恋するプリンセス ~恋をしてはいけないあなたに恋をしました~

田中桔梗

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第14章 黒衣の魔力戦闘部隊

第178話 新たなる契約者

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 ディーン王子の側近であるソルブが、慌ただしい城内の中を颯爽と歩き、アトラス城内にある教会に向かっていた。城内から教会へ通じる通路を渡ると、喧騒も小さくなる。ソルブは迷いなく、教壇の裏にある固く閉ざされた部屋の前に立った。

「ここだな」

 その扉の鍵をどこで手に入れたのか、堂々と鍵を開けて中に入る。
 扉が閉まると、先程までのざわついた音が全て遮断された。世界から切り離されたような空間は、肌に触れるようなおぞましい気配を感じる。

「嫌な空気だ……」

 中は暗く、手に持っていたランタンに明かりを灯す。
 広さは人が二人並んで歩ける程度の通路で、壁には何の飾りもない。明かりが届かない場所から誰かがじっと見ているような気配がして、ソルブは身震いをした。

 このような時ではなければ絶対に来たくない場所だ。

「ディーン様のために……」

 意を決して、重くなった足を前へと進める。

 ソルブは幼い頃からディーン王子と共に過ごしてきた。ディーン王子をいつか世界中の誰もが認める男にする。そう決めて、ずっと支えてきた。

 自分に自信のないディーン王子を奮い立たせ、やっとここまで来たのだ。失敗は許されない。

「シトラル国王さえ抑えれば……。もうすぐだ。あともう少しなのだ……」

 ソルブは自分に言い聞かせるように声を出した。奥深くに歩みを進めると、恐怖が比例して大きくなっていく。だから、自分を奮い立たせるために何度も呟きながら歩いた。


 "…………"


 ふと、何かが聞こえた気がして立ち止まる。ランタンを持つ手に汗がにじみ、心臓が嫌な音で鳴り響く。


 "……ッチダ……"


 確かに声が聞こえた。
 ごくりの乾いた唾を飲み込み、辺りを見渡す。しかし何もないただの通路しか見えなかった。


 "……ッチダ……"


 誘われるかのようにゆっくりと歩みを進める。いくつか通路や扉があったが、何の迷いなく突き進んだ。そうして、一つの扉の前へと辿り着く。鉄の扉からは、冷たく重い空気が流れ出ているように見えた。

「ここか……」

 ドアノブにかける手が震えている。

 本当に良いのだろうか……?

 ここまで来て躊躇している自分がいた。しかし、このままではディーン王子の身が危険である。これはディーン王子のためであると言い聞かせ重い扉を押した。


 "……コッチダ……"


 先ほどよりハッキリと声が聞こえた。窓のない暗い室内を見渡すため、ランタンをかざす。部屋には何もないが真ん中に背の高いテーブルが置かれ、その上に簡素な小さな箱が見えた。

「これだ……」

 近付いてその箱を確める。蓋はなく、一か所だけ十字の彫りがしてあった。

「文献の通りだ。あとは、開けるための指輪がどこかに……」

 しかし、テーブルの上には何もない。辺りを見渡していると、ふと右の指に違和感を感じた。手を広げて見てみると、そこには十字の形をしたドス黒い指輪が付いている。

「いつの間に……」

 まるで誘導されているかのようだった。
 しかし、ここまで来たら後戻りは出来ない。

 指輪を外し、震える手で箱の彫りに指輪を置いた。

 その瞬間プシューっという音とともに赤黒い煙が横からいくつも噴き出してきた。暗く狭い部屋がぼんやりと赤く染まる。空気が揺れ、地震のようにガタガタと城全体が震えた。

 あまりの恐ろしさに後ずさりし、背中が壁に当たると腰が抜けたように床に座った。

 赤黒い煙が部屋中に蔓延する。その煙をなす術もなく見つめていると空中でどんどんと中央に集まり、黒い影のようなものになった。その影は大きな二つの角と山羊のような耳が生え、背中には大きな翼があるような形をしていた。
 それは以前、ハーネイスの身体を乗っ取っていたバフォールだった。


 "……オロカナルニンゲンヨ……オマエノノゾミハナンダ……"


 恐ろしさに目を見開き、体が打ち震える。
 口をパクパクと動かすだけで何も声が出なかった。


 "……コワガルコトハナイ……ノゾミヲカナエテヤル……"


「あ……、シ、シロルディア王国第一王子、ディーン様に仕えよ!」

 ソルブは震える声を振り絞りながら願いを伝える。


 "…………"


 しかし、暫く経っても返事がない。このような願いは聞き入れて貰えないのかもしれない。

「えっと……」


 "……ソノネガイカナエヨウ……"


「えっ!? うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 その言葉と共に、目の前の揺れる影が自分の周りを取り囲み中に体の入ってくる。その瞬間、ソルブの意識は無くなった――――。



 倒れたソルブは、すぐにむくりと起き上がる。

「……人間に仕えるとは面白い」

 薄く笑みを浮かべ、自分の身体の感触を試すように体を動かす。

「しかし、こいつの身体は居心地が悪いな……忠誠心など……」

 バフォールは鼻で笑う。

「しかし、この時代の人間は愚かで実にいい……。たった数年で我を呼ぶとは。さて、ディーンという男を探すか……」

 小さなランタンの明かりが点る部屋の何もない天井をじっと探るように見つめた。

「見つけたぞ」

 ソルブの身体に入ったバフォールは、笑みを深めてゆっくりと部屋を出た。


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