恋するプリンセス ~恋をしてはいけないあなたに恋をしました~

田中桔梗

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第05章 偽装

第065話 経験と小さな一歩

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 一人取り残されたエリー王女は、寂しさを紛らわせるためにドレッサーの前に座り髪を整えた。髪は毛先から少しずつとマーサから教わっていたので、そのようにゆっくりとかす。この髪と同じように少しずつやれば、いずれ自分も王の器としての素養を得ることが出来るのだろうか。

 鏡の中の自分はまだどこか不安そうに見つめてくる。
 私はどこまでやれるのだろう……。



 ◇

 暫くするとレイとマーサが帰ってきた。恋人であった様子など微塵も感じさせない二人に、エリー王女は安心していつものように二人を出迎える。

「ありがとう、レイ。マーサ」
「おまたせ。あ、ちょっとアランに先にご飯食べてくるように言ってくるね」

 レイはそう言うと部屋を出て、すぐに戻ってきた。

「あの……一緒に食べないのですか?」

 用意されているのは一人分の食事しかなく、エリー王女が寂しそうに尋ねる。

「うん、心配しなくても大丈夫だよ。俺はアランと交代で食べるから。エリー様は気にせず食事をして。あ、見られているのが嫌なら一旦部屋を出るよ」
「いえ、そうではなく……」

 今までは一人での食事は当たり前だった。しかし、ローンズ王国では毎日五人で楽しく食事をしていたため、この状況に寂しさを感じていた。

「あの……。今度からは四人でお食事をすることはできませんか?」

 誰かと食事をすることはとても美味しく感じる。出来ることなら今後はずっとそうしたいと思い、そう聞いた。しかしマーサは首を振る。

「エリー様、誠に申し訳ないのですが、私のような身分の者が同じテーブルを囲うことは禁じられております。ですが、アラン様やレイ様と三人であれば問題ないかと思います」
「そんな……。マーサだって一人での食事は寂しいのでは?」

 マーサにも食事をする楽しさを味わってもらいたい。自分と同じように寂しい思いをさせたくない。そう思ってマーサに訴えた。

「エリー様のお心遣いだけで充分でございます」

 やはりマーサは優しく微笑みつつも同意はしてはくれない。
 マーサが頑固なことは昔から分かっていた。だからレイに助けを求めるように視線を送ってみたが、肩をすくめるだけだった。

「わかりました……」

 エリー王女はそれ以上何も言うことはしなかった。



 ◇

 食事の片付けを使用人にお願いしたマーサは、部屋に隣接されているお風呂の支度を始めた。レイはその様子を見ながら、マーサから説明を受けている。

 自分もできるだけのことはしたい。

 そう思い、レイが説明を受けている間もエリー王女はしっかりと耳を傾けていた。

「髪やお体も洗って差し上げるのですが……。エリー様、如何いたしますか? レイ様にも覚えて頂きますか?」

 お風呂場の入口にいたエリー王女は突然マーサに声をかけられ驚いた。

「え? あ、あの……いえ、それは自分で覚えますので……。多分、それくらいは出来ます……」

 顔を真っ赤に染めて入口に隠れながら答えるとレイが近付いてくる。見上げると、少し悪戯っぽく笑みを浮かべており、胸がきゅっとしまった。

「残念だな。一緒に入りたかったのに」
「あ……えっと、ごめんなさい」
「あはは。冗談だよ。ゆっくり入ってきてね。マーサさん、じゃあ俺はエリー様が上がるまでこちらで待機してますね」
「わかりました。ではエリー様、こちらへ」

 レイがお風呂場から出て行くと、熱くなった頬を押さえた。

「エリー様、顔が赤いですが大丈夫ですか?」
「マーサがあんなことを言うからです……」
「……からかったつもりはなかったのですよ。失礼しました」

 マーサは優しく微笑むとエリー王女が次に行う行動を待った。
 エリー王女は不服そうな顔をしながらも、髪を束ね、服を脱ぎ始める。

 そんな表情をしつつも、自分のことは自分でするということがとても楽しかった。今まではどんなに簡単なことでも全てマーサや侍女達が行っていた。後宮にいたときは何も疑問に思わなかったけれど、沢山の人々に触れエリー王女の世界は変わったのだ。

 小さな一歩だけれど、エリー王女にとっては大きな一歩であった。
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