恋するプリンセス ~恋をしてはいけないあなたに恋をしました~

田中桔梗

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第15章 再来

第181話 新国王

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 階段を上るにつれて、一本の黒い線が体にまとわりつくような違和感をセイン王子は感じていた。腕を何度か擦ってみてもそれが取れることはない。

「セイン様、如何されました?」

 後ろを歩くジェルミア王子が不思議そうに顔を覗き込んでくる。

「いえ、何でもありません。いささか緊張しているみたいです」
「セイン様でも緊張されるのですね。演説の時はとてもそのようには見えませんでしたが」
「そうですね。シトラル陛下は少し特別ですので」

 本来であれば入国すら許されないセイン王子にとって、シトラル国王との謁見はとても心が重くなることだった。しかし何れエリー王女との関係を認めて貰わなければならない。セイン王子は気持ちを奮い立たせるために、大きく息を吸った。

「失礼します!」

 階段上から兵士が降りてきて、セロードに敬礼をする。

「陛下より、今すぐ謁見の間に来るようにと伝達がございました! 宜しくお願い致します」
「謁見の間? まだセイン様とジェルミア様が来られたことはご存じないはず……何故?」

 兵士が知るはずもなく、ただ困ったように肩を竦めた。

「まぁいい。ローンズ王国のセイン王子とデール王国のジェルミア王子も一緒に向かうと伝えよ」
「はっ!」

 素早く立ち去った兵士の後ろ姿を見つめながらセロードは考える。

「ディーン王子を捕らえたのかもしれません。急ぎましょう」

 謁見の間は三階大通路の奥にある。他の通路とは違い、きらびやかではあるものの、とても厳かな雰囲気で重い。ここを通る者は誰もが気持ちを引き締めさせられた。

 セイン王子達がそこを通る時もまた、同じように緊張感を煽られた。しかし、それとはまた違った何かをセイン王子は感じ、剣帯を掴む。

「セロード。謁見の間から強い魔力を感じます……。何があるのですか?」
「魔力? いや、何も聞いておりませんが……」

 セイン王子がじっと謁見の間の大きな扉を睨むと、セロードも眉間にシワを寄せて約十メートル先にある扉を見つめる。

「……では、私が先に様子を見て参りますので、お二人はここでお待ち下さい」

 そう言い残し、セロードが数歩進んだ時だった。勢いよく両開きの扉が開いた。そこから風が吹きすさび、三人の髪を大きく揺らす。

「ローンズ王国のセイン王子とデール王国の次期国王ジェルミア王子。こちらへ」

 遠くにいるはずのシトラル国王の声が届いた。
 三人は顔を見合わせて、顔を強張らせる。シトラル国王の声には違いないが、空気が震えるように冷気を感じた。

「確かにおかしい……。警戒はしておくべきでしょう……」

 セロードは二人にしか聞こえないように声を落とす。
 三人は神経を研ぎ澄ませながらゆっくりと前へ歩を進めた。





 謁見の間は、太い支柱が左右に立ち並び、深紅の国旗が飾られている。その奥には、七段ある深紅の台座。後ろには一段ときらびやかな装飾が施された壁。主張するように置かれた輝く玉座。いつもと変わらない内装ではあったが、大きく違うところが一つあった。

 そこに座っていたのは、シトラル国王ではない。

「ディーン王子、何故そこに!?」

 三人が驚いたのも無理はない。ディーン王子がいたその場所は、国王のみが座ることを許される玉座だった。

「ようこそ、ジェルミア陛下。セイン王子。我が国へよく来てくださいました」

 ディーン王子は足を組み、片肘をつき、目を細めた。



「なっ! 我が国とはどういうことだ! シトラル陛下! 陛下は何故台座の下に立たれていらっしゃるのでしょうか!」

 セロードが声を荒げながら剣を抜く。
 台座の前にシトラル国王と第二側近であるヒースクリフが立っていた。二人の視線はただ真っ直ぐ前を向いている。

「セロード。この部屋は大きな魔力が働いています」

 セイン王子は魔力の出処を確かめるべく、意識を集中させる。勝ち誇ったようにニヤニヤと笑みを浮かべるディーン王子とその隣に立つ側近のソルブ。魔力を持つものはここには誰もいない。

