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第12章 二度目の恋
第155話 忍び寄る黒い影
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乱暴を働いた四人の男たちは、町の留置所に捕らえられていた。
鉄格子の中では鍵のかかった鉄製の拘束具で手足を縛られている。
そこに階段を降り、石畳をカツカツと歩く音が聞こえてきた。
捕らえられていたいかつい体の男は、鉄格子の向こうをじっと見つめる。
ランプの明かりがゆらゆらと近づき、鉄格子の前に一人の男が立った。
「ご苦労だった。王女に手は出していないな?」
「はい、予定通りにお越しいただいたので、恐怖心だけ植え付けられたと思います」
いかつい男が頭を下げて答える。
「なら良い。では明日、お前達を私の息がかかったとある場所に移す。この件が終わるまでそこで息を潜めていろ。その後、この働きに見合った身分を与える」
「ありがとうございます」
四人が頭を下げると、男は満足そうに微笑んだ。
◇
宿に明るい日差しが訪れたが、サラの心はずっしりと重いままだった。
「おはようございます……」
遠慮がちにエリー王女が声を掛けてきた。
自分も挨拶をしなければと思うが、喉が詰まって声が出ない。それどころか脳裏に昨晩の恐ろしい時間が過り、体が震えた。顔を反らし、震える体を自分で抱き締める。
「サラ……ごめんなさい……」
エリー王女はそれから何も言わなくなった。
支度を整え、馬車の前に行くと既に多くの兵士が待機している。
サラは兵士に荷馬車を案内された。
「ディーン様。私もサラと一緒に乗っても宜しいでしょうか?」
遠くでエリー王女がディーン王子にお伺いを立てている。
「そうして差し上げたいのですが、荷馬車には様々な荷物が乗っておりますので、お一人が限界です。また、私たちの馬車でも良いのですが、おそらく彼女にとっては居心地はよくないかと……」
そんな声が聞こえた。
サラは二人にお辞儀をしてから逃げるように荷馬車に乗り込んだ。
沢山の荷物が置かれていたが、一人座れるように空いているところがある。サラはそこへ膝を抱えるように蹲った。
今は一人がいい。
一人なら心の整理もできる気がする。
そう思っていたが、あの日の恐怖と戦うだけで精一杯だった。
それから九日後。
エリー王女達はアトラス王国に到着した。
サラはやっと家に帰れると思ったが、馬車はそのままアトラス城へと向かう。見上げるほどの大きな建物に、物々しいほどの人達がエリー王女とディーン王子を迎えた。
雪崩れ込むようにサラはとある部屋に案内され、一人佇む。
部屋を見渡すと見たこともない豪華な装飾が施された調度品が置いてあり、天井には素晴らしい絵が描かれている。
サラは何故このような場所に自分がいるのかが分からなかった。
初めて入る城の中は現実見がない。
自分が居た場所とは全く違う世界のものだった。
◇
シトラル国王は足早に城内を歩き、重い扉が開くのを今か今かと待った。
待ちきれずに客室へ縫うように入り、目的の人物を瞳の中におさめる。
今にも泣きそうな表情をしていたが、頬は僅かに色づき健康そうに見えた。
「エリー……」
「お父様……」
手を差し出すと、エリー王女が胸の中に飛び込んできた。
「よく無事だった……本当に……本当に良かった……」
「ああ、お父様! ご心配をおかけして申し訳ございませんでした。私は無事です……」
小さく細いエリー王女の体を抱きしめると、エリー王女も腰に腕を回す。
やはり国外になど行かせるべきではなかった。
ずっと側に置いて守っていればよかった。
シトラル国王は、安堵すると共に後悔が押し寄せる。
力強く抱きしめていると、胸の中でもぞもぞとエリー王女が動き出した。
「お父様……。あの……」
「ああ、申し訳なかったね。それにディーン王子」
エリー王女を胸から離し、ディーン王子に視線を向ける。
「この度は誠に大義であった。礼を申す」
ディーン王子には感謝してもしきれないほどだった。あと一歩遅ければどうなっていたことか。考えただけでも恐ろしい。
「いえ、当然のことをしたまでです。エリー様を無事にお返しでき、心より喜び申し上げます」
