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第11章 再会
第141話 もう一人の自分
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王女であることを隠す必要があるため、衣装は比較的シンプルな濃紺色のワンピースを選んだ。アランたちは普段から黒いスーツを着用しているため、馬車の用意など準備を進める。
暫くするとギルから返事が届き、三人は指定された時間にローンズ城へ向かった。
日は既に沈みかけている。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だって! リアム陛下の弟君であるなら悪い人じゃないだろうし、ギルがわざわざ側近になりたいと志願するくらいだから」
向かい側に座るアルバートが笑顔を向けた。
「はい、私も良い人であるとは思っております。ですが……レイに似ていたら……。いえ、しっかりとしないとですね。私はアトラス王国の代表として行くのですから」
エリー王女は自分に言い聞かせるようにつぶやき、大きく深呼吸した。がたがたと揺れる馬車の中で、ただじっと到着するのを待つ。
馬車はゆっくりとローンズ城の裏手門へ周る。三人はローブを深く被り、降りる準備を整えた。
アランたちが先に降り、いつものように馬車の外から手が差し伸べる。エリー王女は視界の悪いフードから見える手にそっと手を添えた。馬車から体を出し、不安定な馬車のステップに足をかけたその時である。
「こんばんは、エリー様」
聞き覚えのある声にエリー王女は息を飲んだ。胸の鼓動が鳴り響き、体が震える。
レイ……。
ううん……違う。レイではない。
レイはここにいるわけがない。
呪文のように心の中で言い聞かせる。
しかし、踏み出した足に力が入らない。
「大丈夫ですか。失礼します」
「あ……」
ふわりと体が浮かび、胸の中にすっぽりと埋まった。
横に抱かれたことでフードが落ち、視界が開ける。
目の前にあったのは優しいレイの笑顔。
「レイ……」
つい言葉にしてしまい、涙が溢れた。
胸が苦しい。
「……いえ、ギルから聞いていたのに驚かせてすみません。先にお会いした方が心も安定するかと……あ、あれ?」
困ったように笑うレイがいる。
でも……。
その瞳からは涙が一つ頬を伝っていた。
「あー、おかしいな。なんだか、もらい泣きしてしまったみたいです」
あははと笑いながらエリー王女を下ろすと、ハンカチを取り出してエリー王女の涙を拭く。
「不思議ですね」
笑みを浮かべてセイン王子も自分の涙を拭いた。
ただそれを見つめるしか出来ないエリー王女は、胸の前でぎゅっと両手を握り締める。
「大丈夫ですか? 暑いでしょう。とりあえず中へ」
動揺しているのを察したのか、セイン王子は腕を差し出した。
まだ挨拶もしていない自分に気が付き、エリー王女は胸に詰まる何かを押し出すように口を開く。
「あの……失礼いたしました……ありがとうございます。セイン様……あの……」
「うん。挨拶はいいよ。落ち着いてからで。さ、行こう。ね?」
エリー王女は小さく礼をしてセイン王子の腕に手を添えた。
顔、背丈、声、表情……。
どれを取っても瓜二つで、違う人物だと言う方がおかしいくらいだった。
胸が締め付けられて苦しいのに高鳴っている。
歩いていてるのにふわふわとしていて感覚がない。
レイではないのにレイと歩いているみたいだった。
エリー王女が思わず隣を見上げると、視線を感じたセイン王子が見下ろす。
「……ん? どうしました?」
セイン王子の微笑みがあまりにも眩しくて咄嗟に視線を逸らしてしまった。顔に熱が集まる。
変に思われていないだろうか。
言葉にしたいのに何も出てこないことがもどかしい。
エリー王女は自分の心に戸惑いを感じながら、ただ前だけを見て歩いた。
◇
落ち着かない様子のエリー王女の隣で、セイン王子は先ほど自分が流した涙について考えていた。
自分の感情とは違うところで出た涙に首を捻る。
