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第11章 再会
第143話 疑念
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エリー王女の目の前にあるのは、何のへんてつもない大きな木だった。しかし、よく見れば幹に沿ってらせん状に階段のような出っ張りがある。
「こちらは何か特別な木なのでしょうか?」
「うん。あ、ちょっと待ってね」
セイン王子が後ろを振り返り、側近三人に視線を送った。
「エリー様を上へお連れしても?」
「はい、問題ございません」
直ぐに駆け寄ってきたアランが答えるとセイン王子はエリー王女を見てにこりと笑う。
「良かった。では失礼しますね」
「ぁ……」
セイン王子はひょいとエリー王女を横に抱き抱えると、木の周りに取り付けられた螺旋状の階段を上り始めた。
「あ、あの……」
「ここの階段、危ないから。首に掴まっていてくれる?」
エリー王女はレイから花火を見せてもらった時のことをふと思い出した。
レイ……。
レイを想いながらセイン王子の首に抱き付くと、レイと同じ匂いがした。ぎゅっと握る手に力が入る。ずっとこのままでいられたら……。
あっという間に薄暗い場所に到着し、エリー王女は直ぐに下ろされた。
「少しここで待っていてね」
離れてしまったことを残念に感じている自分に気が付き、エリー王女は自分を咎めるように小さく頬を叩いた。
「あ、虫がいた? 今、虫除けと灯りを付けるね」
セイン王子が沢山のランプに火を灯すと、そこは幻想的な世界のように美しく輝き出した。
木々の緑に囲まれた空間に、白い布がいくつか上から垂れ下がっている。小さなテーブルが一つとベッドのように広々としたソファーが一つ置いてある。ソファーの上には沢山のクッションが置いてあった。
「素敵……木の妖精さんが住むお家みたい……」
「良かった、気に入ってもらえたみたいで。小さい頃、兄さんと一緒に作ったんだ。風がよく通るから涼しいでしょ」
喜んでもらえたことに嬉しそうに笑うセイン王子も幻想的に映る。これはレイに会いたいと願う自分が作り出した幻想なのでは?
エリー王女は夢心地の中、セイン王子をじっと見つめた。
「どうしたの? んー……もしかして、レイくんを思い出していた?」
「え、あの……ごめんなさい。とても失礼ですよね」
現実に引き戻され、エリー王女は素直に謝った。
「ううん、別にいいよ。ギルなんて最初の頃はしょっちゅうだったから。さぁ、ここに座って。ゆっくり話をしよう?」
セイン王子が手を引いてソファーへ誘導する。手が直接触れると胸が高鳴り、顔が熱くなった。
ソファーに腰を下ろすと、少し距離をとってセイン王子が隣に座る。
「じゃあ、エリー様の学校の話を聞かせてくれる?」
「は、はい」
最初は緊張していたが、エリー王女はいつの間にかレイと話しているような錯覚を起こしていた。
エリー王女が見つめるのはセイン王子ではなく、レイ。
それはセイン王子にも分かった。
ずっと視線を外していた時と違い、エリー王女が瞳を輝かせ、熱のこもった表情をしていたからだ。
「あー、ねぇ。エリー様って誰にでもそんな目で見つめるの?」
「え……。あ、あの……ごめんなさい。私……セイン様にレイを重ねて見てしまって……。ですので……」
エリー王女が俯き恥ずかしそうに答えると、セイン王子の胸がズキンと痛んだ。
「好き……だったの?」
「……はい」
エリー王女が迷いなく答えた。
自分を好きだと言われて嬉しいような、別の誰かを好きだと言われて悲しいような複雑な感情が流れてくる。悲しいのは何故なのか……。
自分の奥に潜むレイの心に感覚を合わせようとすると、ズキンと頭に痛みが走った。
「だ、大丈夫ですか?」
心配そうに顔を覗き込むエリー王女が、持っていたハンカチで汗を拭いてくれる。エリー王女との距離がぐっと縮まり、セイン王子は抱き締めたい衝動に駆られた。
柔らかな唇に触れ、滑らかな肌を辿る。
聞こえてくる欲情をそそる声。
何故か容易に想像出来た。
「……ダメだよ、エリー様。そんなに無防備に近付いたら。ね?」
なんとか自分の欲望を抑え、笑って見せるとエリー王女は顔を赤らめた。
「ごめんなさい! つい……」
つい……。
側に近寄るほどの仲だったのだろうか。
エリー様に対し沸き上がる想像も妙にリアルで生々しい。
もしも、気持ちを打ち明けていたのなら……。
セイン王子の表情が一気に曇った。
アトラス王国から戻ってきた本当の理由はエリー様と何かあったからなのでは?
