恋するプリンセス ~恋をしてはいけないあなたに恋をしました~

田中桔梗

文字の大きさ
上 下
182 / 235
第15章 再来

第182話 遁走(とんそう)

しおりを挟む
 城内の廊下を駆けながら、今起きた非現実的な出来事を頭の中で整理する。


 あのまま三人を置いてきて本当に良かったのだろうか……もしも……。
 いや、殺すつもりなら最初から殺していたはずだ。まずはエリーを守り、兄さんと合流しよう。
 だけどその前に……。


 セイン王子の不安はぬぐい切れず、やりきれない思いが溢れていた。それでも、今できる精一杯なことをやろうと前を向く。

「ジェルミア様。私は少し寄るところがございますので、エリー様を街の外にいるリアム陛下のところまで連れて行って下さい。私は後から参ります」
「え!? セイン様はどちらへ!? ……って、行ってしまわれた……」

 脱兎の如くセイン王子はどこかへ走り去ってしまった。ジェルミア王子は仕方なくそのまま先ほどのホールへと向かう。走りながら、約二年前にアトラス城を襲ったバフォールの行ったことを思い出していた。

 当時ジェルミア王子も城に呼ばれていたため、バフォールのことは知っている。
 バフォールとの戦いによって、エリー王女と関係のあったレイが亡くなり、エリー王女は悲しみで見るに耐えられない状態になった。それが今また城を襲い、唯一の肉親である父親が囚えられたと知れば、エリー王女の心は耐えられないだろう……。

 ジェルミア王子は、エリー王女を想い胸を痛めた。

「支えになってくれる人は出来たようですが……」

 あれほど誰も入る隙のなかったエリー王女の心は今、セイン王子に向いている。ジェルミア王子はそのことについて驚きと深い傷を受けていた。デール王国を統治する目的が出来てから、エリー王女のことは諦めてはいたが、そう簡単に心は変わっていない。二人の様子を見るのは心が抉られた。

 セイン王子はレイに似ている。

 そのことに気がついたジェルミア王子の心は複雑に歪んだ。顔が同じであれば誰でも良かったのか。レイへの想いはそんなものだったのか。それともレイの代わりなのか……。
 セイン王子の人となりは、デール王国からアトラス王国へ来るまでの間で多少理解した。ジェルミア王子は好ましく思っていただけに、どう整理して良いのか分からなかった。

「いや、私の心などどうでもいい。今はそんなことを考えている時ではない」

 色々なことが一度に起き、混乱したままジェルミア王子は走っていく。
 ホールに近づくと、楽しそうに話している声が聞こえてきた。ジェルミア王子は覚悟を決め、息を切らしながら階段上からエリー王女に向かって叫ぶ。

「エリー様! 急いでこの城からお逃げ下さい!」

 一斉に視線が集まる。

「どうされたのですか?」

 ジェエルミア王子の表情で不穏な状況を察したエリー王女が顔を曇らせた。階段を駆け下り、エリー王女の前に立つとゆっくりと声を落とす。

「エリー様……落ち着いて聴いて下さい。ディーン王子の側近がバフォールと契約しました。今、この城はディーン王子とバフォールによって占拠されております」
「えっ……そ、そんな……っ! お父様は? お父様はご無事でしょうか!?」

 縋り付くようにジェルミア王子に問いかける。

「生きてはおりますが、バフォールの魔法によって洗脳されておりました。エリー様!」

 その言葉を聞いたエリー王女は、意識が遠のいた。慌ててアランが支え、ジェルミア王子に視線を移す。

「ジェルミア様。セイン様やセロードはどうしたのでしょうか?」
「セイン様はどこかに寄ってから来るそうです。セロードは……。まずは外の騎士団とリアム陛下と合流し、対策を練りましょう」
「分かりました。アルバート! ここから急ぎ離れるぞ!」

 アランはエリー王女を背中に背負うと、全員がホールから外へ飛び出した。

 その時だった。
 空から黒い翼を広げたソルブが目の前に降り立った。黒く光る瞳を細め、手を大きく広げる。

「ほぅ……。王女を連れて何処かに行くのか?」
「バ、バフォール!!」

 アルバートとジェルミア王子が剣を抜き、アランの前に出た。

「ああ、お前たちの恐怖を感じる……くっくっくっく。やはりこの世界は楽しい……だが、戦いはしない。お前と……お前と……お前……三人はこの城から出てはダメだそうだ」

 バフォールは細い指でエリー王女、アラン、アルバートをゆっくりと指し示す。

 アランは指された瞬間に背筋が凍った。
 城内の兵士は少なく、騎士はいない。エリー王女を背負った状態でバフォールからは逃れることは出来ない。ましてや標的とされているのであれば尚更だった。

