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第11章 再会
第144話 崩れ始めた均衡
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「あ、戻ってきた。セイン様!」
ギルが駆け寄ると、セイン王子からは笑顔が消えており、空気がピリピリしていた。
「ギル、俺は急用が出来た。エリー様の見送りは任せる。エリー様、遠くからあなたの幸せを願っています。では、さようなら……」
セイン王子はお辞儀をするとアランやアルバートを見ることもなく、足早に立ち去った。
ギルは驚き、エリー王女の方を振り返った。エリー王女の表情は暗く、今にも泣き出しそうである。ギルが助けを求めるようにアランとアルバートを見ると二人とも険しい顔をしていた。
「何があったのですか?」
瞳をうるうると潤ませているエリー王女にギルが声をかける。
「私……セイン様に……嫌われて……」
ポロっと涙が溢れ、エリー王女は慌ててハンカチで目を押さえた。
「セイン様はそのような方ではありません。本当にご用が――」
「いえ……私がレイを見るようにセイン様を見てしまったので不快に感じてしまったのだと思います……」
「その可能性はないと思います。私もよくやってしまいますが、セイン様は笑ってくださいます」
「では何故……。ギル、セイン様ともう一度お会いして関係を修復する機会を作って頂けませんか?」
「私も出来る限りのことはしてみますが……」
「感謝致します。では……今日のところは帰ります……。陛下やセイン様に宜しくお伝え下さい……」
酷く落ち込んでいる様子のエリー王女は、静かに城から立ち去った。
◇
ローンズ城内を颯爽と歩くセイン王子の向かう先はリアム国王の執務室である。
「兄さん!」
ノックもせずに勢いよく扉を開けるとリアム国王は険しい顔を上げた。
「俺がこの国に戻ってきた本当の理由は、エリー様との関係にあるのでは?」
執務机の前に立ち、苛立ちを露にしながらリアム国王に問う。
リアム国王は探るようにじっと見つめてから口を開いた。
「何故そう思う。エリー王女から何か聞いたのか?」
「レイを好きだったと……。それに俺の中のレイが騒ぐんだ……」
セイン王子は自分の胸元をぐっと掴む。
「記憶が戻ったということか?」
「ううん。だけどエリー様と一緒にいると、自分の感情とは違うもう一つの感情が出てくる……。嬉しくて苦しくて……悲しい……」
「お前は魔法に対する抵抗力が強い。魔法をかけたとき、エリー王女を忘れたくないという気持ちが強く働いたのだろう」
忘れたくないほどの人……。
「やっぱり俺はエリー様が好きだったんだ……。兄さん、本当のことを教えてほしい。両国の関係が良好ではないのは、俺が原因だからなんでしょ?」
「……分かった。教えよう」
リアム国王は執務机の引き出しから書簡を取り出し、セイン王子に渡した。
それはかつてセイン王子がレイだった頃、セロードに持たされたシトラル国王からの書簡である。そこにはレイの行ったことと今後の同盟について書かれていた。
「俺が……俺が全てを台無しにしたんだ……。せっかく兄さんがここまで頑張ってきたのに……ごめんなさい……」
「全て台無しにしたわけではない。セイン、こちらへ」
リアム国王は書斎へ移動し、机にいくつもの書類を置いた。
「レイがアトラスで残した功績だ。こうした結果があったからこそ、側近として迎えられた。そして、セインに戻った後も命をかけてアトラスを救っている。十分な働きをしてくれた。確かに王女に手を出したことは問題だったかもしれないが、二人は本当に想い合っていたのだと思う。レイはとても苦しんでいたからな……。それはずっとレイの面倒を見てきたセロードも言っていた」
「だけど――」
否定的な言葉を続けようとすると、リアム国王が手を上げてそれを制止した。
「だから、俺はシトラル陛下の対応に疑問を感じている」
「兄さん……」
リアム国王の苛立ちが少し見え、セイン王子は戸惑った。
「シトラル陛下はあまりに変わられた。一体何に怯えている? 以前はもっと冷静な判断をする方だった。実際、他国からも良い話を聞かなくなっている」
「俺もそれは聞いたことがあります……。アトラス王国を落とそうと目論んでいる者もいるとか。ローンズ王国との不仲説が流れ、アトラス王国の攻防を担うローンズ王国がいなくなれば落とすのは簡単だと……」
「そうだ。現に俺のところに話が持ち込まれたこともある。シトラル陛下は今、意地を張っている場合ではない。一番良いのはセインとエリー王女が――」
「兄さん、シトラル陛下が望んではいないのであればその過程で余計に拗《こじ》れる可能性の方が高いです。であれば、別の手段で誠意を見せ、関係を修復した方がいい」
自分のせいで平和だった世界が崩れ始めている。
均衡を戻すために必要なことはこれしかないのだ。
「お前はそれで良いのか?」
「責任は果たします」
「セイン――」
「すみません、今日は失礼します」
何か言いたそうなリアム国王を残し、セイン王子は逃げるようにその場から立ち去った。
一人残されたリアム国王は、書棚にもたれかかり瞳を瞑った。
――――愛する人と結ばれなさい。
母メーヴェルの言葉を思い出す。
口癖のように言っていたメーヴェルは、魔力を持っていたがために無理やり父ダルスの妻にさせられた。子供を作るための道具として扱われていたメーヴェルからの言葉は、リアム国王の心にずっと色濃く残っていた。
国のため、母のため、そして弟を幸せにするためにこの国の王になったのではないか?
