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第09章 責務
第116話 次期国王に近い男
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「……人違いだ」
頭を下げた三人に向かって、リリュートは冷ややかな声を放つ。
恐らく状況を理解してくれたのだろう。リリュートは、その場から直ぐに立ち去った。
アランはリリュートの背中を見つめ、何かを考えているように見える。
「どうかしたのですか?」
「……いえ。我々も戻りましょう」
三人が馬車に乗り込むとアランが口を開いた。
「知ってはいると思いますが、王都はセルドーラ家が管理しております。要するにリリュート様の父、ライズ様が中心となって計画を進めているということです」
「では、先ほどリリュートがあの場所にいたのもそれに関係が?」
「リリュート様は夏頃から積極的に政治活動を行っておりますが、K地区移設計画のメンバーには入っておりません」
「では何故あのような場所に?」
「……一度、お呼び立てして確認してみると良いかもしれません」
◇
翌日、エリー王女はリリュートをアトラス城内の執務室へと呼び立てた。
リリュートが部屋に入ると、エリー王女が座る大きな執務机の前に立ち、頭を下げた。
「昨日の無礼な振る舞いをお許し下さい」
「いえ、頭を上げてください。むしろ気転を利かせていただいて感謝しております」
頭を上げたことを確認すると、エリー王女は笑顔を作る。
すると、リリュートの顔は無表情ではあるものの、仄かに頬が赤く染まった。
「……今日はどのようなご用件でしたでしょうか」
誤魔化すかのように握り締めた拳で口許を隠しながら、リリュートは静かに尋ねた。
「そうですね。早速ですがK地区移設計画についてお伺いします。この件に関してリリュートは何かご存じですか?」
「……はい。父が仲間の貴族たちと娯楽施設を作るための案を提出したことは知っております」
「学校が建設中心地であることも? あの場所にいた理由と関係がありますか?」
エリー王女の厳しい瞳がリリュートを見据える。
「はい。父からそのような話を耳にし、あの地区から反感が出るのではないかと見定めに行っておりました」
リリュートは臆することなく、静かに言葉にした。
「あの地区は他と比べて団結力がかなり強いです。また、旧市街の建造物は歴史的に価値が高いと思われます。一部の人間のためだけの目先の利益や快楽で安易に行えば、大衆からの反感は大きく、歴史的建造物を失うことはアトラスにとって大きな打撃になることでしょう」
「では、リリュートはこの計画に反対なのですか?」
「はい」
即答だった。
リリュートにはエリー王女の考えは伝えていない。
だからこそ、これは媚でもなくリリュートの本当の意見であることが分かる。
「……私も同じ意見です。また、調べたところT地区は人が住めるような状態ではありませんでした。これが地質調査の結果です」
エリー王女は机に置かれた調査資料を手渡す。リリュートは険しい顔でその資料に目を通した。
「これらを改善するには莫大な費用と時間がかかるでしょう。……分かりました。この件については私にお任せ下さい。父を説得し、K地区移設計画を撤回させましょう」
「できますか?」
「はい」
リリュートは丁寧に挨拶を交わし立ち去った。
扉の閉まる音を聞くと、エリー王女はほっと肩の力を緩める。
「エリー様、上出来です」
側で仕えていたアランがエリー王女に声をかけた。
「しかし、まだ解決したわけではございません」
「結果も大事ですが、政治を行う上でエリー様は大いなる一歩を踏めました」
「そうなのですか?」
「上に立つ者は人を見極め上手く使用することも重要です。リリュート様の本心を聞いてから本題に入れたこと。リリュート様を味方に付けることが出来たこと。とてもよい結果です。また、リリュート様なら交渉も上手くやってくださることでしょう」
アランはこの計画について、もう心配はしていなかった。
リリュートは国内で一番、次期国王に近い男。
父であるセルドーラ公爵はエリー王女を敵に回したくないだろう。婚姻が決まるまでは少しでも好印象を残したいと思っているはずである。