「シトラル陛下が是非私に国王になってほしいと仰るので。セロードも分かってくれますよね?」

 王座に座るディーン王子がセロードに語りかける。すると、剣を構えていたセロードは鞘に剣を収め跪いた。

「はい、ディーン陛下」
「セロード!? 一体どうしたというのだ!!」
「あ……操られている……?」

 隣に立つジェルミア王子が小さく声を漏らす。
 まさにその通りの状況だった。

「ディーン王子。一体何をした!!」
「おやおや、穏やかじゃありませんね。見ての通り、認められたのですよ。さて、お二人には今度とも国同士のお付き合いをしたいと思っておりますので、宜しくお願いします。ああ、そうそう。戦争を止めていただいたことについては、とても感謝いたします。我が国も必要以上に攻撃を受けずに済みましたからね」
「我が国って……」

 セイン王子は話しながら、ずっと体にまとわりついていた黒い糸を手繰り寄せていた。台座の上へ行くほど濃くなっていく。じっとディーン王子を見ていたが、ソルブの笑みが深まった気がして視線を動かした。しっかりと交わった瞳は深い闇色に染まっている。

「っ!!」

 セイン王子の全身が震え、汗が一気に吹き出た。
 背中に差した剣を一気に引き抜き構える。
 この瞳は悪魔に体を乗っ取られたハーネイスと同じ。

「バフォール……!! な、何故お前がここに? いや、何故お前がディーン王子の味方を……! まさか……」

 その名前を聞いたジェルミア王子もハッとして剣を抜いた。

「セイン王子はバフォールを知っておりましたか。博識でいらっしゃる。そう、ソルブが願ったのは……私に仕えるようにと……。悪魔の力は全て私が操ることができるのです」

 ディーン王子は嬉しそうに階下にいるセイン王子を見下ろす。

「何ということを! お前は側近に魂を売らせたのか!!」
「ああ、セイン王子、落ち着いてください。私の城を壊されても困りますので。戦うつもりはありませんよ。この国はこの国で解決しますのでお引き取りを。それともアトラスとローンズで戦争を行うつもりでしょうか?」

 怒りで身体が熱くなるセイン王子に対して、ディーン王子は涼しい顔でセイン王子を見つめていた。

「ディーン王子! このようなことが許されると思っているのか!? 悪魔に頼り統治して何の意味がある! 人々を魔法で操ってもお前は孤独になるだけだ!」
「孤独? ハッ、今までもずっと孤独でしたよ。田舎者の王子と噂され、誰も相手になどしてはくれなかったのですからね。ローンズの貴方には分からないことです。さぁ、いくらセイン王子が強いからと言ってもシトラルの側近だった二名とバフォール相手では分が悪いでしょう。それとも、同じようにして操ってさしあげましょうか?」

 ディーン王子が言うように、三人を相手に勝てる気はしない。一度戻って態勢を整えるべきか……。
 柄を握る手に汗が滲む。

「セイン王子! 一先ず撤退を!」

 ジェルミア王子の声にセイン王子も決心が付き、手をかざし濃霧を作り出した。

「ディーン王子、貴方の思うようにはさせない! 必ずこの国を取り戻してみせる!」

 苦渋の決断である。
 二人はこの場から逃げ去った。

 走り去る足音だけが謁見の間に残り、遠くに消えていく。

「殺してしまえば良いものを……」

 バフォールが片手を横に振り、濃霧を消しさりながら不満な声を漏らした。

「それでは面白くない。お前も楽しい方が良いのでしょう? これからですよ。存分に働いていただきますので」
「そうだな。今までとは違う趣向ではある。楽しませてもらおう」

 ディーン王子は意識のないシトラル国王を見下ろし、笑みを深めた。








<ヒースクリフ>



※2枚目のディーン王子のイラストは「有楽こたろ様」からいただきました。
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