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第09章 責務
第122話 けん制
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アトラス城を目前にした馬車の中で、リリュートは深いため息をついた。
「どうした。今日は他の候補者にエリー様との仲を見せ付けることが出来るのだ。胸を張りなさい。他の者に取られないようにするのだぞ。今日はデール王国のジェルミア殿下もいらっしゃるようだからな。他国に渡してなるものか」
父親であるセルドーラ公爵は上機嫌である。リリュートとの婚姻も時間の問題だと思っているのだ。
セルドーラ公爵の思いとは裏腹に、リリュートの心はずっしりと重かった。
エリー王女とはどんな顔をして会えばいいのだろう。
目を合わせてくれるのだろうか。
あれから自分のことを考えてくれたのだろうか……。
リリュートは昨夜からエリー王女のことで頭がいっぱいだった。
不安を抱えたまま重い足取りでホールへ足を踏み入れると、眩しさで目が眩んだ。
深紅のドレスに身を包んだエリー王女は、華やかな場所に相応しくとても美しく輝いている。
胸が締め付けられ、泣きたくなるほど想いが込み上げてきた。
あの笑顔を独り占めできたらどんなに素晴らしいことだろうか。
リリュートの胸のうちに、エリー王女を誰にも渡したくないという欲求が大きく膨らんだ。
「エリー様、本日はお招き頂きありがとうございます」
「セルドーラ公。ようこそいらっしゃいました」
セルドーラ公爵が挨拶をする。
「また一段とお美しくなられ、より一層レナ王妃に似てきましたな。そうそう、最近ではリリュートと仲良くして頂いているみたいで感謝しております」
セルドーラ公爵は他の来賓客に聞こえるように大きな声で強調した。
「いつも助けて頂いており、こちらこそ感謝しております」
「息子は今までは何をするにも無気力でしたが、エリー様とお会いしてからというもの別人のようになりました。息子にはエリー様が必要のようです。今後も息子を宜しくお願いします」
セルドーラ公爵は嬉しそうにエリー王女とリリュートを交互に見つめた。エリー王女はセルドーラ公爵の視線に誘導されるようにリリュートに視線を移す。
視線が交わった瞬間、リリュートの心臓は跳ね、顔に熱が一瞬にして集まった。その反応を見たエリー王女もまた顔が朱に染まっていく。
「おやおや、これは……そういうことですか。いや、余計なことは言いません。私はお邪魔のようですので先に失礼します」
「あ……ごゆっくりお楽しみくださいっ」
セルドーラ公爵を見送ると、僅かな沈黙が起きた。しかし、リリュートがエリー王女に伝えるべきことはただ一つである。
「昨日はすみませんでした。宜しければ、後ほど少しお時間を作っていただきたいのですが」
エリー王女はじっと何かを考えている様子ではあったが、笑顔を見せ承諾してくれた。リリュートはほっと胸を撫で下ろす。
「ありがとうございます。では、後ほど」
リリュートは僅かに笑みを作り、その場から立ち去った。
◇
エリー王女が来賓者全員と挨拶を交わし終えた頃、正式にパーティーが始まった。
シトラル国王の挨拶も終わり、来賓客は思い思いに時間を過ごす。エリー王女は、最初にディーン王子の元へ向かった。
「ディーン様」
驚いた様子のディーン王子であったが、表情は直ぐに笑みに変わる。他愛もない話をしていると、一人の男が近付いてきた。
「私も話に混ぜていただいても宜しいでしょうか」
「ジェルミア様。ええ、私は構いません」
「私ももちろん構いません。ああ、ジェルミア様は数多くの女性を虜にするだけあって、男前でいらっしゃる。数々の噂は耳にしておりますよ」
どことなくディーン王子の言葉にエリー王女は角を感じた。
「ありがとうございます。噂は真実とは限りません。私は今、一人の女性に愛を捧げております。彼女は世界中の誰よりも美しく、聡明で素敵な方ですから。ね、エリーちゃん」
「え……。あ、はい……あの……!?」