本当にもらい泣きをしたのだろうか……。
「わざわざ来ていただき感謝する」
リアム国王が待つ部屋に到着すると、エリー王女の纏う空気が変わった。
「突然の訪問にも関わらず、温かくお迎え頂きありがとうございます」
「いや、こちらこそ内密な仕事中に御呼び立てして申し訳ない。さ、食事をしながらゆっくりと話をしよう」
言葉を交わすのも困難であったエリー王女が何事もなかったように対応する。
これが本来のエリー王女の姿なのだろう。
エリー王女を席へエスコートし、自分は目の前の席に座った。じっと見つめてみたけれどエリー王女は、全く視線を合わそうとしない。動揺しているからだと分かっているが、なんだかそれがとても寂しく感じた。
「セインとレイが双子なのかと思うくらい似ていてさぞ驚いたであろう。シトラル国王と相談して決めたこととはいえ、今まで会うことを避けていたことを許してほしい」
「いえ、心遣いに感謝しております。ご想像されていたように私はとても驚き、セイン様に失礼な態度を取ってしまいました。セイン様、先ほどは大変失礼しました」
エリー王女はセイン王子に向かって頭を下げた。
「気にしないで下さい。エリー様にお会いできてとても嬉しく思います。これからは気にすることなく交流を深められますね」
「は、はい」
仄かに頬が赤くなるエリー王女。やっと視線を交わすことができ、胸が高鳴るのを感じた。
こんな感情は初めてだ。
「ずっと後宮で暮らしていると聞いていたが、教員として過ごしていたのだな」
リアム国王が声をかけるとエリー王女の視線がセイン王子からすっと外れる。
「はい、あのままでは成長することが出来ないと思ったものですから」
「そうか。活き活きとしているのはそういうことだったか」
「いつも気にかけていただいて、ありがとうございます。陛下はさりげなく私に勇気を下さいます」
エリー王女がとても嬉しそうに話す姿に今度は締め付けられるような痛みが起きた。
自分とは違うところで勝手に感情が動いている。
まるで自分の中に別の人物がいるようだ。
別の人物……レイ。
不可解な感情はセイン王子に一つのことを教えてくれた。
それはレイがエリー王女に想いを寄せているということだった。
暫くするとギルから返事が届き、三人は指定された時間にローンズ城へ向かった。
日は既に沈みかけている。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だって! リアム陛下の弟君であるなら悪い人じゃないだろうし、ギルがわざわざ側近になりたいと志願するくらいだから」
向かい側に座るアルバートが笑顔を向けた。
「はい、私も良い人であるとは思っております。ですが……レイに似ていたら……。いえ、しっかりとしないとですね。私はアトラス王国の代表として行くのですから」
エリー王女は自分に言い聞かせるようにつぶやき、大きく深呼吸した。がたがたと揺れる馬車の中で、ただじっと到着するのを待つ。
馬車はゆっくりとローンズ城の裏手門へ周る。三人はローブを深く被り、降りる準備を整えた。
アランたちが先に降り、いつものように馬車の外から手が差し伸べる。エリー王女は視界の悪いフードから見える手にそっと手を添えた。馬車から体を出し、不安定な馬車のステップに足をかけたその時である。
「こんばんは、エリー様」
聞き覚えのある声にエリー王女は息を飲んだ。胸の鼓動が鳴り響き、体が震える。
レイ……。
ううん……違う。レイではない。
レイはここにいるわけがない。
呪文のように心の中で言い聞かせる。
しかし、踏み出した足に力が入らない。
「大丈夫ですか。失礼します」
「あ……」
ふわりと体が浮かび、胸の中にすっぽりと埋まった。
横に抱かれたことでフードが落ち、視界が開ける。
目の前にあったのは優しいレイの笑顔。
「レイ……」
つい言葉にしてしまい、涙が溢れた。
胸が苦しい。
「……いえ、ギルから聞いていたのに驚かせてすみません。先にお会いした方が心も安定するかと……あ、あれ?」
困ったように笑うレイがいる。
