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第09章 責務
第114話 一歩
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今まで少しの反応も見せなかったエリー王女が自らの意思で動いた。その様子にセロードとアランは顔を見合せて小さく頷く。
K地区に来た本当の目的は、レイが守ってきた町と人々を見せることであった。それは、エリー王女が少なからずレイが守ってきたものを守りたいという気持ちが芽生えるだろうと思ったからだ。そして、目的が生まれれば生きる糧となる。
K地区からT地区への移転問題はきっとエリー王女の心を動かすだろう。
それとは別に、思わぬ効果を得ることができた。
"レイからもらった笑顔を大切にする"
その言葉で、エリー王女の瞳の色が変わったことをセロードとアランは見逃さなかった。
◇
ロンの誘いで昼食を一緒に取ることとなり、三人はロンの自宅に来ていた。食堂を営んでおり、裏側が自宅となっているようだ。
「突然のご訪問でご迷惑をおかけいたします」
セロードが堅苦しい挨拶をするとおばちゃんが笑った。
「あっはっはっは。なんだかアランさんが二人もいるみたいだね! どことなく顔も似ているし。いい男だし」
おばちゃんはセロードの背中をバシバシと叩く。
「町のみんなが噂していたからさ、きっと家に来るだろうと思って準備して待っていたんだよ。もし息子が連れてこなかったら懲らしめてやろうと思っていたくらいだよ」
ニコニコと嬉しそうにしている姿から建前ではなく本当に歓迎しているようだった。
「それじゃ、そこらへんに適当に座っててくれるかい? 今並べるから」
4人用の木のテーブルがぎゅうぎゅうに置かれている。恐らく店から持ってきたのだろう。ダイニングは色々な日用品に溢れ、雑然としている。
エリー王女は忙しそうに店舗とダイニングを行き来するおばちゃんをじっと見つめた。
「どうしたんだい? お嬢様にはちょっと狭かったかい?」
座らずに手を前に組んだままじっと動かないエリー王女を見て、おばちゃんは困ったように笑う。
「いえ……。あ、あの……おばさま。お手伝いしても宜しいですか……?」
セロードとアランは、はっと息を呑んだ。
それはエリー王女が久しぶりに人と言葉を交わしたからだった。
「そりゃ助かるよ! ありがとう。それじゃ、これを」
「はい」
もしレイならどうするだろうか。
きっと「俺手伝うよ!」と言ってニコニコくるくると動きまわっていたに違いない。
エリー王女はそう考えて手伝いを申し出たのだ。
おばちゃんと一緒に体を動かしているとエリー王女の気持ちも少し楽になっていった。
これはおばちゃんの明るさと、王女ではなく一人の人間として見てくれているからかもしれない。
「ごめんなさーい! 遅くなっちゃいました。あ、いらっしゃい。結婚式の時はありがとうございました。ゆっくりしていってくださいね!」
どたばたと入り口から入って来たのは、ロンのお嫁さんのマチルダだった。両手に大きな荷物を抱えている。
「こんな重い荷物もつなよ。危ないだろう」
「大丈夫よ、少しくらい動かなくちゃ」
大きな荷物をロンが奪い取った。マチルダは嬉しそうに微笑み、お腹に手を当てる。
怒っているのに幸せそうな二人を、エリー王女は不思議そうに見つめた。
「マチルダは今、妊娠六か月なんだよ。ちょっと計算が合わないだろう? まったくこの子は人様の子に手を出して!」
そんなエリー王女の様子に気が付いたおばちゃんが説明をしてくれた。
「まーいいだろ。結婚したんだし! 春には生まれる予定だから、是非この子に会いに来てほしいな」
ロンがマチルダのお腹をさすりながら嬉しそうに伝えると、エリー王女は胸の前で手をぎゅっと結んだ。
「お、おめでとうございます。あ、あの……お腹を触ってもよろしいでしょうか……」
「もちろん! 最近やっと胎動を感じるようになったのよ」
エリー王女にとって妊婦を見るのも初めてでドキドキと胸が高鳴っていた。
マチルダが嬉しそうに微笑むとエリー王女も微笑みを返し、そっとお腹に触れる。
ポコッ
手に振動が伝わり、エリー王女がパッとマチルダの顔を見上げた。マチルダはうんうんと頷く。
ポコッ
もう一度胎動を感じると瞳を輝かせた。
「素敵……。ここに赤ちゃんがいらっしゃるのですね……。不思議……。あの……私、絶対に会いに来ます」
エリー王女がお腹の赤ちゃんに向かって呟いた。
新しい小さな命は、レイの愛した町で育っていく。
そう思うと喜びを感じた。
自分に出来ることは何かあるのだろうか。
その瞬間、自分のやるべきことを思い出した。
"立ち止まってはいけない" のだということを。
エリー王女の瞳に小さな光が灯った。
「さ、みんな揃ったことだし食事にしようじゃないか」
「……はい」
おばちゃんの声でエリー王女は食卓に座った。
沢山の温かい料理、おばちゃんやロン、マチルダの笑顔を順番に眺める。
「いただきます……」
出されたお肉を一口含むと涙が溢れた。
久しぶりの食事。
味は……
「美味しいです……」
次から次へと溢れる涙。
アランから受け取ったハンカチで涙を拭うも止まらない。
「ごめんなさい……」
おばちゃんはエリー王女に近づき、手を差し出した。
「エリーちゃん、おいで」
エリー王女は立ち上がり、おばちゃんの胸に飛び込んだ。
おばちゃんは何も聞かず優しく抱き締め、頭を撫でた。