「ディーン王子には多くの礼を差し上げたい。暫くアトラスに滞在して頂けると嬉しいのだが」
「ありがとうございます。喜んでお受けいたします。して、陛下。犯行を行った者たちの件で少しお話をしたく……」
ディーン王子の柔らかな笑顔が曇り、何を伝えたいのかが分かった。
「分かった。さぁ、エリー。後でまたゆっくりと話そう。友人のところへ戻りなさい」
「はい、それでは失礼いたします。ディーン様、この度は誠にありがとうございました」
エリー王女が丁寧にお辞儀をし、退室した。
残された二人からは笑みが消え、ディーン王子と共に応接用のソファーに向かい合って座る。シトラル国王の側近二名とディーン王子の側近一名は壁際に立った。
先ほどまでの穏やかな空気とは一変して、肌を刺すような空気である。
「話とは?」
「はい……。これは、犯行した者が言った内容ですので、全てが真実とは限りませんが……」
「前置きはいい。申してみよ」
「……リアム国王からの指示でエリー王女を拉致し、デール王国へ受け渡す予定だったそうです」
「何?」
聞き捨てならない名前に、シトラル国王の眉がピクリと動いた。
「デール王国は今、アトラス王国への侵略を謀っているとも言っておりました。……実は、デール王国からローンズ王国へ同盟を結びたいと声をかけているという噂を私は耳にしております。ここからは私の推測ではありますが、もしかするとローンズ王国は同盟の証としてエリー様を渡そうとしたのではないかと……」
シトラル国王は膝に置いた手を握り締め、打ち震える。
「で、ですが陛下! まだ確定した情報ではございません。冷静なご判断を行っていただければ幸いです。ただ、戦争が起きる可能性は多いにありますので、ご準備はされた方がよろしいかと。我が国、シロルディアは微力ながらもお助けする所存でございます」
「火のないところに煙は立たぬ。そなたのお陰で早目に対策を打つことが出来そうだ。重ね重ね感謝いたす。さあ、本日はお疲れであろう。部屋を用意してあるのでそこでゆっくりと休まれよ」
冷静を装い、ディーン王子を部屋から追い出した。
「やはりリアムか……。早急に調べ、準備を進めよ!」
「はっ!」
二人の側近が慌しく出て行くとシトラル国王は目の前の机を力強く叩いた。
鉄格子の中では鍵のかかった鉄製の拘束具で手足を縛られている。
そこに階段を降り、石畳をカツカツと歩く音が聞こえてきた。
捕らえられていたいかつい体の男は、鉄格子の向こうをじっと見つめる。
ランプの明かりがゆらゆらと近づき、鉄格子の前に一人の男が立った。
「ご苦労だった。王女に手は出していないな?」
「はい、予定通りにお越しいただいたので、恐怖心だけ植え付けられたと思います」
いかつい男が頭を下げて答える。
「なら良い。では明日、お前達を私の息がかかったとある場所に移す。この件が終わるまでそこで息を潜めていろ。その後、この働きに見合った身分を与える」
「ありがとうございます」
四人が頭を下げると、男は満足そうに微笑んだ。
◇
宿に明るい日差しが訪れたが、サラの心はずっしりと重いままだった。
「おはようございます……」
遠慮がちにエリー王女が声を掛けてきた。
自分も挨拶をしなければと思うが、喉が詰まって声が出ない。それどころか脳裏に昨晩の恐ろしい時間が過り、体が震えた。顔を反らし、震える体を自分で抱き締める。
「サラ……ごめんなさい……」
エリー王女はそれから何も言わなくなった。
支度を整え、馬車の前に行くと既に多くの兵士が待機している。
サラは兵士に荷馬車を案内された。
「ディーン様。私もサラと一緒に乗っても宜しいでしょうか?」
遠くでエリー王女がディーン王子にお伺いを立てている。
「そうして差し上げたいのですが、荷馬車には様々な荷物が乗っておりますので、お一人が限界です。また、私たちの馬車でも良いのですが、おそらく彼女にとっては居心地はよくないかと……」
そんな声が聞こえた。
サラは二人にお辞儀をしてから逃げるように荷馬車に乗り込んだ。
沢山の荷物が置かれていたが、一人座れるように空いているところがある。サラはそこへ膝を抱えるように蹲った。
今は一人がいい。
一人なら心の整理もできる気がする。
