恋するプリンセス ~恋をしてはいけないあなたに恋をしました~

田中桔梗

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第09章 責務

第115話 K地区移設計画

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 昼食を食べ終えた三人はロン達に別れを告げ、馬車に乗り込んだ。エリー王女の目の前にはセロードとアランが座っている。

 久しぶりに二人の顔を見た気がした。

「心配をおかけ致しました……」

 エリー王女はアランを見つめ、小さく声を絞り出す。

「いえ、一緒に頑張って行きましょう」

 そう言ってほほ笑むアランに自分の弱さを改めて思い知る。アランは自分よりレイとは長く、兄弟のように親友のように一緒にいた。そのアランはしっかりと前を向いている。

「はい、これからもよろしくお願いいたします」

 エリー王女も精いっぱい微笑んで見せた。



 ◇

 暫く進むと景色が荒れた土地へと変わって行く。建物は朽ち、誰も住んでいない様子の町の中を走る。アトラスにもこのような地区があったのかとエリー王女は驚いた。

「ここはT地区です。少し降りて見てみましょう」

 アランが馬車を停めるよう御者に伝えると、ゆっくりと止まった。二人が降りてからエリー王女がアランの手に手を添え、ゆっくりと降りた。
 かび臭い匂いがし、土がしっとりと濡れていた。どこか辛気臭い雰囲気が漂う。

「ここは以前、大きな湖がありました。アトラスの人口が増え、土地がなくなったため湖を埋め立て、そこに街を作りました。しかし見ての通り湿気が酷く地盤が緩い。住むには適していなかったため、居住地拡大は外側に広げました。ここは誰も住んではいません」

 アランは畳まれた書類を胸ポケットから出すと、それを広げエリー王女に手渡す。

「これは……?」
「それはK地区移設計画書です」
「K地区移設?」

 エリー王女は急いでその書類に目を通した。
 そこにはT地区の地盤を解消し、K地区の人々を移動させようというものだった。理由はK地区の老朽化とT地区再生が目的と書かれている。

「取り壊して娯楽施設ですか……?」

 書類を見つめるその眉間にはシワが寄る。

「K地区は富裕層がいるS地区に近いですので……」
「そのためにK地区の皆さんをこのような場所に住まわせるのですか?」
「……こちらの件はまだ検討段階です。今回、エリー様が担当されますので否決することも可能です」

 アランの言葉にぱっと顔を上げる。

「それでは――」
「ただし」

 エリー王女の言葉を遮るようにアランは話を続けた。

「否決させるためにはしっかりとした理由が必要です。最終的にはシトラル国王が決定いたしますので、納得させられるような資料を提出してください」

 国王になるために毎日シトラル国王の後ろで政治の様子を見てきていた。政治の流れは把握していたが、実務はまだしたことがない。

 エリー王女の手に力が入る。

 おばさまやロンさん、マチルダさん、お腹の赤ちゃん。
 そして、レイが守ってきた街……。
 自分の力で多くの人の生活が大きく変わってしまう。

 それは前から分かっていたが、今まではそれがどこか他人事であった。
 しかし、実際に会った大切な人達がそのような状況下に置かれたことによって、エリー王女は責任の"重さ"を理解した。



 それでも……。

 ううん

 だからこそ……。



 エリー王女の背筋をピンと伸ばし、アランをまっすぐ見つめた。



「分かりました。必ず私はこのK地区移設計画を否決させてみせます。アラン、補佐をお願いします」
「はっ」



 レイが守ってきた街を今度は私が守ってみせる。



 エリー王女は自分の胸に手を当て、心に誓った。



 ◇

 視察に行った日から『K地区移設計画』の決議を行うため、エリー王女は毎日のように忙しくしていた。アランやアルバート、そしてマーサもその様子に安堵し、一緒に書類作成の手伝いをする。

 K地区を移設した際に起こる利点と欠点。また、移設をしなかった場合の改善策。T地区の地質調査など調べることは山のようにある。その際、アランとアルバートの三人で視察に出ることも多々あった。

 ある日、エリー王女はK地区にある学校に足を運んだ。
 ここは娯楽施設建設の中心となる場所である。

 赤レンガで作られた外壁に窓が大きくくりぬかれていた。これなら日の光が沢山入り、勉強もしやすいだろう。子供たちが真剣に黒板に目を向けている姿をエリー王女は外からじっと見つめた。

「沢山の友人と一緒に勉強するのは楽しいでしょうね。アランも学校に通っておりましたか?」
「はい。士官学校に通っておりました」
「そうですか。とても楽しい時だったでしょうね」

 一生懸命に耳を傾けている子もいれば、友達とこそこそ話をしている子もいた。
 その様子にエリー王女は笑みを浮かべる。

「エリー様? もしかしてエリー様でしょうか……」

 突然後ろから声をかけられ、振り向くとそこには身なりの綺麗な男が立っていた。

「リリュ――」

 エリー王女が声をかけようとすると、アランが手を上げてそれを止めた。

「これはリリュート様。こんな一介の者にお声をかけて頂きましてありがとうございます」

 アランとアルバートが深々と頭を下げる。

 K地区の人たちにエリー王女だと知られては、気軽にここで調査に来ることが出来なくなってしまうからだった。
 エリー王女はそのことにはっと気が付き、アランと同じように頭を下げた。






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