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第06章 真実
第085話 レイという名の男
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夜風は冷たく、胸の中で泣くアーニャも冷えている。
「ここは冷える。落ち着くまで僕の部屋で休んでいくといい」
「……はい」
少し悩んでいる様子ではあったが、アーニャはジェルミア王子の泊まる客室へ誘われるまま付いてきた。
使用人を呼び、リラックス効果があるという紅茶を用意させる。
「さ、これを飲んで。体も温まるから」
アーニャは言われるがまま紅茶に口をつけた。
「どう? 少しは落ち着いたかい? ゆっくりしていくといいよ。僕はそこで本でも読んでいるから。何かあったら言うんだよ」
「はい……」
アーニャは紅茶を二杯、三杯と次々口につけていく。
「ジェルミアさまぁ~。何だかふわふわしてきたので、アーニャ、戻ります」
暫くするとアーニャがそう声をかけてきた。
「ふわふわ? 風邪でも引いてしまったかな?」
ジェルミア王子はアーニャの側に寄り様子を確認する。顔が赤く、目は虚ろ……。
「あれ? もしかして!」
アーニャの飲んでいた紅茶に口をつけてみるとお酒の味がした。しかも強めのお酒である。
「しまった。俺が飲むと思ってお酒を入れてくれたのか。アーニャちゃん、大丈夫?」
ソファーにぼうっと座るアーニャの前にひざまずいて顔を覗き込む。
「はい、大丈夫れす。ふわふわするくらいなのれ。ジェルミア様は本当にお優しい方れす。それに比べてレイ様は酷い方なのれす! どんな理由があったとしても二股なんて許せません!」
「だ、大丈夫? 落ち着いて。そっか……アーニャちゃんはその男に騙されてしまったんだね……」
ジェルミア王子は隣に座りアーニャをなだめようとするが、アーニャはすっかり興奮していた。
「違います! マーサさんとエリー様れす! マーサさんは私の憧れる大先輩なんれす! だから……だから……許せないんれす!」
「え?」
エリー様? アーニャの言葉に驚きを隠せなかった。きっと聞き間違いだ。もしかしたら使用人の中に同じ名前の人がいるのかもしれない。
「アーニャちゃん。その……エリー様という子も同じ使用人?」
「そんなわけないじゃないですか! エリー様と言えばエリー様しかおりません!」
「ちょ、ちょっと落ち着こうか」
落ち着かせようと抱き締めるとアーニャは体を強張らせ、静かになった。
どちらかと言うと、抱き締めているジェルミア王子の方が混乱している。
「その……それは本当? 何かの間違いなのでは?」
「間違いないれす! だって……だって見たんれす。さっき、エリー様のお部屋に行ったらお二人がお風呂場で……その……愛し……合っていて……ふえ~~~~ん」
アーニャは、泣き出してしまった。
「よしよし……」
エリー王女のことは自分が幸せにしてみせると気持ちを固めていたジェルミアは、アーニャを優しく抱きしめながら深い溜め息をつく。
それにしても二股とは頭が痛い。
レイという名の男。
調べてみる必要がある。
アーニャが落ち着くまで背中を撫でていると、いつの間にか眠ってしまった。
仕事中に酔っ払っていることが知られれば、アーニャは確実に罰を受ける。これは自分のミスだ。彼女の大先輩だと言うマーサに一言弁解をしてあげるべきだろう。
また、それとは別に、ジェルミア王子はマーサという名の女性を見てみたかった。少しはレイという男がどういう人物か分かるかもしれない。
使用人にマーサを呼ぶように言いつけると、マーサは直ぐにやってきた。
年は三十歳前後だろうか。落ち着いた雰囲気と優しさが漂う。見た目もかなり良い方だ。
「どのようなご用件でしょうか?」
ジェルミア王子は笑みを浮かべるとマーサをアーニャが眠るソファまで誘導した。
「アーニャ! ……申し訳ございません。どうしてこのようなことになったのか教えて頂けないでしょうか」
「庭園を散歩していたら彼女と会ってね。頼みたいことがあったので、部屋まで来てもらったんだ。待ってもらっている間に体を温めてもらおうと別の使用人に紅茶を頼んだら僕が飲むものと勘違いしてお酒入りのものを……ほら、これだよ。これは私の落ち度だ。だから彼女を叱らないでもらいたい」
マーサは直ぐに理解し、アーニャを連れて出て行くための準備をして出て行った。
ジェルミア王子はソファに深く腰掛け、レイという男について考える。
「頑なに心を閉ざしていた少女のようなエリー王女を射止め、全く真逆の大人の侍女とも関係があるのか……。まるで俺みたいな男だな。スリルでも楽しんでいるのか?」
その楽しさは分からないわけではなかった。
ジェルミア王子は自嘲的に笑みを零す。
「さて、次はどこの貴族の男なのか聞いてみるか」
ジェルミア王子は使用人をまた呼びつけた。他愛もない話をし、レイのことを探る。
「それでしたら、エリー様の第二側近でいらっしゃるレイ様です」
「第二側近……」
第二側近と言えば、初めてエリー王女に会ったあの日、側に付いていた男ではないか。
ジェルミア王子はあの日のことをはっきりと覚えていた――――。
「……愛し合ってでの行為であれば、まずは婚姻の約束の手続きを行ってからお願いいたします」
「手続き……。なんだか色気がないですね。愛し合えばその場ですぐ求め合ってしまうものでしょう? 君は愛する人が目の前で求めてきても我慢できるのかい?」