自分が戻ったのはアトラス王国と良好な関係になったからと聞かされていたが、それほど良い関係には見えなかった。
他に理由があるのではと訝しく感じていただけに、疑念が沸く。
「あの……セイン様? やはりお加減が悪いのでしょうか?」
「大丈夫です、ありがとう……」
心臓が嫌な音を立てていた。
ローンズ王国を平和へと導くため、アトラス王国との同盟は必須だった。その関係を壊したのは自分だったのかもしれない。俺がアトラス王国への訪問を禁じられているのも、エリー様と会わせないようにするためということも考えられる。
それに、今回の学校訪問が決まったのも突然だった。
偶然を装ってまで兄さんは俺をエリー様と会わせたかったのかもしれない。
俺がエリー様を好きだったから……。
そう考えれば辻褄が合う気がした。
「エリー様、ごめん。俺とはもう会わない方がいい。俺がいると彼を忘れられないだろうし、俺は彼の代わりになれないから……。さぁ、そろそろ戻ろう」
立ち上がり伝えると、エリー王女の顔がさっと青ざめた。
「あの! 不快にさせてしまいました。誠に申し訳ございません! 私……本当に失礼なことをしておりました」
必死に頭を下げるエリー王女にセイン王子が首を振る。
離れたくないというレイの感情が割り込んできたが、それをなんとか抑え込んだ。
「ううん、怒ってはいないよ。ごめんね。これはエリー様のためでもあるし、両国にとって大事なことでもあるんだ。だから俺とは会わなかったことにしてほしい」
セイン王子にとっての最優先は、国を支えること。それだけだった――――。
「こちらは何か特別な木なのでしょうか?」
「うん。あ、ちょっと待ってね」
セイン王子が後ろを振り返り、側近三人に視線を送った。
「エリー様を上へお連れしても?」
「はい、問題ございません」
直ぐに駆け寄ってきたアランが答えるとセイン王子はエリー王女を見てにこりと笑う。
「良かった。では失礼しますね」
「ぁ……」
セイン王子はひょいとエリー王女を横に抱き抱えると、木の周りに取り付けられた螺旋状の階段を上り始めた。
「あ、あの……」
「ここの階段、危ないから。首に掴まっていてくれる?」
エリー王女はレイから花火を見せてもらった時のことをふと思い出した。
レイ……。
レイを想いながらセイン王子の首に抱き付くと、レイと同じ匂いがした。ぎゅっと握る手に力が入る。ずっとこのままでいられたら……。
あっという間に薄暗い場所に到着し、エリー王女は直ぐに下ろされた。
「少しここで待っていてね」
離れてしまったことを残念に感じている自分に気が付き、エリー王女は自分を咎めるように小さく頬を叩いた。
「あ、虫がいた? 今、虫除けと灯りを付けるね」
セイン王子が沢山のランプに火を灯すと、そこは幻想的な世界のように美しく輝き出した。
木々の緑に囲まれた空間に、白い布がいくつか上から垂れ下がっている。小さなテーブルが一つとベッドのように広々としたソファーが一つ置いてある。ソファーの上には沢山のクッションが置いてあった。
「素敵……木の妖精さんが住むお家みたい……」
「良かった、気に入ってもらえたみたいで。小さい頃、兄さんと一緒に作ったんだ。風がよく通るから涼しいでしょ」
喜んでもらえたことに嬉しそうに笑うセイン王子も幻想的に映る。これはレイに会いたいと願う自分が作り出した幻想なのでは?