でも……。
その瞳からは涙が一つ頬を伝っていた。
「あー、おかしいな。なんだか、もらい泣きしてしまったみたいです」
あははと笑いながらエリー王女を下ろすと、ハンカチを取り出してエリー王女の涙を拭く。
「不思議ですね」
笑みを浮かべてセイン王子も自分の涙を拭いた。
ただそれを見つめるしか出来ないエリー王女は、胸の前でぎゅっと両手を握り締める。
「大丈夫ですか? 暑いでしょう。とりあえず中へ」
動揺しているのを察したのか、セイン王子は腕を差し出した。
まだ挨拶もしていない自分に気が付き、エリー王女は胸に詰まる何かを押し出すように口を開く。
「あの……失礼いたしました……ありがとうございます。セイン様……あの……」
「うん。挨拶はいいよ。落ち着いてからで。さ、行こう。ね?」
エリー王女は小さく礼をしてセイン王子の腕に手を添えた。
顔、背丈、声、表情……。
どれを取っても瓜二つで、違う人物だと言う方がおかしいくらいだった。
胸が締め付けられて苦しいのに高鳴っている。
歩いていてるのにふわふわとしていて感覚がない。
レイではないのにレイと歩いているみたいだった。
エリー王女が思わず隣を見上げると、視線を感じたセイン王子が見下ろす。
「……ん? どうしました?」
セイン王子の微笑みがあまりにも眩しくて咄嗟に視線を逸らしてしまった。顔に熱が集まる。
変に思われていないだろうか。
言葉にしたいのに何も出てこないことがもどかしい。
エリー王女は自分の心に戸惑いを感じながら、ただ前だけを見て歩いた。
◇
落ち着かない様子のエリー王女の隣で、セイン王子は先ほど自分が流した涙について考えていた。
自分の感情とは違うところで出た涙に首を捻る。
本当にもらい泣きをしたのだろうか……。
「わざわざ来ていただき感謝する」
リアム国王が待つ部屋に到着すると、エリー王女の纏う空気が変わった。
「突然の訪問にも関わらず、温かくお迎え頂きありがとうございます」
「いや、こちらこそ内密な仕事中に御呼び立てして申し訳ない。さ、食事をしながらゆっくりと話をしよう」
言葉を交わすのも困難であったエリー王女が何事もなかったように対応する。
これが本来のエリー王女の姿なのだろう。
エリー王女を席へエスコートし、自分は目の前の席に座った。じっと見つめてみたけれどエリー王女は、全く視線を合わそうとしない。動揺しているからだと分かっているが、なんだかそれがとても寂しく感じた。
「セインとレイが双子なのかと思うくらい似ていてさぞ驚いたであろう。シトラル国王と相談して決めたこととはいえ、今まで会うことを避けていたことを許してほしい」
「いえ、心遣いに感謝しております。ご想像されていたように私はとても驚き、セイン様に失礼な態度を取ってしまいました。セイン様、先ほどは大変失礼しました」
エリー王女はセイン王子に向かって頭を下げた。
「気にしないで下さい。エリー様にお会いできてとても嬉しく思います。これからは気にすることなく交流を深められますね」
「は、はい」
仄かに頬が赤くなるエリー王女。やっと視線を交わすことができ、胸が高鳴るのを感じた。
こんな感情は初めてだ。
「ずっと後宮で暮らしていると聞いていたが、教員として過ごしていたのだな」
リアム国王が声をかけるとエリー王女の視線がセイン王子からすっと外れる。
「はい、あのままでは成長することが出来ないと思ったものですから」
「そうか。活き活きとしているのはそういうことだったか」
「いつも気にかけていただいて、ありがとうございます。陛下はさりげなく私に勇気を下さいます」
エリー王女がとても嬉しそうに話す姿に今度は締め付けられるような痛みが起きた。
自分とは違うところで勝手に感情が動いている。
まるで自分の中に別の人物がいるようだ。
別の人物……レイ。
不可解な感情はセイン王子に一つのことを教えてくれた。
それはレイがエリー王女に想いを寄せているということだった。
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