恋するプリンセス ~恋をしてはいけないあなたに恋をしました~

田中桔梗

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第03章 告白

第039話 黒鳥ポルポル

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 二人は静かな夜の森を急ぎ歩く。エリー王女の体力も考慮して何度も休憩を挟んだため、予想した時間から大幅に遅れを見せている。かれこれ二時間は歩いただろうか。歩いても歩いてもなかなか着く気配がない。気の遠くなる距離に、流石のエリー王女も心が折れそうだった。それでも決して弱音を吐かないエリー王女に、レイは気が紛れるように時々声をかけた。

「もう少しで着くと思うけど、少し休もうか」

 何度もかけてもらったその言葉に、エリー王女は小さく笑顔を作る。

 その時だった。

 一瞬景色が緑色に光ったような気がした。何事かとエリー王女は不安な様子でレイの腕にしがみつく。直ぐにまた同じように木々の隙間から見える空が緑色に染まった。

「緑色の閃光弾が二回。戦いが終わった合図だ。この合図が送れるということは、勝ったということだよ」
「勝った? では、マーサは? いえ、皆さんは無事なのでしょうか?」
「……ごめん、そこまでは分からない。だけど、直ぐに知らせがくるはず」

 レイは笑顔を作った。これで、自分たちを追っていた者達が諦めてくれたら良いのだが……。

「取り敢えず行こう」

 それから数十分後、疲れているエリー王女を岩の上に座らせた。休んでいる間、レイは注意深く周りの様子を探る。人の気配はない。

 暫くすると、鳥の羽ばたく音が徐々に近付いてくるのを感じ取った。レイは音のする方を見上げ、その様子にエリー王女も釣られて同じ方角を見上げる。

 木々の隙間から青白い光が所々差し込んでおり、その一つの筋に沿って、黒い大きな鳥が舞い降りてくる。幻想的な光景にエリー王女は目を奪われ、思わず立ち上がった。

「ポルポルだ」

 レイにそう呼ばれた黒鳥は、レイのすぐ傍の岩の上にゆっくりと羽を下ろす。手紙がくくりつけられた足を差し出すと、目の周りの白い模様を細くした。

 レイはポルポルの胸元を撫でてからその手紙を受け取り、素早く目を通す。

「ビルボートからだ! 敵殲滅せんめつ。死者なし……って、エリー! マーサさんも無事だよ!」
「ああ……」

 その言葉にエリー王女の張り詰めていた心がほどけていく。誰も亡くなっていない……。それがどんなに嬉しいことか。

 ぽろっと零れた涙を片手でおさえたが、それを皮切りに堰を切ったように溢れ出てくる。心配させてはいけないと俯き両手で顔を隠すと、レイが柔らかい羽毛のようにふわりと抱き締めてきた。

「良かったね……、本当に良かった」
「はい……」

 そう言いながら頭を撫でてくれるレイに、エリー王女は腕を回ししがみつき、甘えるように顔をうずめた。

「アランと騎士団の何人かはこっちに向かっているみたい。場所を教えてあげよう」
「……はい」

 レイは遠慮がちにエリー王女と離れ、素早く手紙を書いた。ポルポルは次にやることが分かっているかのように、足を差し出して待っている。

「ポルポル、アランに渡してね」

 手紙を足にくくりつけ胸元を撫でてあげると、白いくちばしをカチカチ鳴らしてから高く飛び立った。エリー王女が物珍しそうにそれを見送る。

「あの……レイ。どうしてポルポル? はレイの場所がわかったのですか? それにアランがどこにいるのか分かるのでしょうか?」
「凄いよね! ポルポルは言葉も分かるし、顔や匂いで分かるみたいなんだ。それにね、馬よりも何倍も速いし、姿も消せるんだ。この世界で唯一魔力を持っている鳥なんだよ」
「あ、本で読んだことがございます。あの鳥さんが……」
「うん。なんでポルポルたちが俺たちに協力してくれてるのか、わからないんだけどね」

 優しく微笑むレイに、エリー王女は「優しい鳥さんなのですね」と笑みを返した。

「じゃ、行こうか。アランが今どの辺りにいるかわからないけど、小屋で待とう」

 不安材料が一つなくなったからだろうか。二人だけの時間がもうすぐ終わってしまうことに、急にずしんと心が重くなった。

 もっと一緒にいたい。

 エリー王女は、もう一度レイに抱きついた。

「え? 急にどうしたの? そんなことされたらドキドキしちゃうよ……」
「はい……。今だけ……今だけですので……」
「……うん」

 暫くの間、名残惜しむようにまた唇を重ね合った。



 ◇

 小屋はそこからすぐ先のところにあった。

「鍵が掛かっているようですね……」
「想定内だよ。見てて」

 レイが鍵穴に手をかざすとすぐにカチャリと鍵が外れ、扉が開いた。

「わ、凄い……。それも魔法ですか?」
「うん、あまり良くない使い方だけどね」

 あははとレイは笑いながら小屋の中へと入っていき、エリー王女は恐る恐る後から付いて行った。

 小屋の中にはローンズ王国の国旗が飾られたリビングがあり、奥に寝室が一つある。この小屋はローンズ王国が森の管理をするために定期的に誰かがここを利用するための小屋だった。

「思っていた以上にキレイで良かった。灯りは付けないでおこう」

 内鍵をかけるとすたすたと中に入っていく。

「あの……勝手に使っても良いのでしょうか……」
「良くはないけど、緊急事態だし、ローンズ城についたら管理者に報告とお礼を渡すから心配しないで。とりあえずエリーはこっちに来て」

 奥の寝室に呼ばれ、横になるよう促される。おどおどしながら靴を脱ぎ、横になった。

「こんなに血が出ていたんだね。ごめんね」

 かかとの高い靴で長時間歩いていた足は、指やかかと、足の裏などの皮が捲れ、痛々しく血がにじんでいる。

「いえ……これくらい大丈夫です……」
「ははは……エリーはすぐ我慢しちゃうから……」

 レイは困ったように笑いながら、エリー王女の足に薬を塗った。塗った瞬間は冷たいが、徐々にぽかぽかしてきた。

「気持ちいいでしょ? 魔法薬を塗ったから朝には治ってるよ。このままゆっくりと休んでね」

 レイが部屋から出ていこうとするとエリー王女が呼び止める。

「あの……どこかに行ってしまうのですか?」
「え? そこのソファーで寝ようかと……」

 エリー王女は頬を赤く染めながら何かを訴えるかのようにじっと見つめた。二人の間に沈黙が流れ、何を伝えたいのかが分かったレイは顔を赤くし、両手を振る。

「え? いやいやいやいや、さすがに駄目だと思います!」

 いけないことなのは分かっている。エリー王女は首を横に振り、手を差し伸べた。

「一緒にいられる時間がもうほとんどありません……。私は……少しでも長く傍にいたいです。あの……レイは……私と同じベッドで眠るのは嫌ですか?」

 そんな風に聞かれたら嫌と答える訳にはいかない。

「……あー……嫌じゃ……ないです」

 レイは苦笑いしながらそう答えた。




※イラストは雪華さんに描いていただきました。
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