恋するプリンセス ~恋をしてはいけないあなたに恋をしました~

田中桔梗

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第09章 責務

第120話 本心

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 アランはエリー王女の部屋に入ると、小さな明りを灯す。辛うじて部屋の中の様子が分かる程度の明るさの中、エリー王女が眠るベッドの側まで来た。

「お休みのところ申し訳ございません……。マーサさんとアルバートから聞きました……」

 エリー王女の反応はない。しかし、泣いている気配はあった。アランが小さくため息を吐くとベッドの隅に座る。

「……覚えているか? エリーが孤独だって言っていた時のことを。しばらくバタバタして俺も忘れていたんだが……俺たち友達……だったよな?」

 躊躇いがちにアランが尋ねると、エリー王女が息を飲む気配を感じた。

「レイがエリーのためにしたことはちゃんとやらないとな……」

 言いながらアランは苦笑いを溢した。
 本当はレイが言ったからではない。
 腹を割って話すなら王女と側近という立場より、一個人として、友人として話したほうがいいと思ったからだった。

 エリー王女の側近になってから今まで、アランはエリー王女に心を開いたことはなかった。
 実際には苦手だと感じていたし、エリー王女もそう思っているだろうと感じていた。

 しかし、このままで良いはずはない。

「……で、リリュート様がエリーに何をしたかは知らないが、レイに対して裏切ったとかそういう気持ちがあるならそれは考えなくていいと思う。ハーネイス様の屋敷へ行く前、"俺がいない間に決まった方がいい。俺のことは気にしないで"って言っていたから」
「そんなこと! ……気にしないだなんて、出来るはずがありません」

 エリー王女は起き上がりアランの方を向いた。顔は涙でぐしゃぐしゃで見るのもためらったが、アランも大勢を変え、エリー王女を正面から見つめる。

「レイが亡くなってから僅か二ヵ月半。そんな状態でエリーに他の男を勧めることが本当に得策なのかわからない。それに、俺もレイのことを思うと、直ぐに他の男と親密な関係になるのは面白くない」
「アラン……」
「だけどエリーは王女で、俺はその側近だ。感情だけで動くべきではない……」
「私だって分かってはおります。ですが、今はまだ特定の人を選ぶなんて考えられないです」
「そう言いながらも、リリュート様とは俺やアルバートが勘違いするほど仲が良かったじゃないか」
「勘違い? ただ一緒に仕事をしていただけでしょう? どうしてそうなるのですか?」

 エリー王女は首を傾げた。

「リリュート様にだけ、遠くにいても声をかけているだろ。一緒にいる時間も多い。それに、話す距離は近いし、にこにこ笑顔を振りまいていたらそう思うだろう? リリュート様だって勘違いする。何かされたとしても自業自得だ」
「ア、アラン! 私はただ友人として接していただけです。レイだってそのような態度だったではないですか?」
「あいつは男だ。同じようにやるな。それにそんな態度のあいつに惚れてるじゃないか」
「う……。では、友達としてどう接したら良かったのでしょうか?」
「エリーは顔がいいから、異性の友達は諦めろ。大抵相手が惚れる。あ、悪いが俺は惚れないから安心しろ。好みじゃない」
「……それは良かったです」

 複雑そうな表情をしたエリー王女にアランは少し言い過ぎたような気もして、小さく咳払いをした。

「話がずれたな……。レイを忘れろとは言わないが、国王を決めるのはエリーの責務なんだ。もしあいつの存在がなかったらどうしたのかを考えて行動してほしい」
「……アランは好きではない人と……その……出来るのですか?」
「政略結婚なんてよくある話だろう。それで上手くいっている夫婦だっている。エリーにとって、その相手が心の支えにだってなるかもしれない。リリュート様は嫌いじゃないんだろう? それに、ジェルミア様は全てを知りながら受け入れてくれている。リアム陛下にだってエリーは珍しく心を開いていたじゃないか。一歩踏み込めば何か変わるかもしれない」

 アランの言葉にエリー王女はじっと何かを考えている。そして小さく息を吐いた。

「……わかりました。責務……ですよね……。ですが、一歩踏み込むとはどうしたら良いのでしょう? 私には距離感が分かりません。またキスされるようなことがあったらどうすればいいのでしょう? 勘違いさせないようにすればキスされることはないのでしょうか?」

 正直、アランには分からなかった。
 恋愛なんて興味もない。

「……キスぐらい、いいんじゃないか……?」
「キスぐらい? あの……キスって好きな方とするものですよね? そのように簡単にすることではないと思うのですが……」

 エリー王女は珍しく眉間にシワを寄せた。

「あの……もしかして、アランは人を好きになったことがないのでしょうか……?」
「…………ない。が、付き合ったことくらいはある」
「好きではないのに付き合っていたのですか? それが一歩踏み出すことなのでしょうか?」
「どうだろうな……」

 いぶかしげに視線を送ってくるエリー王女からアランは視線を反らす。好きではない人と付き合ったが、特に得たものはなかったからだ。

「……アランはいつも自信たっぷりに説明してくださるのに、こういうことは全然分からないのですね……」

 言い返す言葉もない。
 アランが黙っているとエリーは苦笑いを溢した。

「……分かりました。割り切って頑張ってみます……。それが私の責務なのですから……。取り敢えず、国王として相応しいのか沢山お話をしてみます。リリュートともちゃんと向き合います……人としては好きですので……」
「ああ、そうしてくれ。……役に立たないかもしれないが、何でも相談しろよ」
「はい」

 エリー王女が苦笑いをすると、アランはベッドから立ち上がった。

「じゃ、明日は忙しいからな。戻る」
「あ、あの……! ありがとうございます。その……友人として接してくださいまして……。少しアランが分かって嬉しいです……恋愛に疎いところとか……完璧じゃないところが分かって話しやすくなりました」

 アランは笑みを返し、部屋から出て行った。
 静かになった部屋でエリー王女はベッドの上に倒れ込む。先ほど濡らした枕は乾いていた。

「王女としての責務……」

 ベッド脇に置かれたスノードームを見つめ小さく呟く。アトラス城に閉じ込められた自分を想像しながら瞳を閉じた。



 ◇

 部屋に戻ってきたアランは、多くは語らなかったが二人きりで会う方法を認めた。

「エリー様も前向きに国王選びをすると言っていた」
「まぁ、男女の関係なんて、周りが口出したところで結局は二人の問題だからな。気楽にやろーぜ、なっ?」
「ああ……」

 アランは疲れた表情のまま執務机に向かった。
 そんなアランの背中をアルバートは横目で見送り、小さく息を吐く。

「……もっと俺を頼れっちゅーの」

 その声は、アランには届かない。

 アランの無理をしている姿が痛々しいと、アルバートは日々感じていた。レイと仲の良かったアルバートは、アランとレイが家族としての強い絆を持っていることも知っている。今、アランの心はボロボロだろう。それでも、エリー王女のために自分を抑えて立っていることも分かっていた。

 側近になることに興味のなかったアルバートだったが、アランのために志願した。アランを守ることで、エリー王女も守れる。そうすることで、アトラス王国も守ることになるのだ。

 アルバートは自分のベッドに潜り込み、天井をじっと見つめた。そして、払拭できていない気になる点について考える。

 リリュートとの関係が良好であるのに、泣くほど嫌な理由。
 初めては好きな人と……っていう、乙女な理由は有り得る。

 じゃあ、アランがエリー様の結婚に消極的な理由はなんだ?

「まさか二人が出来てるとかねーよな……」

 なくはない理由にアルバートは自分の頭をぐしゃぐしゃと掻き回した。


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