「もちろんです。それがその方にとって必要なことなのであれば」
あのときの会話を思い出し、ジェルミア王子は息を吐くように笑った。
「ここは冷える。落ち着くまで僕の部屋で休んでいくといい」
「……はい」
少し悩んでいる様子ではあったが、アーニャはジェルミア王子の泊まる客室へ誘われるまま付いてきた。
使用人を呼び、リラックス効果があるという紅茶を用意させる。
「さ、これを飲んで。体も温まるから」
アーニャは言われるがまま紅茶に口をつけた。
「どう? 少しは落ち着いたかい? ゆっくりしていくといいよ。僕はそこで本でも読んでいるから。何かあったら言うんだよ」
「はい……」
アーニャは紅茶を二杯、三杯と次々口につけていく。
「ジェルミアさまぁ~。何だかふわふわしてきたので、アーニャ、戻ります」
暫くするとアーニャがそう声をかけてきた。
「ふわふわ? 風邪でも引いてしまったかな?」
ジェルミア王子はアーニャの側に寄り様子を確認する。顔が赤く、目は虚ろ……。
「あれ? もしかして!」
アーニャの飲んでいた紅茶に口をつけてみるとお酒の味がした。しかも強めのお酒である。
「しまった。俺が飲むと思ってお酒を入れてくれたのか。アーニャちゃん、大丈夫?」
ソファーにぼうっと座るアーニャの前にひざまずいて顔を覗き込む。
「はい、大丈夫れす。ふわふわするくらいなのれ。ジェルミア様は本当にお優しい方れす。それに比べてレイ様は酷い方なのれす! どんな理由があったとしても二股なんて許せません!」
「だ、大丈夫? 落ち着いて。そっか……アーニャちゃんはその男に騙されてしまったんだね……」
ジェルミア王子は隣に座りアーニャをなだめようとするが、アーニャはすっかり興奮していた。
「違います! マーサさんとエリー様れす! マーサさんは私の憧れる大先輩なんれす! だから……だから……許せないんれす!」
「え?」
エリー様? アーニャの言葉に驚きを隠せなかった。きっと聞き間違いだ。もしかしたら使用人の中に同じ名前の人がいるのかもしれない。
「アーニャちゃん。その……エリー様という子も同じ使用人?」
「そんなわけないじゃないですか! エリー様と言えばエリー様しかおりません!」
「ちょ、ちょっと落ち着こうか」
落ち着かせようと抱き締めるとアーニャは体を強張らせ、静かになった。
どちらかと言うと、抱き締めているジェルミア王子の方が混乱している。
「その……それは本当? 何かの間違いなのでは?」
「間違いないれす! だって……だって見たんれす。さっき、エリー様のお部屋に行ったらお二人がお風呂場で……その……愛し……合っていて……ふえ~~~~ん」
アーニャは、泣き出してしまった。
「よしよし……」
エリー王女のことは自分が幸せにしてみせると気持ちを固めていたジェルミアは、アーニャを優しく抱きしめながら深い溜め息をつく。
それにしても二股とは頭が痛い。
レイという名の男。
調べてみる必要がある。
アーニャが落ち着くまで背中を撫でていると、いつの間にか眠ってしまった。
仕事中に酔っ払っていることが知られれば、アーニャは確実に罰を受ける。これは自分のミスだ。彼女の大先輩だと言うマーサに一言弁解をしてあげるべきだろう。
また、それとは別に、ジェルミア王子はマーサという名の女性を見てみたかった。少しはレイという男がどういう人物か分かるかもしれない。
使用人にマーサを呼ぶように言いつけると、マーサは直ぐにやってきた。
年は三十歳前後だろうか。落ち着いた雰囲気と優しさが漂う。見た目もかなり良い方だ。
「どのようなご用件でしょうか?」
ジェルミア王子は笑みを浮かべるとマーサをアーニャが眠るソファまで誘導した。
「アーニャ! ……申し訳ございません。どうしてこのようなことになったのか教えて頂けないでしょうか」
「庭園を散歩していたら彼女と会ってね。頼みたいことがあったので、部屋まで来てもらったんだ。待ってもらっている間に体を温めてもらおうと別の使用人に紅茶を頼んだら僕が飲むものと勘違いしてお酒入りのものを……ほら、これだよ。これは私の落ち度だ。だから彼女を叱らないでもらいたい」
マーサは直ぐに理解し、アーニャを連れて出て行くための準備をして出て行った。
ジェルミア王子はソファに深く腰掛け、レイという男について考える。
「頑なに心を閉ざしていた少女のようなエリー王女を射止め、全く真逆の大人の侍女とも関係があるのか……。まるで俺みたいな男だな。スリルでも楽しんでいるのか?」
その楽しさは分からないわけではなかった。
ジェルミア王子は自嘲的に笑みを零す。
「さて、次はどこの貴族の男なのか聞いてみるか」
ジェルミア王子は使用人をまた呼びつけた。他愛もない話をし、レイのことを探る。
「それでしたら、エリー様の第二側近でいらっしゃるレイ様です」
「第二側近……」
第二側近と言えば、初めてエリー王女に会ったあの日、側に付いていた男ではないか。
ジェルミア王子はあの日のことをはっきりと覚えていた――――。
「……愛し合ってでの行為であれば、まずは婚姻の約束の手続きを行ってからお願いいたします」
「手続き……。なんだか色気がないですね。愛し合えばその場ですぐ求め合ってしまうものでしょう? 君は愛する人が目の前で求めてきても我慢できるのかい?」
「もちろんです。それがその方にとって必要なことなのであれば」
あのときの会話を思い出し、ジェルミア王子は息を吐くように笑った。
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