愛する人を目の前にして苦しむセインを救いたい。
母の願いを叶えたい。
リアム国王の願いはそれだけだった。
◇
セイン王子は、真実を知り自分の犯した罪に押し潰されそうだった。
無我夢中で歩いていると、目の前には訓練場があった。
真っ暗な建物の中に入り、剣を抜く。
窓から差し込む薄灯りで目が慣れればなんとなく見えるほどの暗さの中、呼吸を整えた。
剣を構え見えない何かを睨み、ぐぐぐと握る手に力がこもる。
無心になろうと剣の型を次から次へと決めていった。
空を切る音とセイン王子の吐く息の音だけが建物内に響く。
浅はかな自分に対する怒り。
そして今すぐにでもエリー王女の元へと駆けつけたいという想い。
二つの心が交錯する。
何度も何度も切り裂いても、エリー王女に関する断片的な記憶がセイン王子の心を揺さぶってきた。
「くそっ!」
――――興味本位で近づかなければ……。
横に切り裂き回転を加える。
――――いや、それでは本当の原因は分からなかった。
下段から上段への連続攻撃。
――――会いたい……。
宙を舞い着地と同時に回転をする。
――――違う!
自分の感情に気が付くと剣に魔力がこもり、剣を横に振るうと同時に稲妻が走り爆発が起きる。その風圧がセイン王子の髪を揺らした。
「……悪いけどレイにはこのまま眠っていてもらうから」
徐々に主張が大きくなっているレイに声をかける。
レイを出すわけにはいかない。
魔法で記憶を抑えるのは高度な技であり、同じ人物に何度も使えないと兄さんが言っていた。
ならば自分で制御するしかない。
それに知らないまま過ごすのはもう嫌だ。
瞳を閉じ深く呼吸を繰り返す。
エリー王女の記憶を振り払うかのようにもう一度剣を構え、剣を振り続けた――――。
ギルが駆け寄ると、セイン王子からは笑顔が消えており、空気がピリピリしていた。
「ギル、俺は急用が出来た。エリー様の見送りは任せる。エリー様、遠くからあなたの幸せを願っています。では、さようなら……」
セイン王子はお辞儀をするとアランやアルバートを見ることもなく、足早に立ち去った。
ギルは驚き、エリー王女の方を振り返った。エリー王女の表情は暗く、今にも泣き出しそうである。ギルが助けを求めるようにアランとアルバートを見ると二人とも険しい顔をしていた。
「何があったのですか?」
瞳をうるうると潤ませているエリー王女にギルが声をかける。
「私……セイン様に……嫌われて……」
ポロっと涙が溢れ、エリー王女は慌ててハンカチで目を押さえた。
「セイン様はそのような方ではありません。本当にご用が――」
「いえ……私がレイを見るようにセイン様を見てしまったので不快に感じてしまったのだと思います……」
「その可能性はないと思います。私もよくやってしまいますが、セイン様は笑ってくださいます」
「では何故……。ギル、セイン様ともう一度お会いして関係を修復する機会を作って頂けませんか?」
「私も出来る限りのことはしてみますが……」
「感謝致します。では……今日のところは帰ります……。陛下やセイン様に宜しくお伝え下さい……」
酷く落ち込んでいる様子のエリー王女は、静かに城から立ち去った。
◇
ローンズ城内を颯爽と歩くセイン王子の向かう先はリアム国王の執務室である。
「兄さん!」
ノックもせずに勢いよく扉を開けるとリアム国王は険しい顔を上げた。
「俺がこの国に戻ってきた本当の理由は、エリー様との関係にあるのでは?」
執務机の前に立ち、苛立ちを露にしながらリアム国王に問う。
リアム国王は探るようにじっと見つめてから口を開いた。
「何故そう思う。エリー王女から何か聞いたのか?」
「レイを好きだったと……。それに俺の中のレイが騒ぐんだ……」
セイン王子は自分の胸元をぐっと掴む。
「記憶が戻ったということか?」
「ううん。だけどエリー様と一緒にいると、自分の感情とは違うもう一つの感情が出てくる……。嬉しくて苦しくて……悲しい……」
「お前は魔法に対する抵抗力が強い。魔法をかけたとき、エリー王女を忘れたくないという気持ちが強く働いたのだろう」
忘れたくないほどの人……。
「やっぱり俺はエリー様が好きだったんだ……。兄さん、本当のことを教えてほしい。両国の関係が良好ではないのは、俺が原因だからなんでしょ?」
「……分かった。教えよう」
リアム国王は執務机の引き出しから書簡を取り出し、セイン王子に渡した。
