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第06章 真実
第080話 セインの記憶(2)
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――――リアムから仮面を受け取る。
「お前は顔を隠せ」
「……うん」
セインは城を出ることを禁じられていた。
初めての外出。
しかしリアムの表情から察するに、心躍る雰囲気ではない。
セインは何も言わず、リアムに付いて行った。
北東に進み国境を越えると、黒雲が色濃く広がってくる。
その空を見ながらセインは馬を走らせた。
険しい山道で、身なりの悪い者たちに襲われた。
しかし、リアムはいとも簡単にその者たちを切り捨てる。
セインはただ真っ赤に染まる土の上で、馬に隠れるようにそれを見ているだけだった。
足元に転がる男と目が合った気がして、ぎゅっと目を閉じる。
「……兄さん……この人たち……みんな死んじゃったの……?」
「目を開けてしっかり見ろ。これが、外の世界だ」
リアムの表情は冷たく、心のない人形に見えた。
――――リアムに連れてこられたその場所を見たセインは声を失った。
火がまだ燻る焼けた町。
人が焦げた異臭が鼻につく。
そこは、本で読んだ戦争後の地獄絵のようだった。
町の中をゆっくりと馬を進めるリアムに、セインは怯えるように後に続く。
人であったであろう黒い塊が転がっている。
中には子供もいるようだった。
「……この町に何があったの?」
リアムの背中に問いかけると、立ち止まり振り返る。
その表情はまた人形のような冷たい顔になっていた。
「俺がやった」
「えっ……」
セインにはリアムが放った言葉の意味が理解できなかった。
「ここには町があった。商業が盛んでとても豊かな町だ。この国の第二の中心都市を見せしめのため、俺が全てを焼き払った」
「それが父さんの手伝い……? 見せしめ……何のための……?」
セインの言葉にリアムは苦痛に顔を歪める。
しかし、それは一瞬だった。
顔を隠すようにリアムはまた背を向けた。
「手を汚すのは俺だけでいい。セインはもっと知識を付けろ」
セインはもう一度焼けた町に視線を移した。
リアムが伝えたいことは何なのか……。
何が起きているのか知りたい。
――――セインは仮面をかぶり何度も城を抜け出し、外の世界を見て回る。
歯向かう者は力で捩じ伏せる。
国民、貴族さえも脅える世界。
力は正義?
何のために国を広げるのか?
父ダルスはただ、脅える者を見るのを楽しんでいるだけのように見えた。
王とはいったい何なのか?
どの国を見ても、侵略された国に答えなどなかった。
だからセインはまだ侵略していない南を目指すことにした。
そこは高く聳え立つ山があり、一般の者が越えるのは不可能なほど、険しい道のりである。
未開拓の地。
セインは火、風、水、土の魔法の力でなんとか山を越えた。
そしてとある国に辿り着いた。
「ここは天の国?」
今まで見てきた国との違いにセインは衝撃を受けた。
本の中の異世界。
それほどまでの違いだった。
その国の名はアトラス王国。
――――セインはアトラス王国に感銘を受け、その国について調べた。
調べれば調べるほどセインの胸は高鳴った。
「夢物語なんかじゃない。実際にそういう国があったんだ」
ローンズ王国に戻ると直ぐに、母メーヴェルとリアムに見てきたこと、調べたことを伝える。
メーヴェルは困ったように微笑み、リアムはただ静かに聞いていた。
「父さんのやり方はやっぱりおかしいよ。兄さんだってそう思っているから、俺を自由にして世界を見せてくれているんだろ? 兄さんもあの国を見てきて欲しい。お願い、この国を変えられるのは兄さんしかいないんだ」
少しの沈黙の後、リアムは立ち上がる。
「……わかった、見てこよう」
一言残し、リアムは直ぐに部屋を後にした。
二人になると今度はメーヴェルと向き合う。
「母さん、俺はもっと兄さんの役に立ちたい。そしてこの国を変えたいんだ」
「わかってる。それはリアムにも伝わっていると思う……。だけどあの子は全部一人で抱え込んでしまうと思うの。あなたはリアムにとって光。セインのその笑顔でリアムの心を癒してあげて」
「……うん」
それだけじゃ足りない。
もっと、もっと役に立ちたい。
――――それから数ヶ月後のことだった。
「クーデターを起こそうと思う。セインにも協力してほしい」
「兄さん!」
何でも一人でやろうとするリアムの言葉にセインは喜んだ。
どのように進め、どのように国を立て直すのか。
ただダルスを討つだけでは理想の国にはならない。
「俺、実は前から考えていたことがあったんだ。この国を立て直す方法」
それは自らアトラス王国の捕虜になり、同盟を結んでもらうというものだった。
「だめだ。セインにそんなことはさせられない」
「兄さん、違うよ。させたくないじゃダメなんだ。俺は色んな国や町、人々を見てきた。そして俺は無力だということも良くわかった。俺が国のためにできること。兄さんや母さんのためにできること。無力であっても、大切なもののために、今できる最善の策を講じなければならない」
自分にとって何が大切であるかセインには分かっていた。
輝く太陽を背に、セインはリアムをしっかりと見据える。
