっと固まった。
「あの……もし、私が妻となったならば他国とも争うこともなく、誰も傷付けないということで間違いないでしょうか? 今までのように……我が国が平和のまま……ディーン様は導いて下さるのでしょうか?」
エリー王女が震える声でディーン王子に尋ねると、ディーン王子が目を細めた。
「勿論です。あなたに約束をしましょう。皆を操り、屈服させることは容易いですが、私は極力その手は使いません。でなければわざわざあなたに伺うことはしませんからね。ただ、あなたの愛が条件なだけです」
じっと見つめるエリー王女の瞳には、じんわりと涙が浮かび上がる。
アトラス王国を盾に取った貧相な男と契を交わすのだ。泣きたくなるのもディーン王子には分かっているつもりだ。ただそんな中でも、気丈に決して瞳を逸らすことはしないエリー王女にディーン王子の心は、喜びに震えていた。
これ程までに自分を見てくれていたことがあっただろうか。
「さあ、どうしますか?」
「…………わ、分かりました。私はディーン様の妻となりましょう」
エリー王女の言葉にディーン王子は笑みを深めた。
聞いていたこととは言え、突きつけられた現実に暗然として言葉を失った。
ゆっくりと階下に降ろされたエリー王女は、触れていた透明の壁が失くなったことが分かるとシトラル国王の下に駆け寄った。
「お父様!」
「エリー!」
「お父様……お父様の心はここにありますか?」
「ああ……今は正気だ……。しかし……」
僅かに顔を上げたシトラル国王の表情は疲弊しているようにも見える。
「セロード! 本当に心を取られてしまったのですか? セロード、お願い! 陛下を離して下さい!」
押さえつけているセロードの手を掴み、エリー王女は顔を上げて懇願した。しかし視線は遠く、耳に入っていないように見える。エリー王女はこみ上げる涙を堪え、階段上にいるディーン王子に視線を移した。
「ディーン様。これは一体どういうことでしょう? このようなことをしてどうするおつもりでしょうか」
震える足を抑えながら立ち上がると、エリー王女はディーン王子を睨む。それとは対称的にディーン王子は微笑みを浮かべていた。
「感動の再会はもうよろしいのですか?」
「ディーン王子!! 悪魔に手を染めて、ただで済むとお思いか!!」
アランがエリー王女の隣で剣を構え、叫ぶ。
「さあ、どうでしょうか。何事もやってみないと分からないものですから。大丈夫ですよ。私はあなた方を傷付けたいわけではありません。ただ、この国と……エリー王女を頂きたいだけです。さぁ、こちらへ」
玉座に座るディーン王子はエリー王女に向かって手を差し伸べた。
エリー王女はびくりと震え、両手を胸の前で握りしめる。
「こ、この国も私も、ディーン様のものにはなりません!」
「くっくっく。気高く美しいですね。本当に……。なら、これでどうでしょう。ソルブ、セロード」
ディーン王子が名前を呼ぶとソルブと呼ばれたバフォールがアランの背後に周り、細く鋭い爪を首に突き立てる。セロードはシトラル国王の首に短剣を添えた。
「お父様っ!! アラン……!!」
「私の合図でここは真っ赤な血で染まってしまうでしょうね。さぁ、エリー王女。こちらへ」
もう一度手を差し伸べるディーン王子を見上げ、エリー王女は厚く重い空気を飲み込む。
「……わ、わかりました」
「エリー!!」
「エリー様っ!!」
シトラル国王とアランが同時に呼び止めると、エリー王女は固く目をつぶった。
「……大丈夫です。お父様……アラン」
拳にぐっと力を入れ、鉛のような足を一歩ずつ前に押し出し、ゆっくりと階段を上っていく。
アランはそんなエリー王女を固唾を呑んで見守るしかなかった。何も出来ない弱い自分に腹が立ち、右手に掴んだ剣が震える。
「悔しいか、人間。私の腕の中でただ震えているだけで、お前は何も出来ない。無力だな」
耳元で囁く悪魔の声に何も言い返すことが出来なかった。倒すことも逃げることも出来ない。何が側近だろうかとアランはエリー王女の背中を見つめながら自分を責めていた。
玉座に座るディーン王子はというと、真っ直ぐ自分を見つめながら階段を登ってくるエリー王女を見て高揚感を得ていた。まもなく美しく気高い王女が自分の腕に収まるのだと思うと、どくどくと血が滾ってくる。最後の段を登りきったエリー王女に、逸る気持ちを抑えられず右手で引き寄せた。
「あっ……」
膝の上に座らせると、エリー王女の瞳が不安げに揺れる。
「美しい……。あなたは私の妻となるのです。そうすれば、この国も、ここにいる誰もが傷付くことはありません。全てはあなた次第」
左指の背で頬を優しく撫で上げると、ビクリとエリー王女の体が跳ねた。良い反応を見せるエリー王女にディーン王子は舌なめずりする。
「私……次第……」
「ええ、そうですよ」
思案するようにエリー王女はじっと固まった。
「あの……もし、私が妻となったならば他国とも争うこともなく、誰も傷付けないということで間違いないでしょうか? 今までのように……我が国が平和のまま……ディーン様は導いて下さるのでしょうか?」
エリー王女が震える声でディーン王子に尋ねると、ディーン王子が目を細めた。
「勿論です。あなたに約束をしましょう。皆を操り、屈服させることは容易いですが、私は極力その手は使いません。でなければわざわざあなたに伺うことはしませんからね。ただ、あなたの愛が条件なだけです」
じっと見つめるエリー王女の瞳には、じんわりと涙が浮かび上がる。
アトラス王国を盾に取った貧相な男と契を交わすのだ。泣きたくなるのもディーン王子には分かっているつもりだ。ただそんな中でも、気丈に決して瞳を逸らすことはしないエリー王女にディーン王子の心は、喜びに震えていた。
これ程までに自分を見てくれていたことがあっただろうか。
「さあ、どうしますか?」
「…………わ、分かりました。私はディーン様の妻となりましょう」
エリー王女の言葉にディーン王子は笑みを深めた。
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