それはかつてセイン王子がレイだった頃、セロードに持たされたシトラル国王からの書簡である。そこにはレイの行ったことと今後の同盟について書かれていた。
「俺が……俺が全てを台無しにしたんだ……。せっかく兄さんがここまで頑張ってきたのに……ごめんなさい……」
「全て台無しにしたわけではない。セイン、こちらへ」
リアム国王は書斎へ移動し、机にいくつもの書類を置いた。
「レイがアトラスで残した功績だ。こうした結果があったからこそ、側近として迎えられた。そして、セインに戻った後も命をかけてアトラスを救っている。十分な働きをしてくれた。確かに王女に手を出したことは問題だったかもしれないが、二人は本当に想い合っていたのだと思う。レイはとても苦しんでいたからな……。それはずっとレイの面倒を見てきたセロードも言っていた」
「だけど――」
否定的な言葉を続けようとすると、リアム国王が手を上げてそれを制止した。
「だから、俺はシトラル陛下の対応に疑問を感じている」
「兄さん……」
リアム国王の苛立ちが少し見え、セイン王子は戸惑った。
「シトラル陛下はあまりに変わられた。一体何に怯えている? 以前はもっと冷静な判断をする方だった。実際、他国からも良い話を聞かなくなっている」
「俺もそれは聞いたことがあります……。アトラス王国を落とそうと目論んでいる者もいるとか。ローンズ王国との不仲説が流れ、アトラス王国の攻防を担うローンズ王国がいなくなれば落とすのは簡単だと……」
「そうだ。現に俺のところに話が持ち込まれたこともある。シトラル陛下は今、意地を張っている場合ではない。一番良いのはセインとエリー王女が――」
「兄さん、シトラル陛下が望んではいないのであればその過程で余計に拗《こじ》れる可能性の方が高いです。であれば、別の手段で誠意を見せ、関係を修復した方がいい」
自分のせいで平和だった世界が崩れ始めている。
均衡を戻すために必要なことはこれしかないのだ。
「お前はそれで良いのか?」
「責任は果たします」
「セイン――」
「すみません、今日は失礼します」
何か言いたそうなリアム国王を残し、セイン王子は逃げるようにその場から立ち去った。
一人残されたリアム国王は、書棚にもたれかかり瞳を瞑った。
――――愛する人と結ばれなさい。
母メーヴェルの言葉を思い出す。
口癖のように言っていたメーヴェルは、魔力を持っていたがために無理やり父ダルスの妻にさせられた。子供を作るための道具として扱われていたメーヴェルからの言葉は、リアム国王の心にずっと色濃く残っていた。
国のため、母のため、そして弟を幸せにするためにこの国の王になったのではないか?
愛する人を目の前にして苦しむセインを救いたい。
母の願いを叶えたい。
リアム国王の願いはそれだけだった。
◇
セイン王子は、真実を知り自分の犯した罪に押し潰されそうだった。
無我夢中で歩いていると、目の前には訓練場があった。
真っ暗な建物の中に入り、剣を抜く。
窓から差し込む薄灯りで目が慣れればなんとなく見えるほどの暗さの中、呼吸を整えた。
剣を構え見えない何かを睨み、ぐぐぐと握る手に力がこもる。
無心になろうと剣の型を次から次へと決めていった。
空を切る音とセイン王子の吐く息の音だけが建物内に響く。
浅はかな自分に対する怒り。
そして今すぐにでもエリー王女の元へと駆けつけたいという想い。
二つの心が交錯する。
何度も何度も切り裂いても、エリー王女に関する断片的な記憶がセイン王子の心を揺さぶってきた。
「くそっ!」
――――興味本位で近づかなければ……。
横に切り裂き回転を加える。
――――いや、それでは本当の原因は分からなかった。
下段から上段への連続攻撃。
――――会いたい……。
宙を舞い着地と同時に回転をする。
――――違う!
自分の感情に気が付くと剣に魔力がこもり、剣を横に振るうと同時に稲妻が走り爆発が起きる。その風圧がセイン王子の髪を揺らした。
「……悪いけどレイにはこのまま眠っていてもらうから」
徐々に主張が大きくなっているレイに声をかける。
レイを出すわけにはいかない。
魔法で記憶を抑えるのは高度な技であり、同じ人物に何度も使えないと兄さんが言っていた。
ならば自分で制御するしかない。
それに知らないまま過ごすのはもう嫌だ。
瞳を閉じ深く呼吸を繰り返す。
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