そして笑顔を作った。
「兄さんはこの国の王になるんだ。そして俺は、その支えでありたい」
「お前は顔を隠せ」
「……うん」
セインは城を出ることを禁じられていた。
初めての外出。
しかしリアムの表情から察するに、心躍る雰囲気ではない。
セインは何も言わず、リアムに付いて行った。
北東に進み国境を越えると、黒雲が色濃く広がってくる。
その空を見ながらセインは馬を走らせた。
険しい山道で、身なりの悪い者たちに襲われた。
しかし、リアムはいとも簡単にその者たちを切り捨てる。
セインはただ真っ赤に染まる土の上で、馬に隠れるようにそれを見ているだけだった。
足元に転がる男と目が合った気がして、ぎゅっと目を閉じる。
「……兄さん……この人たち……みんな死んじゃったの……?」
「目を開けてしっかり見ろ。これが、外の世界だ」
リアムの表情は冷たく、心のない人形に見えた。
――――リアムに連れてこられたその場所を見たセインは声を失った。
火がまだ燻る焼けた町。
人が焦げた異臭が鼻につく。
そこは、本で読んだ戦争後の地獄絵のようだった。
町の中をゆっくりと馬を進めるリアムに、セインは怯えるように後に続く。
人であったであろう黒い塊が転がっている。
中には子供もいるようだった。
「……この町に何があったの?」
リアムの背中に問いかけると、立ち止まり振り返る。
その表情はまた人形のような冷たい顔になっていた。
「俺がやった」
「えっ……」
セインにはリアムが放った言葉の意味が理解できなかった。
「ここには町があった。商業が盛んでとても豊かな町だ。この国の第二の中心都市を見せしめのため、俺が全てを焼き払った」
「それが父さんの手伝い……? 見せしめ……何のための……?」
セインの言葉にリアムは苦痛に顔を歪める。
しかし、それは一瞬だった。
顔を隠すようにリアムはまた背を向けた。
「手を汚すのは俺だけでいい。セインはもっと知識を付けろ」
セインはもう一度焼けた町に視線を移した。
リアムが伝えたいことは何なのか……。
何が起きているのか知りたい。
――――セインは仮面をかぶり何度も城を抜け出し、外の世界を見て回る。
歯向かう者は力で捩じ伏せる。
国民、貴族さえも脅える世界。
力は正義?
何のために国を広げるのか?
父ダルスはただ、脅える者を見るのを楽しんでいるだけのように見えた。
王とはいったい何なのか?
どの国を見ても、侵略された国に答えなどなかった。
だからセインはまだ侵略していない南を目指すことにした。
そこは高く聳え立つ山があり、一般の者が越えるのは不可能なほど、険しい道のりである。
未開拓の地。
セインは火、風、水、土の魔法の力でなんとか山を越えた。
そしてとある国に辿り着いた。
「ここは天の国?」
今まで見てきた国との違いにセインは衝撃を受けた。
本の中の異世界。
それほどまでの違いだった。
その国の名はアトラス王国。
――――セインはアトラス王国に感銘を受け、その国について調べた。
調べれば調べるほどセインの胸は高鳴った。
「夢物語なんかじゃない。実際にそういう国があったんだ」
ローンズ王国に戻ると直ぐに、母メーヴェルとリアムに見てきたこと、調べたことを伝える。
メーヴェルは困ったように微笑み、リアムはただ静かに聞いていた。
「父さんのやり方はやっぱりおかしいよ。兄さんだってそう思っているから、俺を自由にして世界を見せてくれているんだろ? 兄さんもあの国を見てきて欲しい。お願い、この国を変えられるのは兄さんしかいないんだ」
少しの沈黙の後、リアムは立ち上がる。
「……わかった、見てこよう」
一言残し、リアムは直ぐに部屋を後にした。
二人になると今度はメーヴェルと向き合う。
「母さん、俺はもっと兄さんの役に立ちたい。そしてこの国を変えたいんだ」
「わかってる。それはリアムにも伝わっていると思う……。だけどあの子は全部一人で抱え込んでしまうと思うの。あなたはリアムにとって光。セインのその笑顔でリアムの心を癒してあげて」
「……うん」
それだけじゃ足りない。
もっと、もっと役に立ちたい。
――――それから数ヶ月後のことだった。
「クーデターを起こそうと思う。セインにも協力してほしい」
「兄さん!」
何でも一人でやろうとするリアムの言葉にセインは喜んだ。
どのように進め、どのように国を立て直すのか。
ただダルスを討つだけでは理想の国にはならない。
「俺、実は前から考えていたことがあったんだ。この国を立て直す方法」
それは自らアトラス王国の捕虜になり、同盟を結んでもらうというものだった。
「だめだ。セインにそんなことはさせられない」
「兄さん、違うよ。させたくないじゃダメなんだ。俺は色んな国や町、人々を見てきた。そして俺は無力だということも良くわかった。俺が国のためにできること。兄さんや母さんのためにできること。無力であっても、大切なもののために、今できる最善の策を講じなければならない」
自分にとって何が大切であるかセインには分かっていた。
輝く太陽を背に、セインはリアムをしっかりと見据える。
そして笑顔を作った。
「兄さんはこの国の王になるんだ。そして俺は、その支えでありたい」
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