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第16章 囚われた王女と失われた記憶
第188話 布告
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まただ……また守れなかった……。
いつもこの手から離れて行ってしまう……。
もっと力があれば……。
まどろんだ世界でセイン王子は自分を責め続けていた。
周りで多くの人の声が聞こえる。その声は靄がかかったように上手く聞きとれない。自分に話しかけているような気はしたが、セイン王子には答える気力はない。体はずっしりと重く、地面にのめり込んでいるのではないかと思うほどだった。
そしてまた意識が遠のいていく――――。
◇
天井に吊るされた明かりがぼんやりと眼に映る。ここが何処で今まで何をしていたのか分からず、その明りをセイン王子は眺めながら思い出そうとした。
「エリー……」
自分で出した声にハッとして飛び起きる。
「セイン様! 良かった意識が戻られたのですね!」
セイン王子のすぐ側で座りながら寝ていたギルは目を輝やかせながら顔を覗き込んできた。
「ギル、エリーはどこ?」
前のめりになりながら尋ねるセイン王子に対し、ギルの顔が曇る。
「……なんで目をそらすの? それに、ここ……中心街から離れた滞在所だ……」
周りを見渡してからもう一度ギルを見つめた。
「何があったのか教えて」
「はい……すぐに陛下を呼んで参ります。お話は陛下からお聞きください……」
ギルが神妙な面持ちで部屋から出て行くと、セイン王子は体を前に倒し、胸を押さえた。嫌な予感に心臓がぎゅっと締めつけてきたからだ。落ち着けと自分に言い聞かせ、呼吸を整える。
すぐにリアム国王とギルが部屋に入ってきた。セイン王子は立ち上がろうとしたが、リアム国王は片手を上げそれを制す。
「そのままで。体の方はどうだ?」
ベッド脇の椅子に座り、労わるようにセイン王子の腕をさする。
「大丈夫。それよりも兄さん、状況を教えて」
悲痛な面持ちのセイン王子を見据え、リアム国王はわかったと頷いた。
「意識不明の状態だったお前は、簡易的に設置された救護室に運ばれた。セルダが持ってきた魔法薬を使用したが、効果が薄く回復する兆しがなかったそうだ。我々は魔力戦闘部隊の子供たちを保護すべく少し離れていたため、直ぐに回復してやることが出来なかったのだ。私とギルが到着した時には虫の息だったのだが、ギルの魔法でなんとか呼吸と心臓は安定させることができた。ただ、対処が遅かったせいかお前はずっと眠ったままだった……」
「ずっと? じゃあ俺、どれくらい寝てたの?」
「一週間だ」
「そんなに!? え? エリーは? アトラスは? バフォールは?」
リアム国王は落ち着いて欲しいと言わんばかりに肩を優しく叩く。
「あの日の明け方、シトラル国王より布告があった。ディーン王子は潔白であり、デール王国からアトラス王国を救ったと。そして……」
そこで言葉に詰まるリアム国王に対し、セイン王子は顔をしかめた。
「……そして何?」
嫌な予感しかしない。思わず棘のある言い方をしてしまった。リアム国王は一呼吸置き、真っ直ぐセイン王子を見据えた。
「……そして、エリー王女との婚姻が決まったと」
――――ドクン。
その瞬間、セイン王子は暗闇に放り込まれたような気がした。
理解が出来ない。
「……なんで……なんであいつを野放しにしているの?」
セイン王子は心の整理ができておらず、震える声で聞いた。
「国王自らの布告だったからだ。これはディーンが次期国王となると宣言したのも同じだ。ディーン王子を攻めるということはアトラスを攻めることになる。もし我々ローンズが手を出せば国交問題となり、いわゆる戦争となるだろう。そのため大きく手を出せない。現時点ではアトラスの内部だけの問題なんだ」
「なんでだよ! バフォールに操られているのは分かっているじゃないか! 戦争だってなんだってすればいい!! エリーを助けるのが最優先じゃないか!!」
その表情は怒りと困惑に満ちていた。
「セイン、落ち着け。戦争が始まればアトラス王国自体の被害が大きくなる。関係のない国民が一番の犠牲となるんだ」