そう思っていたが、あの日の恐怖と戦うだけで精一杯だった。
それから九日後。
エリー王女達はアトラス王国に到着した。
サラはやっと家に帰れると思ったが、馬車はそのままアトラス城へと向かう。見上げるほどの大きな建物に、物々しいほどの人達がエリー王女とディーン王子を迎えた。
雪崩れ込むようにサラはとある部屋に案内され、一人佇む。
部屋を見渡すと見たこともない豪華な装飾が施された調度品が置いてあり、天井には素晴らしい絵が描かれている。
サラは何故このような場所に自分がいるのかが分からなかった。
初めて入る城の中は現実見がない。
自分が居た場所とは全く違う世界のものだった。
◇
シトラル国王は足早に城内を歩き、重い扉が開くのを今か今かと待った。
待ちきれずに客室へ縫うように入り、目的の人物を瞳の中におさめる。
今にも泣きそうな表情をしていたが、頬は僅かに色づき健康そうに見えた。
「エリー……」
「お父様……」
手を差し出すと、エリー王女が胸の中に飛び込んできた。
「よく無事だった……本当に……本当に良かった……」
「ああ、お父様! ご心配をおかけして申し訳ございませんでした。私は無事です……」
小さく細いエリー王女の体を抱きしめると、エリー王女も腰に腕を回す。
やはり国外になど行かせるべきではなかった。
ずっと側に置いて守っていればよかった。
シトラル国王は、安堵すると共に後悔が押し寄せる。
力強く抱きしめていると、胸の中でもぞもぞとエリー王女が動き出した。
「お父様……。あの……」
「ああ、申し訳なかったね。それにディーン王子」
エリー王女を胸から離し、ディーン王子に視線を向ける。
「この度は誠に大義であった。礼を申す」
ディーン王子には感謝してもしきれないほどだった。あと一歩遅ければどうなっていたことか。考えただけでも恐ろしい。
「いえ、当然のことをしたまでです。エリー様を無事にお返しでき、心より喜び申し上げます」
「ディーン王子には多くの礼を差し上げたい。暫くアトラスに滞在して頂けると嬉しいのだが」
「ありがとうございます。喜んでお受けいたします。して、陛下。犯行を行った者たちの件で少しお話をしたく……」
ディーン王子の柔らかな笑顔が曇り、何を伝えたいのかが分かった。
「分かった。さぁ、エリー。後でまたゆっくりと話そう。友人のところへ戻りなさい」
「はい、それでは失礼いたします。ディーン様、この度は誠にありがとうございました」
エリー王女が丁寧にお辞儀をし、退室した。
残された二人からは笑みが消え、ディーン王子と共に応接用のソファーに向かい合って座る。シトラル国王の側近二名とディーン王子の側近一名は壁際に立った。
先ほどまでの穏やかな空気とは一変して、肌を刺すような空気である。
「話とは?」
「はい……。これは、犯行した者が言った内容ですので、全てが真実とは限りませんが……」
「前置きはいい。申してみよ」
「……リアム国王からの指示でエリー王女を拉致し、デール王国へ受け渡す予定だったそうです」
「何?」
聞き捨てならない名前に、シトラル国王の眉がピクリと動いた。
「デール王国は今、アトラス王国への侵略を謀っているとも言っておりました。……実は、デール王国からローンズ王国へ同盟を結びたいと声をかけているという噂を私は耳にしております。ここからは私の推測ではありますが、もしかするとローンズ王国は同盟の証としてエリー様を渡そうとしたのではないかと……」
シトラル国王は膝に置いた手を握り締め、打ち震える。
「で、ですが陛下! まだ確定した情報ではございません。冷静なご判断を行っていただければ幸いです。ただ、戦争が起きる可能性は多いにありますので、ご準備はされた方がよろしいかと。我が国、シロルディアは微力ながらもお助けする所存でございます」
「火のないところに煙は立たぬ。そなたのお陰で早目に対策を打つことが出来そうだ。重ね重ね感謝いたす。さあ、本日はお疲れであろう。部屋を用意してあるのでそこでゆっくりと休まれよ」
冷静を装い、ディーン王子を部屋から追い出した。
「やはりリアムか……。早急に調べ、準備を進めよ!」
「はっ!」
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