「アラン、俺が食い止めている隙に逃げろ。うおおおおおおおおおっ!!」

 アルバートがバフォールへ突撃し、ジェルミア王子もそれに続く。その隙にアラン、エリー王女、マーサ、サラの四人と一部の兵士は一旦城に戻った。

 バフォールは両手に魔力を込め、アルバートが振り下ろした剣を素手で受け止める。

「そんなに戦いたいのであれば、少し遊んであげよう」

 バフォールがアルバートとジェルミア王子を吹き飛ばし、手から剣を作り出す。近くにいた兵士達も参戦し、切りかかったが兵士達は次々となぎ倒されていく。

「何という手応えのなさ……。危なく殺してしまうところだったではないか……」

 つまらなそうに眉間に皺を寄せ、バフォールが呟いた。

 バフォールの後方では、アルバートが気配を消しながら低い姿勢で右上に剣を切り上げる。切られた部分から黒い煙が立ち上がり、バフォールの体が消えた。

「お前はまあまあだな。しかし、私を倒すことは出来なさそうだ」

 いつの間にかアルバートの後ろに移動していたバフォールが余裕な笑みを浮かべ、アルバートに向かって手をかざす――――。





 ◇

 アルバート等が戦っている間、アランは城内にある通路を突き進む。近くにいた兵士達四名もアランに続いた。

「サラ、マーサさん。二人はこっちの兵士二人に誘導してもらいながら街の外まで逃げてください。我々は別の道を行く」
「アランっ!」

 サラが抗議の声を上げる。

「あいつが狙っているのは俺らだ。一緒にいては危険だ」

 不安な顔を見せるサラだったが、気持ちを組んだのか大きく頷いた。

「分かった……絶対にエリーを守ってね!」
「ああ、任せておけ」

 二人が行ったことを確認し、アランもまた別の出口へと急いだ。


 バフォールはどこまで自分たちの気配を感じ取ることが出来るのだろうか?
 このまま本当に逃げ切れるのだろうか? 
 しかし、命に変えてでもエリー王女を守らなければならない。


 アランは背中に重みを感じながらひたすら走った。

「そうだ……」

 ふと立ち止まり、アランは一人の兵士に指示を出す。

「バフォールを閉じ込めていた部屋に正方形の黒い箱のようなものが落ちているかもしれない。それがあればバフォールをもう一度封印することが出来るはずだ。それを探し出してきてほしい」
「わかりました!」

 この国にギルがいる。それに、世界最強と呼ばれたリアム国王もいる。
 これほど心強いものはない。

「何としてでもエリー様をお守りする。急ごう」
「はっ!」

 まずは逃げることを優先に、アランと兵士は秘密の地下通路へと入って行った。



しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

今宵、薔薇の園で

天海月
恋愛
早世した母の代わりに妹たちの世話に励み、婚期を逃しかけていた伯爵家の長女・シャーロットは、これが最後のチャンスだと思い、唐突に持ち込まれた気の進まない婚約話を承諾する。 しかし、一か月も経たないうちに、その話は先方からの一方的な申し出によって破談になってしまう。 彼女は藁にもすがる思いで、幼馴染の公爵アルバート・グレアムに相談を持ち掛けるが、新たな婚約者候補として紹介されたのは彼の弟のキースだった。 キースは長年、シャーロットに思いを寄せていたが、遠慮して距離を縮めることが出来ないでいた。 そんな弟を見かねた兄が一計を図ったのだった。 彼女はキースのことを弟のようにしか思っていなかったが、次第に彼の情熱に絆されていく・・・。

密室に二人閉じ込められたら?

水瀬かずか
恋愛
気がつけば会社の倉庫に閉じ込められていました。明日会社に人 が来るまで凍える倉庫で一晩過ごすしかない。一緒にいるのは営業 のエースといわれている強面の先輩。怯える私に「こっちへ来い」 と先輩が声をかけてきて……?

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

それぞれのその後

京佳
恋愛
婚約者の裏切りから始まるそれぞれのその後のお話し。 ざまぁ ゆるゆる設定

悪妃になんて、ならなきゃよかった

よつば猫
恋愛
表紙のめちゃくちゃ素敵なイラストは、二ノ前ト月先生からいただきました✨🙏✨ 恋人と引き裂かれたため、悪妃になって離婚を狙っていたヴィオラだったが、王太子の溺愛で徐々に……

甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・

希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!? 『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』 小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。 ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。 しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。 彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!? 過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。 *導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。 <表紙イラスト> 男女:わかめサロンパス様 背景:アート宇都宮様

処理中です...