エリー王女は夢心地の中、セイン王子をじっと見つめた。
「どうしたの? んー……もしかして、レイくんを思い出していた?」
「え、あの……ごめんなさい。とても失礼ですよね」
現実に引き戻され、エリー王女は素直に謝った。
「ううん、別にいいよ。ギルなんて最初の頃はしょっちゅうだったから。さぁ、ここに座って。ゆっくり話をしよう?」
セイン王子が手を引いてソファーへ誘導する。手が直接触れると胸が高鳴り、顔が熱くなった。
ソファーに腰を下ろすと、少し距離をとってセイン王子が隣に座る。
「じゃあ、エリー様の学校の話を聞かせてくれる?」
「は、はい」
最初は緊張していたが、エリー王女はいつの間にかレイと話しているような錯覚を起こしていた。
エリー王女が見つめるのはセイン王子ではなく、レイ。
それはセイン王子にも分かった。
ずっと視線を外していた時と違い、エリー王女が瞳を輝かせ、熱のこもった表情をしていたからだ。
「あー、ねぇ。エリー様って誰にでもそんな目で見つめるの?」
「え……。あ、あの……ごめんなさい。私……セイン様にレイを重ねて見てしまって……。ですので……」
エリー王女が俯き恥ずかしそうに答えると、セイン王子の胸がズキンと痛んだ。
「好き……だったの?」
「……はい」
エリー王女が迷いなく答えた。
自分を好きだと言われて嬉しいような、別の誰かを好きだと言われて悲しいような複雑な感情が流れてくる。悲しいのは何故なのか……。
自分の奥に潜むレイの心に感覚を合わせようとすると、ズキンと頭に痛みが走った。
「だ、大丈夫ですか?」
心配そうに顔を覗き込むエリー王女が、持っていたハンカチで汗を拭いてくれる。エリー王女との距離がぐっと縮まり、セイン王子は抱き締めたい衝動に駆られた。
柔らかな唇に触れ、滑らかな肌を辿る。
聞こえてくる欲情をそそる声。
何故か容易に想像出来た。
「……ダメだよ、エリー様。そんなに無防備に近付いたら。ね?」
なんとか自分の欲望を抑え、笑って見せるとエリー王女は顔を赤らめた。
「ごめんなさい! つい……」
つい……。
側に近寄るほどの仲だったのだろうか。
エリー様に対し沸き上がる想像も妙にリアルで生々しい。
もしも、気持ちを打ち明けていたのなら……。
セイン王子の表情が一気に曇った。
アトラス王国から戻ってきた本当の理由はエリー様と何かあったからなのでは?
自分が戻ったのはアトラス王国と良好な関係になったからと聞かされていたが、それほど良い関係には見えなかった。
他に理由があるのではと訝しく感じていただけに、疑念が沸く。
「あの……セイン様? やはりお加減が悪いのでしょうか?」
「大丈夫です、ありがとう……」
心臓が嫌な音を立てていた。
ローンズ王国を平和へと導くため、アトラス王国との同盟は必須だった。その関係を壊したのは自分だったのかもしれない。俺がアトラス王国への訪問を禁じられているのも、エリー様と会わせないようにするためということも考えられる。
それに、今回の学校訪問が決まったのも突然だった。
偶然を装ってまで兄さんは俺をエリー様と会わせたかったのかもしれない。
俺がエリー様を好きだったから……。
そう考えれば辻褄が合う気がした。
「エリー様、ごめん。俺とはもう会わない方がいい。俺がいると彼を忘れられないだろうし、俺は彼の代わりになれないから……。さぁ、そろそろ戻ろう」
立ち上がり伝えると、エリー王女の顔がさっと青ざめた。
「あの! 不快にさせてしまいました。誠に申し訳ございません! 私……本当に失礼なことをしておりました」
必死に頭を下げるエリー王女にセイン王子が首を振る。
離れたくないというレイの感情が割り込んできたが、それをなんとか抑え込んだ。
「ううん、怒ってはいないよ。ごめんね。これはエリー様のためでもあるし、両国にとって大事なことでもあるんだ。だから俺とは会わなかったことにしてほしい」
セイン王子にとっての最優先は、国を支えること。それだけだった――――。
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