「だけどっ!!」
「セインっ!! いいか、ちゃんと冷静になれ。冷静にならなければ道は開かれない。それに、私は大きく手を出せないと言っただけで、出さないとは言っていない」
身を乗り出したリアム国王に腕を強く掴まれ、セイン王子は短くも深い息を一つ吐いた。何か言いたそうにリアム国王を睨むが何も出てこない。リアム国王が何も考えていないわけがないのは分かっていた。
セイン王子は大きく空気を吸い込み呼吸を整える。
その様子からリアム国王は話を続けた。
「国民と一部の兵士は真実を知らない。そのままシトラル国王の言葉を信じ、いつも通り元の生活を送っている」
「……それは安全なの?」
「ディーンはアトラスを破壊したいわけではなく、大国を治めたいだけなのだろう。変わった様子はなにもない。むしろ真面目に国務を行っているようだ。だから普段通りにしていた方がむしろ安全だ。ただ、主要部隊にバフォールの息がかかるのはこちらとしては分が悪い。ビルボート率いる騎士団には魔力への抵抗力を高める魔法薬を渡すようセルダに指示してある」
「ということは、真実を知っている全員もいつも通り生活をしているということだね」
「ああ。あとはバフォールを封印するだけなんだが……」
リアム国王の表情は険しいものだった。
「何か問題でもあるの?」
「……封印していた箱がなかったそうだ」
「箱がない……。あれって、他に代用できないの?」
セイン王子がリアム国王の後ろに立っているギルに尋ねる。
「以前文献を見たとき、アランさんが他では見たことのない材質だと言っていました。すみません……」
ギルは自分の過失であるかのように申し訳なさそうに答えた。
「ってことは、封印は出来ないんだ……。早くしないとエリーが……。ねぇ! 婚儀はいつとか言ってた?」
「あと三週間後だそうだ」
「三週間……。くっ……ディーンめ!! 早急になんとかしないと! エリーは今どうしてるの? 操られてるの? もう既に一週間も経っているんだ! 万が一……万が一エリーがディーンに襲われていたら……」
セイン王子の握りしめた拳が震える。
冷静になろうとするも、焦りと苛立ちが募るばかりだった。
いつもこの手から離れて行ってしまう……。
もっと力があれば……。
まどろんだ世界でセイン王子は自分を責め続けていた。
周りで多くの人の声が聞こえる。その声は靄がかかったように上手く聞きとれない。自分に話しかけているような気はしたが、セイン王子には答える気力はない。体はずっしりと重く、地面にのめり込んでいるのではないかと思うほどだった。
そしてまた意識が遠のいていく――――。
◇
天井に吊るされた明かりがぼんやりと眼に映る。ここが何処で今まで何をしていたのか分からず、その明りをセイン王子は眺めながら思い出そうとした。
「エリー……」
自分で出した声にハッとして飛び起きる。
「セイン様! 良かった意識が戻られたのですね!」
セイン王子のすぐ側で座りながら寝ていたギルは目を輝やかせながら顔を覗き込んできた。
「ギル、エリーはどこ?」
前のめりになりながら尋ねるセイン王子に対し、ギルの顔が曇る。
「……なんで目をそらすの? それに、ここ……中心街から離れた滞在所だ……」
周りを見渡してからもう一度ギルを見つめた。
「何があったのか教えて」
「はい……すぐに陛下を呼んで参ります。お話は陛下からお聞きください……」
ギルが神妙な面持ちで部屋から出て行くと、セイン王子は体を前に倒し、胸を押さえた。嫌な予感に心臓がぎゅっと締めつけてきたからだ。落ち着けと自分に言い聞かせ、呼吸を整える。
すぐにリアム国王とギルが部屋に入ってきた。セイン王子は立ち上がろうとしたが、リアム国王は片手を上げそれを制す。
「そのままで。体の方はどうだ?」
ベッド脇の椅子に座り、労わるようにセイン王子の腕をさする。
「大丈夫。それよりも兄さん、状況を教えて」
悲痛な面持ちのセイン王子を見据え、リアム国王はわかったと頷いた。