恐らくあっという間に計画を取り下げるだろう。
頭を下げた三人に向かって、リリュートは冷ややかな声を放つ。
恐らく状況を理解してくれたのだろう。リリュートは、その場から直ぐに立ち去った。
アランはリリュートの背中を見つめ、何かを考えているように見える。
「どうかしたのですか?」
「……いえ。我々も戻りましょう」
三人が馬車に乗り込むとアランが口を開いた。
「知ってはいると思いますが、王都はセルドーラ家が管理しております。要するにリリュート様の父、ライズ様が中心となって計画を進めているということです」
「では、先ほどリリュートがあの場所にいたのもそれに関係が?」
「リリュート様は夏頃から積極的に政治活動を行っておりますが、K地区移設計画のメンバーには入っておりません」
「では何故あのような場所に?」
「……一度、お呼び立てして確認してみると良いかもしれません」
◇
翌日、エリー王女はリリュートをアトラス城内の執務室へと呼び立てた。
リリュートが部屋に入ると、エリー王女が座る大きな執務机の前に立ち、頭を下げた。
「昨日の無礼な振る舞いをお許し下さい」
「いえ、頭を上げてください。むしろ気転を利かせていただいて感謝しております」
頭を上げたことを確認すると、エリー王女は笑顔を作る。
すると、リリュートの顔は無表情ではあるものの、仄かに頬が赤く染まった。
「……今日はどのようなご用件でしたでしょうか」
誤魔化すかのように握り締めた拳で口許を隠しながら、リリュートは静かに尋ねた。
「そうですね。早速ですがK地区移設計画についてお伺いします。この件に関してリリュートは何かご存じですか?」
「……はい。父が仲間の貴族たちと娯楽施設を作るための案を提出したことは知っております」
「学校が建設中心地であることも? あの場所にいた理由と関係がありますか?」
エリー王女の厳しい瞳がリリュートを見据える。
「はい。父からそのような話を耳にし、あの地区から反感が出るのではないかと見定めに行っておりました」
リリュートは臆することなく、静かに言葉にした。
「あの地区は他と比べて団結力がかなり強いです。また、旧市街の建造物は歴史的に価値が高いと思われます。一部の人間のためだけの目先の利益や快楽で安易に行えば、大衆からの反感は大きく、歴史的建造物を失うことはアトラスにとって大きな打撃になることでしょう」
「では、リリュートはこの計画に反対なのですか?」
「はい」
即答だった。
リリュートにはエリー王女の考えは伝えていない。
だからこそ、これは媚でもなくリリュートの本当の意見であることが分かる。
「……私も同じ意見です。また、調べたところT地区は人が住めるような状態ではありませんでした。これが地質調査の結果です」
エリー王女は机に置かれた調査資料を手渡す。リリュートは険しい顔でその資料に目を通した。
「これらを改善するには莫大な費用と時間がかかるでしょう。……分かりました。この件については私にお任せ下さい。父を説得し、K地区移設計画を撤回させましょう」
「できますか?」
「はい」
リリュートは丁寧に挨拶を交わし立ち去った。
扉の閉まる音を聞くと、エリー王女はほっと肩の力を緩める。
「エリー様、上出来です」
側で仕えていたアランがエリー王女に声をかけた。
「しかし、まだ解決したわけではございません」
「結果も大事ですが、政治を行う上でエリー様は大いなる一歩を踏めました」
「そうなのですか?」
「上に立つ者は人を見極め上手く使用することも重要です。リリュート様の本心を聞いてから本題に入れたこと。リリュート様を味方に付けることが出来たこと。とてもよい結果です。また、リリュート様なら交渉も上手くやってくださることでしょう」
アランはこの計画について、もう心配はしていなかった。
リリュートは国内で一番、次期国王に近い男。
父であるセルドーラ公爵はエリー王女を敵に回したくないだろう。婚姻が決まるまでは少しでも好印象を残したいと思っているはずである。
恐らくあっという間に計画を取り下げるだろう。
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