恋するプリンセス ~恋をしてはいけないあなたに恋をしました~

田中桔梗

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第10章 未熟

第126話 怒りの矛先

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 レイが抹消されたという推測に、アルバートの心臓がドクンと跳る。恐ろしい考えに、壁に手をつき、足元を流れるシャワーのお湯を見つめた。

 側近という立場は、国王に忠義を誓い王女を守る存在だ。王女に手を出すなど裏切り行為以外の何物でもない。ましてや十八歳まで隔離するほど溺愛しているシトラル国王の愛娘だ。国王として、父親として許すことは出来ないだろう。

 しかし、レイはこの国を救ったのだ。何かしら罪が軽くなったりしないものだろうか……。例えば追放。いや、内部事情にも精通してるため、追放は有り得ない。

「くそっ!」

 考察すればするほど抹消する理由しか思い浮かばなかった。

「まだ、そうと決まったわけじゃねぇ。本当に症状が悪化したのかもしれないし……。でも」



――――これが真実だとしたら?



 お湯を水に変えて頭を冷やし、多少落ち着きを取り戻してからシャワー室を出た。

「やっと出たか。これからに報告書を渡しに行ってくる」

 アランが報告書を見せながら部屋を出て行こうとしたため、アルバートは思わず叫んだ。

「ああああ、アラン! 今日は俺が行く。お前、今日は色々あって疲れただろ?」
「別に」
「いやいやいや、俺もうやることねーし、任せておけって」

 アルバートの勢いに押されて、アランは報告書を手渡す。

「……なら、宜しく」
「おぅ」

 笑顔で書類を受け取ると、アルバートは直ぐに着替えて部屋を出た。作られた笑顔はすっと消え、冷えた廊下を颯爽と歩く。いつもと同じはずなのに、アルバートの見える世界は傾いていた。

 セロードの私室の扉の前で、上げた拳が止まる。瞳を閉じ、白い息を何度も吐いてからやっと扉を叩いた。

「どうぞ」

 アルバートが中に入ると、セロードは執務机で何かを書いている所だった。 

「報告書です……」
「ご苦労」

 報告書を受け取ったセロードは直ぐにまた顔を下ろす。アルバートはセロードをじっと見つめ立ち尽くした。

「なんだ? 何か言いたいことでもあるのか?」

 書類に目を通していたセロードが訝しげに顔を上げた。
 アルバートの拳にぐっと力が加わる。



「……セロードさん、レイを殺しましたか?」



 あまりにも直球だったが、それしか思い浮かばなかった。セロードは目を細め、しばしの沈黙が起きる。

「……だったらどうだというんだ」

 視線を書類に戻し、つまらないことを聞くなと言わんばかりの態度を見せた。



 アルバートの血液が一気に上昇したが、冷静を保とうと必死に抑える。

「……答えになってないんすけどっ」
「お前だったら殺すのが正しいと思ったからここに来たんだろ?」
「ちがっ……」

 違うとは言い切れなかった。
 エリー王女の側にレイがいれば、国王選びの妨げになる。違う部署へ異動したとしても、二人の関係が終わるとは限らない。恋愛のもつれは危険でもある。

「レイは大罪を犯した。処罰は適正だ」
「ぐっ……」

 セロードの冷静な声が告げた最悪の結果にアルバートの拳が震えた。

「……セロードさんは仮にも父親として面倒を見てきたんすよね……なら……」
「父親だからこそ息子の不始末は自分でつけた。たとえアランであっても同じことをする」

 アルバートの目をしっかりと見据えて答える。

「なんでだよ! 殺す必要なんかねーじゃねーか!」
「お前は何を学んできた。ああ、身内には罪を甘くしろと?」
「そうじゃねーよ! そうじゃねーけど…………父親ならなんとかするだろ!!」

 真実を知ったところで何も払拭されない。それは分かっていた。しかし、何か報われる言葉を、違う真実を期待していたのかもしれない。

「あいつはこの国を守ったんだ!! なのにそこまですることねーじゃねーか!!」

 セロードが悪いのか、シトラル国王が悪いのか、それともこの国が悪いのかアルバートには分からなかった。ただ、今まで示してきた忠誠心が揺らぐのを感じながら、目の前にいるセロードに思いをぶつけるしかなかった。

 レイはアルバートにとって大切な仲間だった。騎士として入ってきたレイを可愛がっていたし、アトラス王国の騎士団は全員家族も同然だ。名誉ある戦死であったからこそ皆はレイを誇りに感じていたのだ。

 なのに……。

「……気持ちは分かるが、直ぐに制度を変えることは出来ない。分かってほしい……」

 チラリと父親としての顔を覗かせたセロードにアルバートは言葉を詰まらせた。知っている。セロードはアランだけじゃなく、レイも息子のように大事にしていたことを。身寄りのないレイを後押しして側近にしたのもセロードだった。

 そんな息子を手にかけたセロードの気持ちを想像してしまい、アルバートの怒りは行き場を失ってしまった。

「くそっ!」

 ずっと握り締めていた拳を額につけ、目を閉じた時だった。

「今の話……どういうことだ……」

 声のする方を振り返ると、そこにはいるはずのない人物が青い顔をして立っていた。

「アラン……」



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