聞き慣れない呼び方に驚いていると、ジェルミア王子がエリー王女の腰をそっと抱いてきた。見上げると優しく微笑んでいる。この強引さは以前のジェルミア王子のようで、少し怖かった。
「エリー様との仲も聞いておりましたが、エリー様はあまり嬉しそうではないようですよ」
「奥ゆかしい方ですからね。二人の時にとっておきます」
不穏な空気が漂い、エリー王女がどうして良いか分からずにいると、リリュートが視界に入ってきた。
「リリュート!」
思わず声を掛けると、ディーン王子とジェルミア王子がリリュートに視線を向ける。リリュートは深くお辞儀をした。
「あ、こちらセルドーラ公爵家のリリュートです」
ピリピリとした空気の中、エリー王女はジェルミア王子から離れリリュートを紹介した。
「初めまして、ディーン殿下、ジェルミア殿下」
「初めまして。リリュート公の噂も聞いているよ。私と君とはライバル同士ってことだね。ディーン様はシロルディア王国の継承者なので候補ではなかったですよね?」
「そうですよ。しかし、世の中何があるか分かりませんからね」
一体どうしたというのだろう。笑顔ではあるのに互いにけん制しているように見える。
居心地の悪くなったエリー王女は、一旦三人から離れることにした。
「あの……、私は他に挨拶をしてきます。皆さまはゆっくりと楽しんでいってください。では」
笑顔を作り、お辞儀をするとリリュートに腕を掴まれた。
「エリー様。お約束の件ですが、パーティーが終わってからでも?」
「あ、はい。……では部屋を用意させます」
「うん。ありがとう」
リリュートは笑みを浮かべた。
◇
「エリーちゃん、今度は彼がお相手なの?」
パーティーが終わり、リリュートの待つ部屋へ向かう廊下でジェルミア王子に問われた。表情は固く、どこか責めているような口調である。
「ち、違います。そういうわけじゃないのですが……」
「ふ~ん。じゃあさ、彼と話が終わったら俺と会ってよ」
ジェルミア王子はエリー王女の目の前に立つと、頬を撫でながら微笑む。
「きょ、今日ですか……?」
ニコニコしているジェルミア王子は今日と言っているようだった。
エリー王女は心の中で呪文のように"責務"と唱える。
「……分かりました。では、お部屋にお伺いいたしますのでそちらでお待ちください」
「どうした。今日は他の候補者にエリー様との仲を見せ付けることが出来るのだ。胸を張りなさい。他の者に取られないようにするのだぞ。今日はデール王国のジェルミア殿下もいらっしゃるようだからな。他国に渡してなるものか」
父親であるセルドーラ公爵は上機嫌である。リリュートとの婚姻も時間の問題だと思っているのだ。
セルドーラ公爵の思いとは裏腹に、リリュートの心はずっしりと重かった。
エリー王女とはどんな顔をして会えばいいのだろう。
目を合わせてくれるのだろうか。
あれから自分のことを考えてくれたのだろうか……。
リリュートは昨夜からエリー王女のことで頭がいっぱいだった。
不安を抱えたまま重い足取りでホールへ足を踏み入れると、眩しさで目が眩んだ。
深紅のドレスに身を包んだエリー王女は、華やかな場所に相応しくとても美しく輝いている。
胸が締め付けられ、泣きたくなるほど想いが込み上げてきた。
あの笑顔を独り占めできたらどんなに素晴らしいことだろうか。
リリュートの胸のうちに、エリー王女を誰にも渡したくないという欲求が大きく膨らんだ。
「エリー様、本日はお招き頂きありがとうございます」
「セルドーラ公。ようこそいらっしゃいました」
セルドーラ公爵が挨拶をする。
「また一段とお美しくなられ、より一層レナ王妃に似てきましたな。そうそう、最近ではリリュートと仲良くして頂いているみたいで感謝しております」
セルドーラ公爵は他の来賓客に聞こえるように大きな声で強調した。
「いつも助けて頂いており、こちらこそ感謝しております」
「息子は今までは何をするにも無気力でしたが、エリー様とお会いしてからというもの別人のようになりました。息子にはエリー様が必要のようです。今後も息子を宜しくお願いします」
セルドーラ公爵は嬉しそうにエリー王女とリリュートを交互に見つめた。エリー王女はセルドーラ公爵の視線に誘導されるようにリリュートに視線を移す。