温かい……。
ぬくもりを感じながらエリー王女は瞳を閉じた。
私は生きている。
そして生きていく……。
私はこの国の王女なのだ。
K地区に来た本当の目的は、レイが守ってきた町と人々を見せることであった。それは、エリー王女が少なからずレイが守ってきたものを守りたいという気持ちが芽生えるだろうと思ったからだ。そして、目的が生まれれば生きる糧となる。
K地区からT地区への移転問題はきっとエリー王女の心を動かすだろう。
それとは別に、思わぬ効果を得ることができた。
"レイからもらった笑顔を大切にする"
その言葉で、エリー王女の瞳の色が変わったことをセロードとアランは見逃さなかった。
◇
ロンの誘いで昼食を一緒に取ることとなり、三人はロンの自宅に来ていた。食堂を営んでおり、裏側が自宅となっているようだ。
「突然のご訪問でご迷惑をおかけいたします」
セロードが堅苦しい挨拶をするとおばちゃんが笑った。
「あっはっはっは。なんだかアランさんが二人もいるみたいだね! どことなく顔も似ているし。いい男だし」
おばちゃんはセロードの背中をバシバシと叩く。
「町のみんなが噂していたからさ、きっと家に来るだろうと思って準備して待っていたんだよ。もし息子が連れてこなかったら懲らしめてやろうと思っていたくらいだよ」
ニコニコと嬉しそうにしている姿から建前ではなく本当に歓迎しているようだった。
「それじゃ、そこらへんに適当に座っててくれるかい? 今並べるから」
4人用の木のテーブルがぎゅうぎゅうに置かれている。恐らく店から持ってきたのだろう。ダイニングは色々な日用品に溢れ、雑然としている。
エリー王女は忙しそうに店舗とダイニングを行き来するおばちゃんをじっと見つめた。
「どうしたんだい? お嬢様にはちょっと狭かったかい?」
座らずに手を前に組んだままじっと動かないエリー王女を見て、おばちゃんは困ったように笑う。
「いえ……。あ、あの……おばさま。お手伝いしても宜しいですか……?」
セロードとアランは、はっと息を呑んだ。
それはエリー王女が久しぶりに人と言葉を交わしたからだった。
「そりゃ助かるよ! ありがとう。それじゃ、これを」
「はい」
もしレイならどうするだろうか。
きっと「俺手伝うよ!」と言ってニコニコくるくると動きまわっていたに違いない。
エリー王女はそう考えて手伝いを申し出たのだ。
おばちゃんと一緒に体を動かしているとエリー王女の気持ちも少し楽になっていった。
これはおばちゃんの明るさと、王女ではなく一人の人間として見てくれているからかもしれない。
「ごめんなさーい! 遅くなっちゃいました。あ、いらっしゃい。結婚式の時はありがとうございました。ゆっくりしていってくださいね!」
どたばたと入り口から入って来たのは、ロンのお嫁さんのマチルダだった。両手に大きな荷物を抱えている。
「こんな重い荷物もつなよ。危ないだろう」
「大丈夫よ、少しくらい動かなくちゃ」
大きな荷物をロンが奪い取った。マチルダは嬉しそうに微笑み、お腹に手を当てる。
怒っているのに幸せそうな二人を、エリー王女は不思議そうに見つめた。
「マチルダは今、妊娠六か月なんだよ。ちょっと計算が合わないだろう? まったくこの子は人様の子に手を出して!」
そんなエリー王女の様子に気が付いたおばちゃんが説明をしてくれた。
「まーいいだろ。結婚したんだし! 春には生まれる予定だから、是非この子に会いに来てほしいな」
ロンがマチルダのお腹をさすりながら嬉しそうに伝えると、エリー王女は胸の前で手をぎゅっと結んだ。
「お、おめでとうございます。あ、あの……お腹を触ってもよろしいでしょうか……」
「もちろん! 最近やっと胎動を感じるようになったのよ」
エリー王女にとって妊婦を見るのも初めてでドキドキと胸が高鳴っていた。
マチルダが嬉しそうに微笑むとエリー王女も微笑みを返し、そっとお腹に触れる。
ポコッ
手に振動が伝わり、エリー王女がパッとマチルダの顔を見上げた。マチルダはうんうんと頷く。
ポコッ
もう一度胎動を感じると瞳を輝かせた。
「素敵……。ここに赤ちゃんがいらっしゃるのですね……。不思議……。あの……私、絶対に会いに来ます」
エリー王女がお腹の赤ちゃんに向かって呟いた。
新しい小さな命は、レイの愛した町で育っていく。
そう思うと喜びを感じた。
自分に出来ることは何かあるのだろうか。
その瞬間、自分のやるべきことを思い出した。
"立ち止まってはいけない" のだということを。
エリー王女の瞳に小さな光が灯った。
「さ、みんな揃ったことだし食事にしようじゃないか」
「……はい」
おばちゃんの声でエリー王女は食卓に座った。
沢山の温かい料理、おばちゃんやロン、マチルダの笑顔を順番に眺める。
「いただきます……」
出されたお肉を一口含むと涙が溢れた。
久しぶりの食事。
味は……
「美味しいです……」
次から次へと溢れる涙。
アランから受け取ったハンカチで涙を拭うも止まらない。
「ごめんなさい……」
おばちゃんはエリー王女に近づき、手を差し出した。
「エリーちゃん、おいで」
エリー王女は立ち上がり、おばちゃんの胸に飛び込んだ。
おばちゃんは何も聞かず優しく抱き締め、頭を撫でた。
温かい……。
ぬくもりを感じながらエリー王女は瞳を閉じた。
私は生きている。
そして生きていく……。
私はこの国の王女なのだ。
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