「意識不明の状態だったお前は、簡易的に設置された救護室に運ばれた。セルダが持ってきた魔法薬を使用したが、効果が薄く回復する兆しがなかったそうだ。我々は魔力戦闘部隊の子供たちを保護すべく少し離れていたため、直ぐに回復してやることが出来なかったのだ。私とギルが到着した時には虫の息だったのだが、ギルの魔法でなんとか呼吸と心臓は安定させることができた。ただ、対処が遅かったせいかお前はずっと眠ったままだった……」
「ずっと? じゃあ俺、どれくらい寝てたの?」
「一週間だ」
「そんなに!? え? エリーは? アトラスは? バフォールは?」
リアム国王は落ち着いて欲しいと言わんばかりに肩を優しく叩く。
「あの日の明け方、シトラル国王より布告があった。ディーン王子は潔白であり、デール王国からアトラス王国を救ったと。そして……」
そこで言葉に詰まるリアム国王に対し、セイン王子は顔をしかめた。
「……そして何?」
嫌な予感しかしない。思わず棘のある言い方をしてしまった。リアム国王は一呼吸置き、真っ直ぐセイン王子を見据えた。
「……そして、エリー王女との婚姻が決まったと」
――――ドクン。
その瞬間、セイン王子は暗闇に放り込まれたような気がした。
理解が出来ない。
「……なんで……なんであいつを野放しにしているの?」
セイン王子は心の整理ができておらず、震える声で聞いた。
「国王自らの布告だったからだ。これはディーンが次期国王となると宣言したのも同じだ。ディーン王子を攻めるということはアトラスを攻めることになる。もし我々ローンズが手を出せば国交問題となり、いわゆる戦争となるだろう。そのため大きく手を出せない。現時点ではアトラスの内部だけの問題なんだ」
「なんでだよ! バフォールに操られているのは分かっているじゃないか! 戦争だってなんだってすればいい!! エリーを助けるのが最優先じゃないか!!」
その表情は怒りと困惑に満ちていた。
「セイン、落ち着け。戦争が始まればアトラス王国自体の被害が大きくなる。関係のない国民が一番の犠牲となるんだ」
「だけどっ!!」
「セインっ!! いいか、ちゃんと冷静になれ。冷静にならなければ道は開かれない。それに、私は大きく手を出せないと言っただけで、出さないとは言っていない」
身を乗り出したリアム国王に腕を強く掴まれ、セイン王子は短くも深い息を一つ吐いた。何か言いたそうにリアム国王を睨むが何も出てこない。リアム国王が何も考えていないわけがないのは分かっていた。
セイン王子は大きく空気を吸い込み呼吸を整える。
その様子からリアム国王は話を続けた。
「国民と一部の兵士は真実を知らない。そのままシトラル国王の言葉を信じ、いつも通り元の生活を送っている」
「……それは安全なの?」
「ディーンはアトラスを破壊したいわけではなく、大国を治めたいだけなのだろう。変わった様子はなにもない。むしろ真面目に国務を行っているようだ。だから普段通りにしていた方がむしろ安全だ。ただ、主要部隊にバフォールの息がかかるのはこちらとしては分が悪い。ビルボート率いる騎士団には魔力への抵抗力を高める魔法薬を渡すようセルダに指示してある」
「ということは、真実を知っている全員もいつも通り生活をしているということだね」
「ああ。あとはバフォールを封印するだけなんだが……」
リアム国王の表情は険しいものだった。
「何か問題でもあるの?」
「……封印していた箱がなかったそうだ」
「箱がない……。あれって、他に代用できないの?」
セイン王子がリアム国王の後ろに立っているギルに尋ねる。
「以前文献を見たとき、アランさんが他では見たことのない材質だと言っていました。すみません……」
ギルは自分の過失であるかのように申し訳なさそうに答えた。
「ってことは、封印は出来ないんだ……。早くしないとエリーが……。ねぇ! 婚儀はいつとか言ってた?」
「あと三週間後だそうだ」
「三週間……。くっ……ディーンめ!! 早急になんとかしないと! エリーは今どうしてるの? 操られてるの? もう既に一週間も経っているんだ! 万が一……万が一エリーがディーンに襲われていたら……」
セイン王子の握りしめた拳が震える。
冷静になろうとするも、焦りと苛立ちが募るばかりだった。
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