視線が交わった瞬間、リリュートの心臓は跳ね、顔に熱が一瞬にして集まった。その反応を見たエリー王女もまた顔が朱に染まっていく。
「おやおや、これは……そういうことですか。いや、余計なことは言いません。私はお邪魔のようですので先に失礼します」
「あ……ごゆっくりお楽しみくださいっ」
セルドーラ公爵を見送ると、僅かな沈黙が起きた。しかし、リリュートがエリー王女に伝えるべきことはただ一つである。
「昨日はすみませんでした。宜しければ、後ほど少しお時間を作っていただきたいのですが」
エリー王女はじっと何かを考えている様子ではあったが、笑顔を見せ承諾してくれた。リリュートはほっと胸を撫で下ろす。
「ありがとうございます。では、後ほど」
リリュートは僅かに笑みを作り、その場から立ち去った。
◇
エリー王女が来賓者全員と挨拶を交わし終えた頃、正式にパーティーが始まった。
シトラル国王の挨拶も終わり、来賓客は思い思いに時間を過ごす。エリー王女は、最初にディーン王子の元へ向かった。
「ディーン様」
驚いた様子のディーン王子であったが、表情は直ぐに笑みに変わる。他愛もない話をしていると、一人の男が近付いてきた。
「私も話に混ぜていただいても宜しいでしょうか」
「ジェルミア様。ええ、私は構いません」
「私ももちろん構いません。ああ、ジェルミア様は数多くの女性を虜にするだけあって、男前でいらっしゃる。数々の噂は耳にしておりますよ」
どことなくディーン王子の言葉にエリー王女は角を感じた。
「ありがとうございます。噂は真実とは限りません。私は今、一人の女性に愛を捧げております。彼女は世界中の誰よりも美しく、聡明で素敵な方ですから。ね、エリーちゃん」
「え……。あ、はい……あの……!?」
聞き慣れない呼び方に驚いていると、ジェルミア王子がエリー王女の腰をそっと抱いてきた。見上げると優しく微笑んでいる。この強引さは以前のジェルミア王子のようで、少し怖かった。
「エリー様との仲も聞いておりましたが、エリー様はあまり嬉しそうではないようですよ」
「奥ゆかしい方ですからね。二人の時にとっておきます」
不穏な空気が漂い、エリー王女がどうして良いか分からずにいると、リリュートが視界に入ってきた。
「リリュート!」
思わず声を掛けると、ディーン王子とジェルミア王子がリリュートに視線を向ける。リリュートは深くお辞儀をした。
「あ、こちらセルドーラ公爵家のリリュートです」
ピリピリとした空気の中、エリー王女はジェルミア王子から離れリリュートを紹介した。
「初めまして、ディーン殿下、ジェルミア殿下」
「初めまして。リリュート公の噂も聞いているよ。私と君とはライバル同士ってことだね。ディーン様はシロルディア王国の継承者なので候補ではなかったですよね?」
「そうですよ。しかし、世の中何があるか分かりませんからね」
一体どうしたというのだろう。笑顔ではあるのに互いにけん制しているように見える。
居心地の悪くなったエリー王女は、一旦三人から離れることにした。
「あの……、私は他に挨拶をしてきます。皆さまはゆっくりと楽しんでいってください。では」
笑顔を作り、お辞儀をするとリリュートに腕を掴まれた。
「エリー様。お約束の件ですが、パーティーが終わってからでも?」
「あ、はい。……では部屋を用意させます」
「うん。ありがとう」
リリュートは笑みを浮かべた。
◇
「エリーちゃん、今度は彼がお相手なの?」
パーティーが終わり、リリュートの待つ部屋へ向かう廊下でジェルミア王子に問われた。表情は固く、どこか責めているような口調である。
「ち、違います。そういうわけじゃないのですが……」
「ふ~ん。じゃあさ、彼と話が終わったら俺と会ってよ」
ジェルミア王子はエリー王女の目の前に立つと、頬を撫でながら微笑む。
「きょ、今日ですか……?」
ニコニコしているジェルミア王子は今日と言っているようだった。
エリー王女は心の中で呪文のように"責務"と唱える。
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